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12 逃げる卑怯者

 ザイン大陸を旅して二十日目。

 大陸の最南端に到達した。


 途中で立ち寄った国はキスタ国のみ。

 そこで国王代理の宰相であるカルタルさんが話してくれた通り、他の国は国として機能していなかった。

 城があったと思われる場所は徹底的に更地になっていて、周辺の町や村は町長や村長がどうにか取りまとめていた。

 国からの援助がなければ冒険者ギルドも機能していないが、魔物自体も少なかった。

 そもそも魔物の動向は魔王が出る以前の状態くらいに落ち着いている。

 冒険者ギルドがああだから魔物の数は多くてもいいはずなのに。


 この大陸にいた魔王は、何がしたかったのだろう。


 大陸中を走り回って情報を集めたが、魔王の居場所につながる情報は一切見つからなかった。

 ともかく、僕一人では魔王の居場所が探せないことはわかった。

 かといってギロをこの大陸に呼び寄せた瞬間、別の大陸が魔王に狙われてしまっては元も子もない。


 せめてあと二人、魔王に対抗できる人がいてくれたらなぁ。

 近いのはダルブッカだが、彼は国王だ。おいそれと魔王討伐を任せる訳にはいかない。


 とはいえ、このまま悩み続けるだけで動かないのは悪手だ。

 ギロを頼ろう。

 他の大陸の国には、何かあったらすぐ連絡するようお願いして、ギロを呼びに向かった。



「おかえりなさいませ」

「おかえり、ラウト!」

 サラミヤとセーニョが礼儀正しく出迎えてくれる中、アイリが僕に飛びついてきた。

「ただいま」

 久しぶりの生アイリだ。そのまましばらく抱きしめた。

「クッキー美味しかったよ」

「手紙で何度も読んだわ。喜んでくれてよかった」

 ほんの少しだけ、魔王のことを忘れる。

 五分ほどで理性を総動員してアイリから手を離した。


 ギロは僕がアイリとの再会を堪能し終えた頃にエントランスへやってきた。

 既に旅装が整っている。

「お待たせしました、ラウト様。いつでも行けます」

「じゃあ早速行こう。早いほど良いから」

 顔を曇らせたアイリをもう一度抱きしめてから、僕は転移魔法を使った。




 ギロはザイン大陸の出身だ。ギロの故郷は魔王が現れた時に滅ぼされている。一人旅の途中で村の跡地を通りがかかったが、何一つ残っていなかった。

 ギロにとっては久しぶりの出身地だ。どんな気分なのだろうかとギロを見上げると、ギロは怪訝そうな顔をしていた。

「何か空気が……気配とも言えますし……」

 魔物化させられてからのギロは、人とは違う感覚を体感することができる。

 僕がどう鍛錬を積んでも得られなかったものだ。

「何が気になるの?」

「極僅かなのですが、空気に魔物の気配が混ざっています。魔物が密集している場所の空気は、魔物の呼吸でほんの少しだけ空気が濁りますよね。それのもっと薄い状態です」

 魔物の呼吸で空気が濁るとは、冒険者が時折予兆もなく体調を崩す原因だと言われている。めまいや倦怠感が主な症状で、時折頭痛や発熱を引き起こす場合もある。

 冒険者ほど魔物に近くなければ発症せず、体調不良も数日休めば治るため、魔物の近くに居すぎるのが原因とされているのだ。

 僕は罹ったことはないが、セルパンのパーティではクレイドが偶に体調を悪くして寝込んでいた。

 攻撃魔法使いで魔物から一番遠い場所で魔法を放っていて罹ったのだから、他の病気と同じように、人によるのだろう。

「気配が濃い方向……は、ちょっと分かりませんね。まずは最南端へ向かいませんか」

「わかった」

 魔物の気配に関することでは、ギロの言う事を聞くのが一番手っ取り早い。

 僕は即座に転移魔法で、大陸最南端へ向かった。


 しかし、最南端では魔王の気配の手がかりはつかめなかった。

「すみません、お役に立てず」

「ギロにわからないなら仕方ないよ」

 落ち込むギロを励まし、今度は二人で大陸を北上しながらあちこちを回った。

 ギロは空を、僕は陸を駆ける。

 常人より遥かに速いといえども、所詮人だ。一日に動ける距離には限界がある。

「ギロ、降りてきて。今日はここで休もう」

「畏まりました」

 大陸中の国が機能していないため、町や村の治安や発展具合には差がある。

 多少治安が悪くても僕とギロには全く問題がないので、手近な村へ立ち寄って、宿を取ろうとした。

「すみませんね、部屋は空いてるんですが、まだ掃除できてなくて。一時間後にまた来てくれますか?」

 小さな村の唯一の宿屋の主人にこう言われた僕たちは、村の中をぶらぶらと歩くことにした。

「あれ、何だろう」

「見たことありませんね。買ってみましょうか」

 二十日かけて大陸中を回ったとはいえ、急ぎ足だったから、こういう村の細かい部分までは把握していない。

 この大陸出身のギロも故郷以外をこうして旅したことはないから、露店街には未知のものがたくさんあった。

 粉を練って丸くしたらしきものを串に刺して焼き、様々な種類のソースが塗られた食べ物を指し示すと、ギロも興味を持った。

「甘じょっぱい。これ、何ですか?」

「シーマメっちゅー豆を茹でてすりつぶしたもんだ。美味ぇだろ」

「へぇ、豆なのか。美味しいです」

「こちらも甘いですが色が違いますね」

「そっちはコマメだ」

「コマメってこんなふうに調理しても美味しいのですね」

 露店の商売人と会話しながら、買い食いを楽しんだ。


「コマメは故郷でもよく食べていました。私の家ではよくスープにしていましたが、炊いて練っても美味しかったのですね」

 ギロは何の臆面もなく故郷の話を聞かせてくれる。

「そのスープって、家でも作れる?」

「コマメを手に入れれば作れますね」

「じゃあ買い込んでいこう。是非食べてみたいよ」

「かなり甘いものですよ」

 そんな他愛も無い話をしながら歩いていると、露店街を抜けてしまった。一時間にはあと少しだけ早い。

「戻りがてら、もう一周しようか……ギロ?」

「ラウト様、あの者の後をつけます」

 すっかりまったり旅モードになっていたギロが急に表情を引き締めた。視線の先には十代になったかどうかという年齢の男の子がいる。

「あの子がどうしたの?」

「極薄く、魔物の気配が」

 僕も少年の気配を捕捉したが、魔物の気配はわからなかった。

 それどころか、少年の強さもわからない。

「まさか……」

「有り得ます。アイリ様を」

「わかった」


 転移魔法で直接自室へ戻った。

「アイリっ!」

「ラウト、どうしたの?」

 アイリの部屋の扉をノックもせずに開けてしまったが、アイリは少し驚いただけで咎めなかった。

 むしろ、僕の顔色を見て察してくれたようだ。

「すぐに行けるわ」

 アイリは手に杖だけを持ち、僕が差し出した手を握った。


 転移魔法でギロが少年を見つけた場所へ戻ったが、既に二人の姿はなかった。

 村から離れた場所にギロの気配がある。

「飛ぶ、掴まってて」

「はいっ」

 シルフの風で送ってもらい、ギロの元へ。


 ギロは魔族の姿になり、腹を押さえてうずくまっていた。

「ギロ!」

「ちっ、勇者か。おのれ、貴様のせいで」

 ギロの前には先程の少年が立っている。やはり魔物の気配なんて感じないが、手を濡らしている血はギロのものだろう。

「すみません、不意を突かれました」

「喋らないで。出血が多いわ」

 アイリはギロを見るなり回復魔法を発動させ、ギロを癒やしてくれていた。

 僕は剣を抜いて、少年に相対する。

「お前は何者だ」

「ふん、勇者と言えど所詮は人間だな。この程度の擬態も見破れぬのなら、そのまま騙されておれ」

 少年の気配は相変わらず、どこにでもいる少年の気配だ。

 しかしその両手から、莫大な魔力が生まれ、巨大な鉤爪を模して僕に降り掛かってきた。

 鉤爪の全てを剣で切り裂いて粉々に砕き、少年を袈裟懸けに斬った。

 手応えがない。

「ぐっ!」

「ギロっ!」


 ギロのくぐもった悲鳴に振り返ると、アイリが回復魔法で塞いだはずのギロの腹から鉤爪が生えていた。

 ギロの背後にはいつのまにか少年が立っている。

 僕はどうやら、幻影のようなものを斬らされたようだ。

「勇者とまともにやり合うつもりはない。この裏切り者だけ……なあああ!?」


 力を抑えている十枚の膜のうち、九枚までが勝手に割れた。


 辺り一帯を異空間へと切り離し、僕たちと少年だったものだけを取り込んだ。

「はああああ!? お前人間だろう!? 何だその馬鹿げた魔力は! 力は! 何だこの空間は!?」

 少年は既に、少年という擬態を解いていた。

 暗い緑色の肌をした、ガリガリに痩せた老人だ。ただし、身長は僕の倍はある。

 大陸全土に気配を振りまいて、擬態の触媒代わりにしていたのだろう。

 異空間によって大陸と遮断された今、はっきりと気配が読めた。

 こいつが最後の魔王だ。

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