スナメリさん
スナメリさん
体育祭。僕のもっとも嫌いな行事だ。
砂埃舞い上がるグランドで正気の沙汰とは思えない程盛り上がる学生達。たかだか数百メートルの円周を走るだけのつまらない競技に、いちいち沸き上がる歓声。
まったくもって不毛な時間だ。こんなもののために僕の大切な時間を裂かれるのはまっぴらだ。
ブツブツと文句を並べる中峰政臣は不機嫌な面持ちでグランドへと向かう。破滅的な色調の体操着に身を包む生徒達が楽しそうに上履きに履き替えて走ってゆく。
「…なにがそんなに楽しいんだよ」
誰にも聞こえないように苦言溢した。騒がしい校庭に何か聞きなれない音が響いてくる。不意に視線を送ると違和感が中峰の中で生まれた。
不自然に盛り上がる中央の砂。
パラパラと音が耳の奥まで届いてくる。同時に喉に張り付くような違和感が襲う。
ザザザ
ザザザ
盛り上った砂の中からイビツな白い塊が至るところから溢れでていた。
ツルリとした表面をサラサラと茶色い粒が流れてゆくと、ソレが何かすぐにわかった。
何かの頭部、頭蓋骨だ…
中峰の頭の中で半分しか見えていないソレの全体がイメージされる。
深く落ちくぼんだ眼窩から此方を視ている。
視線を外そうと意識してみても、不気味な暗闇に吸い込まれるように動けない。
アレは中峰以外には見えていないのか、気がつけば周りには誰もいない。先程まで燦々と照りつけていた太陽まで、厚い曇に隠れて大きな陰を落としている。
硬直する視界にソレが映し出されると、思考まで固まる。小さな頭蓋骨は人間のものではない。
砂の中から現れた頭蓋骨は数十、数百単位。砂粒を動かしながら一面に浮かび上がってくる。
やがて付き出した上顎と下顎が一斉に開かれ、ガタガタと動き始める、
キィキキィキキィキキィキキィキキィキキィキ
不快な高音で鳴き声をあげるおびただしい数の骨、ジャリジャリと音をたてて此方に向かってくる。
___…うるさい。
後ろから不機嫌そうな声が聞こえた。聞き覚えのある声だった。
気がつくと固まっていた身体が自由に動く。振り返る中峰の眼に、日光に照らされてキラキラと光る茶髪が映る。
眉をよらせた青い瞳が、けたたましい鳴き声をあげる奴らを睨み付ける。視線に気がついた奴らの標的が、中峰から彼に変わったのだ。
___うざったい…
突風が彼の後ろから砂埃をたてて吹きさらすと、辺り一面茶色いベールが漂った。
巻き上げられた砂煙の中で確かに漂うアレが見えた。
小さな竜巻のような渦の中でトグロを巻いて浮遊する。黒く鈍い光沢、歪な形の節々。
時間にしたら一秒も経っていないのかもしれない。一瞬にして巻き上げられた地面から、唸りをあげる無数の頭蓋骨も散り散りに宙に舞っていた。巻き上げられたソレを、ムカデは逃さず噛み砕いてゆく。
__鬱陶しい奴らだ…
何事もなかったように彼は歩き出す。
タイミング良く厚い雲が途切れると、一面に漂っていた陰気な空気を太陽光が払ってゆく。
___あ、あのッ!
歩みを止める不機嫌そうな彼が振り返る。
「…な、南条くん…ありがとう」
中峰が絞り出したように声を掛ける。先日雨の降りしきる帰り道、名前を聞いていた。
奇怪な現象をものともしない、僕は彼に好奇心にも似た興味を抱いていたんだ。
 




