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13 最後の魔王

 ナーイアスに、アイリを手伝うよう指示した。

 普段僕が精霊になにかしてもらうときは「お願い」したり「頼む」ことが多いのだが、今はそんな余裕はなかった。

 ギロは一度穴を開けられたのと同じところをまた傷つけられている。

 さっきアイリも言っていた通り、出血が多い。

 いくらギロが魔族と同等の自己治癒能力を持っていたとしても、元は人間だ。普通の人間なら即死しているだろう攻撃を、ギロは二度も食らったのだ。

 アイリの回復魔法の腕はよく知っているが、ナーイアスがいれば万全だろう。


 そして僕は、ギロを傷つけた奴を許さない。


 アイリとナーイアスが全力でギロの治療をしてくれている間、最後の魔王は僕から距離を取ろうと足掻いていた。

 ここは僕が作り出した異空間だ。僕の意のままになる。

 つまり、魔王といえど僕から逃げることは出来ない。


 わざとゆっくり歩いて魔王のすぐ横に立ち、ギロを貫いた鉤爪を斬った。今度は手応えがあった。

「ぎいぃい!?」

 移動されるのも面倒だから、次に足を斬り落とす。悲鳴も耳障りだから、喉笛を掴んで握りつぶした。

「……!!」

 魔王の周囲に魔力の渦が巻き起こった。魔法を使うつもりだ。

 異空間の力でかき消すことも出来るが、僕はギロとアイリの周囲に結界魔法を施し、飛んでくる魔力の塊に対して左手を向けて魔法を受けた。

「ヒッ……ィィイ!?」

 僕が正面から魔法を食らったと勘違いした魔王の口が笑みの形になったが、すぐ同じ口に驚愕を浮かべた。

 次に背後の何もない場所から、どういう理屈かは分からないが鉤爪だけが僕に襲いかかる。

 しかし鉤爪は、僕に触れるや否や、ぼろぼろと崩れ去った。

 僕の力の強さのほうが上回ったのだろう。

「グッ、くそ、おおおおおお!」

 魔王だけあって、回復能力が高い。僕が傷つけた箇所はもう全て治ってしまった。

 僕の周囲に無数の鉤爪が浮かび上がる。魔王が自身についている鉤爪を振り下ろすと、宙に浮く鉤爪が一斉に襲いかかってきた。

 僕は前進に邪魔な鉤爪だけを剣で斬り刻み、魔王に接近した。

 背後に迫っていた鉤爪は先程と同じく崩れ去ったが、魔王はにたりと笑みを浮かべている。

「狙いはお前だけではないぞ!」

 わざわざ教えてくれたので、アイリ達の方を見る。結界に殺到した鉤爪は、結界に触れる前に蒸発するように消えた。

 僕が斬撃を飛ばして消したのだ。

「僕だけを狙っていれば楽だったのにな」

 もうこいつは、一撃で終わりになんてしない。




 ――数十分後。

 身体の殆どを極限まで分割された魔王が地に転がった。

 首から上はほぼそのままにしてあるから、魔王ならばまだ死ねない。そのため、指先よりも細かい肉片まで、まだ蠢いている。

「ぐ、く、クヒヒヒヒ」

 喉笛は何度も執拗に潰し、最後は焼き尽くしたのに、身体のどの部位よりも率先して回復するのはどういう執念なのだろう。

「ひとの勇者よ。よくぞこの南の魔王、水のイムマクスをここまで追い詰めた……」

 喉を回復させて力尽きたのだろうか。他の肉片が動かなくなり、端から灰のように崩れはじめた。

「しかし、これで終わりではない……お前がここまで強くなければ、この後の地獄を見ずに済んだやもしれぬのになあ……」

「魔王はお前で最後だぞ」

「だからこそ……はは……ははははは……」

 一番最後に残った魔王の口元も崩れ去り、ようやく静寂が訪れた。



「ギロ、具合はどう?」

 結界から少し離れた場所で魔王を倒していた僕は、結界はまだそのままに、アイリたちの元へ戻った。

「お恥ずかしいところをお見せしました。もう大丈夫です」

 ギロは立ち上がろうとしてアイリに睨まれ、大人しく座ったまま応えた。

「ラウトこそ怪我は?」

「無いよ。核も回収してきた」

 拾っておいた魔王の核を片手で掲げて見せる。他の魔王と同じく、巨大でやたらと頑丈なやつだ。

「じゃあ、終わったのね。勇者の役目」

「うん」

 イムマクスの最後の台詞に不安は残るが、僕は確実に、四体の魔王全てを倒した。

 もう、魔王に怯える人々はいなくなるはずだ。

 僕はいつもどおり、スプリガンのマジックバッグに魔物の核を放り込んだ。



「スプー!!」



 スプリガンが僕の身体から飛び出し、叫び声を上げながら地を転がりまわった。

 両前足で喉元をかきむしるような動作をしている。

「スプリガン、どうした!?」

「スプ……ごめ、うぷっ、ラウト……おえええっ」

 スプリガンの口から、今入れたばかりのイムマクスの核と、他の三つの魔王の核がごろごろと吐き出された。


 魔王の核はひとりでに引き合うようにゴツゴツとお互いにくっつきあった。

 何が起きているのかわからないが、これは確実によくない予感がする。

 僕は最後の膜まで割り、全力で核に剣を振り下ろした。


「無駄よ」


 僕の渾身の一振りは、白い手に止められた。

 白い手はレプラコーンの剣をそっと摘んでいるようにしか見えないのに、僕がいくら押しても引いても、ぴくりとも動かない。

「ふふ、ありがとうね、勇者さん。ようやく起きることが出来たわ」

 白い手の持ち主は、アイリと同じくらいの体格をしていた。

 顔と、剣を止めている手は白く綺麗な人間の女性の姿をしているが、それ以外は様々な魔物の様々な部位を少し溶かしてごちゃまぜに継ぎ合わせたような形だ。

 気配が読めない。僕の本能が、気配を読むことを拒絶している。

 精霊たちはスプリガンを助け起こして、どこかへ引っ込んでしまった。

「なんなんだ、お前は」

「何なのかしらね、私は。魔王より上の魔王だから、大魔王とでも名乗ろうかしら」

 大魔王と名乗ったそいつは、白い顔に悍ましいほど無垢な笑みを浮かべて、僕の剣をぴん、と軽く弾いた。


 それだけで剣は弾け飛び、僕の両手は砕け、異空間の端まで吹っ飛ばされた。

「ぐあっ」

 異空間はいつの間にか、大魔王に乗っ取られていた。

 壁のないはずの場所に壁がそびえていて、僕はそこに全身を激しく打ち付けた。

 思わず声が出て、口の中に血の味が広がる。

 背骨が折れたかもしれない。……立てない。

 ナーイアスを呼んでも来る気配がないから、自力で回復魔法を当てる。

「あら、脆いのね。それとも私が強すぎる?」

 目の前には、大魔王がゆらりと立っていた。

「ねえ、もう少し遊んで頂戴な。私このままじゃ、この空間から出てもすぐに世界をぜんぶ壊して、終わりにしちゃうわ。それじゃつまらないもの」

 僕は首を掴まれて持ち上げられた。まだ完治しきっていない身体を、ぬいぐるみのように気軽に放り投げられる。

 空中でどうにか身を捩って足から着地したが、今度は身体を横薙ぎに殴られた。

 僕がアイリたちに張った結界にぶち当たり、僕は再び身体を動かせなくなった。

「ラウトっ!」

 アイリが結界から出てきて、僕に回復魔法を掛け始めた。

「あはっ」

 大魔王が楽しそうに近づいてくる。

 駄目だ、アイリ。逃げてくれ。

 声も出せない。

 大魔王に、手も足も出ない。


「精霊たちっ!」

 声を張り上げたのは、ギロだ。

 いつもの丁寧な、物腰柔らかい声色ではなく、威厳に満ちている。あんな声が出せたのか。

「ラウト様とアイリ様を身命賭してでも逃がせっ!」

 精霊と魔族の相性は最悪のはずだ。

 なのにギロの声は、僕から離れていた精霊たちを呼び戻した。


 でも、違う。

 僕を置いて、アイリとギロに逃げてほしい。

 アイリの回復魔法で持ち直した身体を起こそうとしたら、今度は上から黒い力の塊が降ってきて……。

「……さ、せるかっ!」

 僕のすぐ横にはアイリがいる。

 黒い力の塊の範囲内には、アイリがいる。

 僕はアイリだけは守ると力を放出して……そのまま意識を失ってしまった。




*****




「え、凄い。どうやったの?」

 精霊たちはギロの命令を聞き、ラウトとアイリを自宅まで転送した。

 魔族は精霊に嫌われているはずだった。

 ラウトの精霊たちの一番の目的は、ラウトを守ることである。

 その目的の前に、ギロが魔族であるのは些末なことであった。

 ラウトも知らないことだが、随分前に精霊たちの方からギロに協力を申し出ていた。

 万が一の時にラウトを守れるよう、ギロと契約を交わしたのだ。


 契約とは、精霊たちはギロの言うことを一度聞く代わりに、ギロにはラウトの身代わりとして命を差し出す、という内容だ。


「あなたに教えたくはありません」

 ギロは人の姿に戻った。魔族化してから身体を異形化させて力を制御していたが、一番力が出せるのは、人の姿であるという境地に達していたのだ。

「ええー、いじわる」

 大魔王はギロに微笑んだ。

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