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マンホールの彼女



 雨の街道に吹き出す下水がだだっ広い灰色の地面を薄く覆っている。


 連日の長雨によって満杯までに膨らんだ水路は、たまらず吐き出すように出口を探して動き回る。


 傘を片手に彼は今日も変わらない毎日を繰り返すのだった。


 「素直に塾まで送って貰えば良かったな」


 独り言を吐き出した中峰政臣(なかみねまさおみ)は大きな傘を両手で握りしめると、正面から吹き付ける雨粒に向ける。


 数センチほど道路を覆っている雨水をバシャバシャと切り裂きながら、苦行を強いられる僧のように前進する。


 彼の耳に水音が強く響いてくる。前方に吹き出す下水が見えた。


 噴水のように下からわき出る汚水に、ウッと気分を悪くする彼はなるべくソレを見ないようにと心掛けた。


 およそ10mほど先に見える小さなマンホールの蓋が下から溢れ出す圧力によってカタカタと浮き上がっている。

 あんなに重い蓋を押し返してくる。水流とは物凄い力を秘めているのだなぁ、と呑気な感想が頭の隅っこに浮かんでいた。


 一歩ずつ近付いてゆく。8m、7m。

 無意識に大まかな距離の予想をしている政臣は、少しでも今の自身がおかれた暴風雨を忘れようと思考していた。


 4m、3m。


 小さく見えたマンホールの蓋が近付くにつれて徐々に本来の大きさが現れる。


 2m、そこまで近付くとその大きさに改めて感心していた。遠くに見えたその蓋は予想していたよりも遥かに大きなもので、大人二人くらいは呑み込んでしまうほどのサイズだった。


 1m

 おかしい。


 こんなに大きな蓋なら相当な重量があるはずだ、それこそ水流の力となればかなりの勢いがなければ動かすことは出来ない。それなのにあの少し間隙間からは吹き出す水が見えないのだ。



 ガタガタ、ガタガタ、


 まるでなにかを押さえつけるようにマンホールがうめき声を上げている。


 そのすぐ近く、もうすぐそこにたどり着く。


 足を踏み出す瞬間、強い雨に傘を前に構えて身を守る。


 ビゥォュォ…


 吹き付ける強い風に身を縮める政臣はグッと下を向いて両足て姿勢を支える。


 吹き抜けた暴風をやり過ごすと、再び正面を見た。



 ……あれは、なんだ、


 すぐ目の前にあるマンホールの大きな蓋が、顔をしたに向ける前よりも開いている。


 いや、持ち上がっているといった方が正しいのだろうか?片側だけ浮かぶ丸い塊が今は違う形に見えている。


 浮き上がったことで蓋を閉められていた空間が少しだけ開いていた。黒いその入り口から出てくるのは吹き返す雨水ではない。


 三本の指が穴の内側から地面を掴んでいる。徐々にはっきりと見える指の形に続くように真っ黒な長い髪の毛が放射状に道路の水溜まりに浮かんでいた。


 それは少しずつ浮上してくるように大きくなってくる。


 人のように見えるその顔が此方を睨み付けるのがわかった。身震いをする間もなく硬直する彼は次の一歩を出しては行けないと本能的に理解していたのだった。


 …チッ、ウザいな


 後ろから横を通り抜けた人影が何か呟きながら彼を追い抜いてゆく。


 黒い傘を差した人物は躊躇なくマンホールの前まで足を進めてゆく。


 あと一歩でそこにたどり着くという瞬間、浮かんだ隙間からは青白い手がヌルっと飛び出した。

 傘を差して歩く人物の足を掴もうと広げられた手が恐ろしいスピードで伸びてゆく。



 …鬱陶しい


 次の瞬間、マンホールから伸びた手を踏みつけるとグリグリと詰るように足を動かした。


 悲鳴にもにた耳鳴りが此方まで届いてくる。

 ようやく足を上げたその人はマンホールの蓋に足を掛けていたのだった。右足を少しだけ高く上げて地面につき下ろすと、開かれていたマンホールの蓋は完全に閉じられた。


 踏み込む瞬間、此方に振り返った彼の顔がチラリと見えていた。


 まちがいない、あの夜。


 奇怪な現象をねじ伏せた、あの学生だ!


 駆け寄ろうとする政臣にチラリと此方を見た彼は再び舌打ちをするのだった。


 

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