番外 藍玉の騎士(ナイト・オブ・アクア)の誕生
「久しぶりだな、ダグラス」
短く刈り込んだ金髪に青い瞳。騎士よりも体格が良く、鍛え上げた巨体をダークグリーンの王子服で包んだ男が懐かしい笑顔を見せた。王子の執務室には、重厚感のある執務机の正面に三人掛けのソファが三台置かれている。
「お久しぶりです。オスヴァルド王子」
執務机を挟んで王子の前に立ち、習得した貴族の礼をする前に王子が手で静止した。
「おいおい、貴族みたいな堅苦しい挨拶はやめてくれ。何のために人払いしたと思ってるんだ。俺はずっとお前が来るのを楽しみにしてたんだ」
通常、王子や貴族の居室には、多くの使用人が控えている。王子は俺の顔を見るなり、側近を含め、全員を部屋から追い出した。
王子は執務机の椅子から立ち上がって俺の前に来た。昔のように俺と拳を合わせる。
「約束どおり、お前を騎士にするからな」
獲物を見つけた肉食獣のような王子の笑顔を見て、十数年前に二人で旅していた頃の思い出が蘇る。
「いや、俺は間諜としての採用を希望している。少し前に、仕事や依頼ではなく、自分の都合でフリーレル王国の騎士を二人殺した。おそらく賞金首になっている」
賞金を懸けられた者が、名が外に出る可能性がある騎士にはなれないだろう。間諜なら名が出ることはないし、王子に迷惑を掛けることが防げる。
「そうか。まぁ、狩られないように気をつけてくれ。で、配属先だが」
何でもないことのように流されて驚いた。
「待て、賞金首を騎士にするのか? この国には常識というものはないのか?」
「何を今更。俺が王子をやってる国だぞ?」
「そうだったな。諸国を放浪して暴れまわる王子がいる国だったな」
魔物や野盗がいると聞けば、嬉々として討伐に向かう荒々しい同年代の少年が、王子だと知った時は信じられなかった。
「……もし、俺が命を落とした場合、妻子の身の安全を保障してもらいたい」
「ああ、それは安心していい。お前たちを拾った〝離宮の魔女〟は世界最強だ。誰も手を出せない」
「世界最強? そうは見えないが……」
〝離宮の魔女〟は、王都に向かう森の中で、偶然出会った黒髪黒目の異世界人の女性。体調を崩したルイーズと俺を離宮に招き入れ、丁重にもてなしてくれている。常に温和な笑顔を浮かべる姿からは、その強さが想像もできなかった。
「〝離宮の魔女〟は、史上最強と云われた今上の竜王陛下を、魔法で昏倒させた」
耳を疑った。竜王とは、竜族の中で一番力を持つ存在と言われている。つまりは創世の女神に次ぐ力を持つ者。それをどんな魔法で倒せるというのか。
「彼女は、遥か上空に複数の人工の星を飛ばしていて、いつでも空から魔法攻撃が出来るようにしている。その気になれば、二日でこの世界をすべて焼き尽くすことができるらしい」
「なんだそれは? 魔王か何かなのか?」
「魔王は彼女の茶飲み友達だ」
俺は理解することを放棄した。竜王を倒し、魔王と茶を飲み、世界を二日で滅ぼす女。おとなしく見える人間が、実は一番怖いというのはよく聞く話だが、恩人を畏敬することはあっても、畏怖するのは気が引ける。
「それが本当なら、この国を攻め落とそうという馬鹿はいなくなるな」
ならば騎士は不要の存在になるのではないだろうか。
「だといいんだがな。国同士の大きな戦争が起きる可能性は激減したが、見えない戦争が活性化し始めている」
それは俺の傭兵としての経験からも知っている。内部情報を集め、内側から攻め落とすこともあれば、噂を流して人心を操り、革命を起こさせる方法もある。兵や騎士が実際に戦う戦争ではなく、言葉や情報で戦う見えない戦争の方が莫大な戦費も掛からず、相手国は対処が難しい。
「メルンデルト皇国が、別の異世界人と開発した人工の魔物をあちこちにバラ撒いている。常人では対処が難しくてな。……〝離宮の魔女〟の魔砲なら一撃で仕留められるが、周辺への被害が大きすぎる」
執務机の鍵付きの引き出しから出てきた紙に描かれた精密画は、まるでその光景を鳥の視点で見ているような仕上がりだった。一枚目には、広大な森の中に巨大な赤い卵が描かれている。二枚目には、同じ場所で甲羅からイカの触手を生やした巨大な赤い亀の姿があり、三枚目では異形の姿は無いが、森が抉られ、地面に巨大な穴が空いていた。
「これは?」
「写真という、現実の瞬間を写し取って絵にする異世界の技術だ。……見ろよ。魔砲の出力を抑えた状態で、この惨状だ。土地を抉られると回復に時間がかかるが、それなりの技量がある者が直接討伐すれば、被害は抑えられる」
それはそうだろう。鉱山並みの深い穴が一撃で発生するのだとすれば、多少無理をしてでも魔物を倒した方が逆に被害は抑えられる。
「というわけで、人手が欲しかったんだ。もちろん俺も行く」
王子の輝くような笑顔を見て、俺は悟った。魔女の魔砲の被害を抑えるのが目的ではなく、きっと魔物を自分で倒したいだけだ。相手が強ければ強いほど、この王子は機嫌が良くなる。〝離宮の魔女〟は女だから戦えないだけだろう。
そうして紹介された第四騎士隊の隊員たちは、俺と同等か、それ以上の化け物揃いだった。
この世界では消滅する死体を保存し、自由自在に操る〝死体使い〟
あらゆる無機物を調律して支配下に置く〝音律の死神〟と裏で呼ばれる〝調律師〟
小型の魔物を育てて操る〝蟲使い〟
罠が得意で、声だけで群衆を操る〝扇動者〟
人の複製を作ることが出来、常に鏡を見ている〝複製者〟
元殺人鬼の医術師であり、死刑執行人の称号を持つ〝解剖者〟
計り知れない魔力を保持し、魔法剣・晦冥を所持する〝漆黒の騎士〟
幾ばくかの竜の血を受け継いだ俺は、人とは違う異質な存在だと思っていたが、不思議と気持ちが落ち着いた。それどころか、事あるごとに他の騎士たちから常識人扱いを受けて困惑している。
俺は王から〝藍玉の騎士〟の称号を授かり、ヴァランデール王国の正規の騎士となった。
◆
離宮へと戻り、客室の扉を開いた途端、ルイーズが駆け寄ってきた。男に偽装する為に切った赤茶色の髪は少し伸びて、毛先が肩に届きかけている。妖艶な華は影を潜め、清楚で明るい笑顔が眩く感じる。
「ダグラス! おかえりなさい!」
「走らなくていい。腹の子に何かあったら、どうするんだ?」
膨らんだ腹が気になって、思い切り抱きしめることができなくて残念に思う。かといって抱き上げると、腹の子が驚くと言われてから、手が出せない。
軽く口づけを交わし、ルイーズが座っていたカウチに目をやると、置かれたテーブルに畳まれた白い布が山積みになっていた。さらには、ダークグリーンの糸で紋章が刺繍された布が、丸い枠に嵌められている。
「これは、オスヴァルド王子の紋章だろう?」
「そうなの。体調も良くなったし、何か仕事はないかって聞いたら、この刺繍をお願いされて」
「俺が稼ぐから、仕事はしなくていい」
「それはわかってるんだけど、じっとしてるなんて飽きちゃうもの。この仕事も、無理矢理もぎとったようなものだし」
「この国の王族は、何か行事があると記念品を配る慣習があるそうなの。王妃や王子妃が紋章を刺繍した手巾が一番人気なんですって。一度に数十から数百枚配るから、何枚あっても足りないって」
「王子妃の手ずからでなくていいのか?」
「最後の一針と仕上げを王子妃が行うから、大丈夫みたいよ」
丸い木の枠を持ち、ルイーズが明るく笑う。
「楽しそうだな」
「わかる? 子供の頃は難しかった縫い目が、今は簡単に縫えるの。不思議よね。ずっと針なんて持ってなかったのに、持ったら思い出したみたい」
俺と放浪する間、彼女が刺繍をする姿を見たことがなかった。ナイフの扱いや体術を俺から学び、本で毒物や薬学の知識を蓄え、化粧や服装で変化する技術を磨き、俺の仕事を常に支えてくれていた。
「……すまない。出会った時、俺がお前を安全な場所へ戻すべきだった」
大人になった今ならわかる。彼女の親族を探し、安全な場所まで送り届けることが最善だった。居心地の良いカウチに座り、刺繍をする。この穏やかな日常が、本来の彼女の居場所だった。
「ダグラス……今だから言うけれど、私はあの時、街に残る方法があったの。当時の私は、複数の貴族から養女にしたいって申し込まれていたし、求婚者もいた。……それでも貴方と一緒にいたいと思ったから、付いて行ったの」
初めて知った情報に驚いた。確かに、彼女の美貌なら引く手あまただったというのは頷ける。
「責任を感じているのなら、一生そばにいて償ってもらうわよ。もしも逃げても、地の果てまで追いかけるから覚悟して」
「そうだな。責任を取ろう。女神の世界へ行っても、俺はお前と共にいる」
それは、死後も共にあり続けるという誓い。
強がりで繊細な花が、穏やかな日常を送れるように。
俺は、この世界を護り続ける。
当作品本編のコミカライズが連載開始しました。URLは活動報告にてご確認下さい。




