嘘偽りない
茜の目の前にいるのは彼女にとって最愛の人だ。
ブラックジョークが好きな25歳の男性。目鼻立ちの整った端正な顔立ちと程よく筋肉のついたしなやかな身体。
これからは食み続けてきた嘘のひとつを暴く事が出来る。
『初めてじゃないんでしょ?』
仄暗い部屋に青い月の光が射し込んで、向き合う若い二人を映す。
『うん、久しぶりだから感覚掴めないだけ。』
彼からの問いかけに俯くと同時に黒髪が彼女の顔を匿う。
サラサラの髪の毛を手で払い、真正面から顔を覗き込むのは、名を杵島景一という。景一が腕を引き寄せ、互いの唇の上にキスを落とした。
最愛の人だから私の全てを知ってほしい。大切な人だから私の全てを知らないでほしい。相反する願いが彼女の頭のなかで交錯する。
幾度も嘘をついて、その嘘の上で笑ってきた。いつの間にか、嘘をついたことに鈍くなってしまっていた。
せっかくの幸せな時間を終えて、もっともっと愛されて愛し尽くしてから、嘘を解けばいい。
表面さえ繕えば、心のなかまでは誰にも見られない。記憶も視界も思想も秘密も嘘も、表情からは読み取れない。
景一を好きな気持ちは真実。恍惚の上から強ばるベールをあなたになら脱がされたい。
茜が生きた24年と5ヶ月、こんな夜は初めてだった。