7:最強は、牢までついていく
カナディア、という女性がいる。
ステイル国の中では知らぬものがいない人である。
若くしてステイル国の自治を任されている『騎士団』の団長であり、その実力は国内でもトップクラスだという。
魔力の操作と武芸に長け、自身よりも大きい男など簡単に倒してしまうという。
そのカナディアは、見定めている。
「ゼン、という男だな?」
「あぁ、そうだが」
目の前にいる男を。
ことの始まりは、30分前に騎士団の駐屯所に訪れた1人の男の話だ。
ラドルス。
幼い頃から猟師をしていて、その信頼性から国からの依頼をこなすことも多く、騎士団の連中も顔見知りは多い。
そのラドルスが、息絶え絶えに駐屯所に現れた。
もちろん、騎士団でラドルスの足の速さと体力は一目置いている。
騎士団でもこれほどの体力を持っている者はいない。
そんなラドルスが、肩を激しく上下させながら、ここに来た。
「っ……はぁ。
団長……団長いますか?!」
そんなラドルスの姿を見て不思議がっていた騎士は、声によって思考を働かせる。
「団長なら団長室にいるけど……」
「ありがとう!」
近くにいた騎士が一言告げると、ラドルスは早足で団長室に向かう。
団長室の扉が開く。
ノックもせずに失礼ではあるが、駐屯所に入って大声で団長がいるかと聞いたのだ。
今更必要もないだろう。
「お話良いですか?!」
「早くしろ」
扉を開いた先にいたのは、水色の長髪を持つ1人の女性。
170はあるであろう身長に、凛々しい容姿。
感情というものを感じさせないその容姿と、冷徹な性格から彼女は『氷の剣士』と呼ばれている。
そう、この人こそがステイル国騎士団団長、カナディアその人である。
「既にご存知かと思いますが、今朝、魔術信号弾を撃ったのは私です」
「そのことだろうと思っていたが、少し聞いてもいいか?」
「はい」
ラドルスは団長を目の前にし、膝を着く。
この国において目の前の人物の権力は高い。
制度として、一般人に身分的な差を産まないステイル国は、権力の差が顕著である。
国王、国王一家、各ギルド長、騎士団。
これが権力的に一般人より高い権力を持つと定められている人間である。
だからこそ、ラドルスは恭しく目の前の人物に接しているのである。
「貴様から魔術信号弾での帰還は知らされていたが、その報を受け取ったのは二時間前だ」
「はい。
確かに私の魔術信号弾で知らせました」
「しかし、だ。
その報告では、ここから徒歩で2日かかる場所から、という連絡だった」
「確かに、本来ならば徒歩で2日かかる距離の場所から、魔術信号弾を撃ちました」
団長は意味を説明しろ、という目でラドルスのことを見る。
ラドルスは、その言葉に対して、恐る恐る発言をした。
「走ってきました」
「……走ってきた、だと?」
「そうです。
全力疾走で、二時間。
そこから走ってきました」
団長はラドルスの話を聞いて、呆気にとられる。
報告の間違いかと思っていたが、そうではなく、どんなからくりがあるのかと話を聞いてみれば、ただ走ったから、ときたものだ。
「くははっ……
分かった、信じよう。
貴様の足を私は信頼する」
「っ! そうですか!
ありがとうございます!」
ラドルスは安堵した。
正直、自分でも言っていることはめちゃくちゃだと思っている。
事実として、ラドルスはしっかりと走ってこの国まで来た。
それも、ゼンと共に、だ。
ラドルスはこのヤシの森を知り尽くしている。
それこそ、幼い頃からヤシの森が遊び場であり、職場であったのだ。
そんな森を駆け巡る。
ラドルスだからこそ、ヤシの森になれたラドルスだからこそ、そこで走ればその速さは普通の人の三倍は出る。
近道から走り方、躓かない歩法や、疲れない歩き方を熟知している。
それを最大限に使うことにより、ラドルスはこうしてこの国の人間からも不思議に思われるほどの速度でここまでやってこれた。
だからこそ、ラドルスは今こんなに疲れているのだ。
「そこで、今回の緊急の連絡のことなのですが」
だが、ここで思い返してみて欲しい。
「ヤシの森で」
ラドルスと共に現れた人物は、
「ドラゴンを倒す化け物を見つけました」
息一つ切らしていなかった。
☆☆☆☆☆
カナディアは、観察する。
目の前の男、ゼンを。
「お前の身柄を拘束する」
「……ほぅ」
まず思ったのは、不思議な服装だ。
布一枚でできたような服装。
ここらでは見ない服装だ。
どこから来たのか判別できない。
「何故だ」
ゼンは、言葉を発する。
カナディアは、警戒する。
ラドルスからの話が本当であれば、この男の実力は国を落とせるほどだという認識になる。
だからこそ、警戒する。
ラドルスが嘘を吐くような男ではないことは、カナディアは理解している。
国からの依頼を真面目にこなしていたラドルスが、こんなところで嘘を着くだろうか。
ラドルスという男は小心者で、生きることに執着している。
それはラドルスという人間を少しでも知っていれば分かること。
そんな男が、この国からの大事な依頼で嘘を吐くだろうか。
「貴様は許可なく森で狩りをしたという報告が来ている」
「ふむ」
「経緯はどうであれ、事実としてそのような行いをしたのであれば、事情を聞くことになっている」
このカナディアの話は嘘である。
本来は無許可で狩りをしてもよいのだが、そんな事しても旨味がない。
ギルドからの依頼を通さないと、ろくな金にならない
だから、無許可での狩りはしないのが暗黙のルール。
でも、特段それ自体が何かを違反しているという規則はない。
「そうか」
ゼンは、その嘘には気づいている。
もちろん、真意にも気づいている。
地球でもその強さ故に縛られることが多く、このようなことには慣れていた。
この眼の前の女は、自身を拘束し安全を確保したいのだろう。
そこまで分かっていながら、ゼンは少し、前のめりになる。
「貴様っ?!」
それに、カナディアは反応した。
面白い。
それがカナディアの反応を見たゼンの感想であった。
本来、女性というのは闘争に向いていない。
それこそ、身体的に子を授かるという機能に優れているからこそ。
だからこそ、ゼンの人生において強い女性、というのは現れなかった。
それが、今、目の前で否定されている。
今の体重移動は、一定の強さを持ってるものからすれば脅威であろう。
まるで一瞬で目の前まで来られたかのような錯覚をする。
実際には動いていないため、実力のないものには何もしていないように見える。
それに、反応した。
カナディアは、ゼンが移動していないことに気づき、腰に下げていた剣から手を離す。
「何者だ、貴様は」
カナディアは、戦慄する。
目の前の男の力の一端を目の前にして、自身の理解できない現象が起きた。
「ゼンだ」
「それは 理解している。
貴様は、商人か? 農夫か? 店子か?」
その言葉に、カナディアは内心で嗤う。
商人? 農夫? 店子?
そんなわけがない。
これほどの佇まいをしておきながら、そんなものであるはずがない。
何かは分からない。
強さも測りかねている。
だが、得体の知れなさは段違いだ。
ラドルスの話によれば、瞬間移動を使う魔術師、という話だったが、魔術を使う様子はない。
「俺は、武術家だ」
「武術家?」
カナディアは自身の知識不足なのかと記憶を探るが、そんな職業は存在しない。
「そうだ。
強きものを求める、人だ」
ゼンは、カナディアの元へ迫る。
それはまるで休日に散歩をする人のようで、カナディアの反応が遅れた。
そして、気づいたときには、
「何を……した」
「歩いた。
それだけだ」
カナディアの理解を超えた行動。
すぐさま剣を抜く。
が、
「辞めておけ。
見ている」
ゼンは、そっとカナディアの剣の柄に触れる。
それだけで、カナディアの腰元の剣は抜けない。
まるで、鞘と剣が恋をしているかのように、離れない。
「ついていこう」
「は?」
「ついていこうと言っているのだ」
「……どこまで」
「俺を捉えるための牢までだ」
カナディアは、目の前のおっさんが理解できなかった。