6:最強は拘束される
ステイル国。
この国はこの世界の国でも比較的温厚な国である。
周囲を山岳に囲まれ、豊富な資源と大きな変化のない気候が、この国を長く存在させている。
この世界において、国が長く続くというのは非常に稀有である。
それこそ、発展したものは崩れ落ちるのが世の定め。
その中でこのステイル国が長く続いているのは、その攻め入りにくい地形と、国王の采配だと言われている。
ステイル国は王政を取っている。
今では三代目まで続き、そろそろ四代目に国王を交代しようとしている、という時期である。
通常、王政と言われるとピンとくるものは、独裁という言葉であろう。
1人というのは力強く、確固たるものであるが、時として脆弱さを持っている。
だが、このステイル国の王は賢王、とまでは行かずとも、その誰もが安寧を保てる程度の実力を持つ王であった。
国同士は手を取り合うべきである。
この国はそんな考えを持ち続けていた。
もちろん、対立がなかった、ということではない。
そこで役立ったのが、この地形である。
山岳に囲まれているこの国への出入りは、ステイル国が整備している道を使うのが一番である。
ステイル国の努力によって、山岳に囲まれながらも普通の道と変わらない便利さをこの国は生み出すことができたと同時に、それ以外の国内への侵入方法が難しくなった。
どこから来るかわかっていれば、どんな強大な敵と手怖くない。
それを示すかのように、ステイル国は防衛戦に置いて大きな力を発揮し、ここまでの発展を行うことができた。
そんなこの国の、門。
ステイル国は壁に囲まれている。
それは8メートル程度の、消して高いとは言えない高さの壁である。
そもそも、この国において山岳地域自体が国を守る壁の役割をしているため、こんな者は必要ないのだが。
そんな国の、門の、門番。
毎日の活動は、簡単だ。
通行証を確認して、魔術水晶を使わせるだけ。
魔術水晶により、簡易的な登録を済ませるのと同時に、罪歴を確認する。
過去に渡り罪を犯したことがあるのか。
まぁ、よほどのことがない限りこれに反応する人間はいない。
もしあったとしても、その人のために発行されている免罪証書を見せるのが普通だ。
それ以外であれば、死んでいるか、ただの犯罪者だ。
だから、今日も門番は朝から起きて、門を開き、商人や護衛に対してそれらの確認をする。
「ここか」
「はぁ……はぁ……はい」
人が来る時間を少し過ぎ、暇になる時間帯。
日の出の直後に門を通ろうとした人間を通した後。
そいつは現れた。
奇妙な、布一枚の服を身にまとった人間。
後ろには、猟師の格好をしている男。
後ろの人間は知っている。
ここらでも幼い頃から長くやっている猟師で、少し有名なので、門番の男は顔と名前を覚えていた。
確か、弱虫ラドルス、だったか。
逃げることが取り柄の臆病者、と仲間内で揶揄されている男だったはずだ。
そんな男が、汗を吹き出して、息を切らしている。
おかしい。
ラドルスは、ラビット系やウルフ径の魔物からも足で逃げ切れるという話を聞いたことがある。
それに、毎日走り込みをしていて、底なしの体力を持っているという話を聞いたことがある。
それなのに、その男が目の前で汗を流し、息を切らしている。
「っと……はぁ……はぁ、ごめんなさい」
「大丈夫ですか?」
「あ、大丈夫です」
「すぐに中に入って……」
「あ、要件があるんですよ」
息を整えたラドルスは、門番の男に話しかける。
息を切らしていた様子を見ていた門番の男は休むように言葉を掛けるが、ラドルスは断る。
ラドルスだって伊達に弱虫と言われていない。
走った後の回復も早かった。
「えっと、それは……」
「えぇ。
昨日南東部でこの人を助けて。
連れてきたんです」
門番の男がゼンの方に視線をやると、ラドルスはその通りだと話をする。
だが、もちろんの通りこれは事実ではない。
あくまでラドルスがゼンから提案され、実行しているだけに過ぎない。
「それで、この人通行証とかない田舎から出てきたらしくて、発行とかしてほしいんですよ」
「あーっと、はい。
大丈夫です」
門番の男は、もうひとりの門番に視線を向け、大丈夫なことを確認すると、
「えっと……」
「ゼンだ」
「ゼンさん。
こちらで通行証やその他諸々の物を発行します」
門番の男は、ゼンに話しかけた。
ゼンは門番の男の言葉のままに、門の近くの小屋に入る。
ラドルスは、そんな二人を見送った後、
「あ、これお願いします」
「あれ、まだなんか……はい」
何かをもうひとりの門番に見せる。
それを見た門番は、真剣な表情を見せ、本来であれば必要なはずの身分の証明や、魔術水晶の使用をせずに、ラドルスを国に入れた。
☆☆☆☆☆
「あー、何も持っていないのですか?」
「生憎、手持ちを持たない主義でして」
「そう……ですか」
この世界では、貧困な人間や、身分を持たない人間はたくさん存在する。
もちろん、小さな村で国を知らず一生を過ごして行く人間も少なくもない。
だからこそ、この様に何も持たない人間も少なくはない。
通常、国に入るための証明書を発行するためには、お金が必要だ。
お金がない場合は、証明書に必要な価値以上の物を担保とし、入ることができる。
だけど、それがないとなると国の中に入れることは難しい。
「えっと、それじゃあ労役をしてもらいます。
こちらの魔術水晶の方に手を当ててもらってもよろしいでしょうか?」
だが、入れないというわけではない。
国、街ごとに決まりは違うが、基本的に労役を行うことでそれを解消してもらうことは多い。
通常は、薬草の採取だったり、素材集めなどで2日程度描けて行うのだが、この国の労役は少し毛色が違う。
「それに手を当てながらで大丈夫です。
えっと、担保する物がない場合ですが、この国では魔物を狩ることで代替としています」
ゼンは言われたとおりに魔術水晶に手を当てる。
本来、魔術水晶は罪歴を表示する。
その点で言えば、ゼンに罪歴がないとは言い難い。
だが、これはあくまでこの世界での罪歴を指す。
そのため、この魔術水晶に地球でのゼンの罪歴は映ることはない。
「ここら一体の魔物である、ホーンラビット、ホーンウルフ、クリスタルラビット、メイルウルフ、スピアバードのうち、一体を討伐し、証明部位を持ってくるか魔物の死骸を持ってきてください」
罪歴なし、と書き込んだ門番の男は、少し申し訳無さそうに告げる。
正直、少し重いのだ。
この魔物を狩るというのは。
武力を持たないものの場合はどうしようもなく、諦める場合もある。
ステイル国の自治を行っている『騎士団』の知り合いに言わせれば、
「この国は温厚な国と入っているが、その実いつ他国との戦争が起きてもおかしくないところに国は存在している。
だからこそ、この国は武力を持つ人間を受け入れるフシがある」
だそうだ。
門番の男は、戦争なんて起きやしないよ、と思いながらも、決まりではあるので一応話す。
ちなみに、これに関して門番が手伝うのはもちろん禁止されている。だからこそ、武力を持たない人間には、ここいらに生えている薬草を取ってくれば担保とする、何ていう暗黙のルールが存在する。
だからこそ、門番の男は無理だよ、の言葉を待っていたのだが、
「ほう。
その程度で良いのか」
「はい?」
「ホーンラビット、というのは頭に角が生えている兎であろう?」
「あ、はい」
「待っていろ。
10分で戻る」
ゼンは小屋の中の粗末な椅子から立ち上がり、颯爽と去っていった。
取り残されたのは門番の男。
もう、何がなんだか分からなかった。
「これでよいだろうか」
「あ、うん、これでいいです」
そして10分も経たないうちに、ゼンは角のついた兎……ホーンラビットの死骸を持ってきた。
ホーンラビット。
魔力に寄る影響で、動物である兎に魔力的進化特徴として、角が発言した魔物。
繁殖力に長けていて、自然がある地域では際限なく増えていくという。
繁殖力からその数は多いのだが、このモンスターを頻繁に狩りに行くものはいない。
割に合わないからである。
兎という元から素早い生き物に、魔力の強化により素早さが増している。
一匹を殺している間に他の魔物が狩れてしまうため、割りに合わない魔物、と言われている。
その魔物を10分足らずで仕留めてきたという。
「これは……拾ってきたんですか?」
「いや。
来る途中で多くの気配がしていたところを見たから、見つけるのは簡単だった」
ホーンラビットは繁殖力が高く、また生存能力も高い。
しかも、下手に弱いせいで見つけづらいのだ。
なのに、その気配を探し当てた、というのは、
「ほんと……ですか?」
「本当だ。
何だったら確認しろ。
まだ体温が残っている」
門番の男に差し出されるホーンラビット。
門番の男は、それを受け取る。
確かに体は温かく、生きている体温が感じられる。
本当なのか、と疑わしく見ていると、とあることに気づく。
「あれ? どうやって仕留めたんですか?」
「首を捻るんだ」
「首を」
「首を」
門番の男は聞き返しながらも、ホーンラビットの首を確認する。
確かに少し首元から骨が出張っている。
通常では有り得ない触り心地。
「……わかりました。
今回は良しとします。
しかし、今回特別に国内への入場を許可されるだけで、今度はしっかりとお金を以て証明書を発行してくださいよ」
「了解した」
そうして、ゼンはこの国の中に足を踏み入れた。
が、
「ゼン、という男か?」
「あぁ、そうだが」
「お前の身柄を拘束する」
「……ほう」
ゼンはステイル国内に入ってすぐ、その身柄を拘束された。