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9:最強は威圧する

「中々、悪くない」


 誰もが、この騎士団の駐屯所で起きた不可思議な現象に理解を追いつかせようとしているのに、一人だけ、ゼンだけは、感想を述べていた。


「な、何が起こったんだ?」


 そこで言葉を出せたのは、カナディア。

 経験、という点でいえば、彼女が一番このような意味不明な状況に適応できる人物であった。


 だが、そんな彼女でも、理解はしていない。

 理解していないけれど、動いているだけだ。


「拳で火を振り払っただけだ」

「……意味が理解できないのだが」


 カナディアの言葉に、周囲の騎士たちも同意を示す。


「手で火を振り払う。

 それを拳で行っただけだ」


 実際、ゼンの行ったことは非常にシンプルだ。


 火を振り払う。


 ろうそくや、火花など、小さな火を払うことはあるだろう。

 それを、拳で行ったのだ。


 その結果として、起きたのは衝撃波だっただけであり、それが魔術による火を消したのだが。


「……普通、魔術の火を手で振り払うことなどできないのだが」

「実際にできている」


 カナディアは、自身の常識を語るが、それを現実として打ち壊された現状、それはもはや常識ではない。

 黙るカナディア。


「おいクソ野郎!」


 そこで、声を出したのは、グラスファ。

 グラスファは、自身の魔術が消されたという事実に一番理解が遅く、


「どんな魔術を使いやがった」


 そして同時に現実から目を逸した。

 いや、正確には逸したのではない、理解しきれなかっただけだ。


 誰もが常識を破壊されて、はいそうですか、となるわけはない。


 普通は自身の常識の範囲内で思考を始める。

 だからこそ、グラスファが考えたのは『他の魔術に寄る打ち消し』だ。


「そうか。

 この程度で貴様らは魔術の存在を疑うのか」

「何言ってやがる!」

「……ほとほと五月蝿い小物だ」


 グラスファはゼンの言葉に痺れを切らし、剣を抜く。


 抜く、と思っていた。


 現に駐屯上にいるこの騒ぎを見ている人間は、グラスファが剣を抜くと思っていた。

 でも、現実は違う。


「魔術、というものを見るために生かしておいたが、これ以上は何も見れないようだな」


 グラスファは、剣を抜いていない。


 グラスファとゼンの距離は、手を伸ばせば届く距離。

 剣を抜けば届く距離だ。


 なのに、剣を抜かない。


「理解しているか?」


 その代わりに、グラスファの体から汗が出る。

 額から、鼻の下から、首から、手の甲から。


 肌を露出している場所全てに、汗が浮かんでいるのが見える。


「貴様はすでに詰みだ」


 他の騎士は理解できない。

 ゼンが何をしているのか。

 なんでグラスファが剣を抜かないのかが。


 だが、この中で唯一グラスファ以外で理解できた人物がいた。


(恐ろしい)


 カナディアだ。


 カナディアは一番二人に近い、というのもあるが、実力的な麺でも一番気づくことのできる人間だ。


 だからこそ、感じる。


「今、貴様の生は否定されている」


 グラスファは、何をしても死ぬ。

 いや、正確には、何をしたとしても殺される。


 今、ゼンが行っているのは威圧だ。

 それも、ただの威圧ではない。


 何をするのかを明確にしている、威圧だ。


 それはグラスファの思考に答えるように、一つ一つグラスファの行動全てに答えを出していくかのように、死に方をレクチャーしている。

 それを理解したカナディアは、恐怖を抱いた。


 グラスファが剣を抜いたら?

 その剣で自身の首を斬るようにして殺される。


 殴りかかったら?

 拳が体に触れるよりも先に、グラスファの首が人体の可動域を超える。


 逃げたら?

 手足の健を切られ、その後殴り殺される。


 言葉を発すれば?

 顎がちぎり取られる。


 足を、手を、胴を、指を、毛を。


 全ての行動に、アンサーを突き立てる。


 全てが結論として、死を表して。

 本来なら戯言のような未来を、ゼンはその体の全てを使ってグラスファに懇切丁寧に教えている。


 体を動かさず。

 体を使って。


「ゼン……さん」


 そんな異様な光景が一分ほど続く。


 異常な光景に、騎士たちも違和感を抱いたタイミングだ。


 カナディアが、声をかけた。


 カナディアにこそ威圧は飛んでいないにしろ、死の光景を目の当たりにしている。

 そんな状態で話しかけるのは並の精神力ではない。


「そこらで辞めていただけないでしょうか?」

「なぜだ?

 この小物は俺に歯向かった。

 敵としては見てやれないが、その行動にはしっかりと答えを与えてやらないといけないだろう?」


 まるで虫がよってきたから殺す、とでも言わんばかりの話し方。

 いや、実際にそう感じているのだろう。


 ゼンという男からすれば、グラスファという騎士団において副団長をしている人間ですらも、そこらの虫と同列なのだ。


「でも、私達からすれば一つの命です」

「……俺の決定を、覆すというのか?」

「虫一つ殺す決定なら、覆しても問題はないかと」


 カナディアはすっかり敬語を使っているが、そんなことを考えている暇はない。

 こんな男でも、この国を守るために働いていて、実力もあるのだ。


 それがこんな災害に会うかのような形で死んでもらっては困る。

 人というのは数はあれど個体というものが存在する。

 一人の死、ではない。

 グラスファという男の死なのだ。


「……ならば、交渉だ」

「……なんですか」

「食料と、金と、情報」


 食料と金銭までは予想できてはいたが、情報?


 カナディアはなぜなのか思考を始める前に、


「わかった」


 承諾した。


「よし。

 そこらを歩いて待っている。

 そうだな……2時間程度で戻ってくる」


 ようやく、威圧が解かれる。


 その瞬間、ドサリという音がする。


 その音は、人が倒れた音だった。


「グラスファさん?!」

「副団長!?」


 見ていた騎士たちは、倒れた副団長……グラスファを心配する声を上げる。

 グラスファは、倒れた。

 気を失い。


 自身の生の尽くを否定され、それに耐え続けたのだ。

 精神をすり減らしていた。

 その結果として、自身の理性を守るための意識の喪失。

 当然の生理反応だ。


「では、また」


 そんな様子に目もくれず、ゼンは駐屯場に背を向ける。


 そんな様子に、騎士は目を奪われるだけだった。

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