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1:最強は異世界へ行く

 何もない空間。

 上も、下も、右も左も分からない空間に、男はいた。


 その男は、人生で初めての体験をしながらも、悠然とそこに立っている。


 いや、立っているというのは正確ではない。

 この空間では肉体が存在していないため、”魂”がそうしているのだ。


覇道全はどうすべて


 その男は、語りかけられていた。


 だが男は、返事をしない。


 この言葉は明らかにこの空間内に響き渡っている。

 ……音という概念でない以上、響くという表現はおかしいが、男はその言葉を理解しているはずだ。


 そんな状況だが、この男はそれを理解した上で、言葉を無視した。


『聞こえているのですか』


 伝わる言葉。


 男は、なおも黙る。


 声の主は困っているような口ぶりだ。


 だが、その魂を見れば理解できる。


 男は別に理解できていないから、言葉が出ないから黙っているという状況ではない。


 この男は、この言葉を取るに足りないもの、としたからこそ、黙っているのだ。

 この不可解な状況でもなお、自身の価値観に従い、悠然とここにいるのだ。


『あの、聞こえているんですか?』

「喚くな」


 そして、第一声。

 男の第一声は、魂だけのはずなのに、発す事ができた。

 本来、一般人であれば、焦りや不安感を感じ、慣れない状況に理解に苦しむはずなのに、男はあろうことか言葉を発した。


『あっ、聞いていたんですか』


 姿を現さない声の主は、ホッとした声を出す。


「誰だ」

『あ、私は神の一柱、――――です』

「そうか」

『……驚かないんですね』

「驚く必要もない」


 声の主は、このやり取りに違和感を抱いた。


 はたから見れば、なんてことのない会話。

 だが、こんな普通のやり取りができていることが異常なのだ。


 そんな違和感を抱きつつも、それを予期していたかの様に神は一つ咳をして、


『えっと、今からあなたには異世界に行ってもらいたいのですが』

「……異世界転生」

『あ、はい、それです!』


 声の主は、男がこの現象の事を知っていることに喜ぶ。


 異世界転生。

 何らかの要因で死亡したキャラクターが、別の世界に転生し、ファンタジーの世界を強大な力と共に描写する物語。


 男とて、常識が著しく欠如しているというわけではない。


『それで、今回覇道さんは死亡してはいないのですが、ある目的のために異世界に行ってもらおうということで……』

「ほう……」


 男は少し考え込む仕草をする。


 厳密には肉体を持たないのでできないのだが、魂がそうしているのだ。


「目的?」

『あ、はい。

 今回は異世界に存在する魔王の影響を少しでも留めてほしい、ということです』


「魔王」

『今回行って貰う予定の異世界では、魔法が存在し、その中で神の力に手を出した存在を指して魔王、と呼んでいます』


「神の力?」

『あ、えっと、神というのはどの世界にも存在していて、通ずることはできます。

 ですが、その世界の神があまりにも近すぎたため、力を奪われ、こうなってしまいました』


 まるで用意していたかのようなセリフ。

 そのセリフを聞きながら、男は考える。


 その様子を観察して、神は思う。


 ”何を考えているのか分からない”


 本来であれば、この空間に魂を連れてこられた時点で魂の考えることは空間内で顕在するはずなのに、この男の思考は空間内に顕在しない。

 それはこの眼の前の男が死んでいるか、思考をしていないかでしか考えられない。


 例外的に、神等のこの空間を知っている人間ならば、思考を顕在化しないことをできるが、この空間に始めてきた人間にできるはずがない。


 神はその事実に戦慄しながらも、話を続ける。


『そこで、今回は異世界に行ってその魔王の影響に寄る世界の崩壊を少しでも抑えてほしいということです』

「魔王を倒す、というのが一般的ではないのか?」


 それこそが男の知っている物語であり、王道だ。


 異世界に行った主人公が、大きな力を授けられ、その力を以て魔王を倒す。


『あ、はい。

 今回に関しましては、こちらの関係で望む力を与えられないということで、他世界で元から強い存在を送り込むことで、影響だけでも押し留めて、その後に本命を贈ろうということです』


 神は全知全能だが、世界はそうは行かない。

 世界には秩序があり、ルールが存在する。


 そのルールの抜け穴と、人材不足を解消するために行っていた『異世界転生』だったが、近年その抜け穴をするための膨大な力の方のストックが尽きてきた。


 そのため、こうして元の世界で強い人間を送ることになった。


「ちょうどいい」

『ハイ?』

「力なんぞいらない。

 元の肉体があれば十分だ」

『あ、はい。

 もとから肉体に関してはそのまま転送しようと考えているので、大丈夫です」


 神は拍子抜けする。


 こんな反応は初めてだ。


 神とて転生、転移の経験がないわけがない。

 今まで幾多もの存在を世界から世界に送ってきた。


 だが、この存在は初めてのことが多すぎる。

 予想外の塊。

 そんな存在が、今なお意味不明なことを話している。


「そうだ」

『ハイ?!』


 そこで、男が声を出す。

 思考にふけっていた神は、素っ頓狂な声を出す。


「その世界の者は、強いのか?」

『えっと……』


神は悩む。

 本来、世界から世界への転移、転生は弱い存在のいる世界から強い存在のいる世界に送り込む。

 それこそ、今回だって魔法というものの存在もあるお陰で、1人の魔法使いは、地球で言う銃火器を装備した兵5人分程度の戦力がある。


 その世界の魔王なんて、地球のどんな力を結集しても勝てないと自信を持って言える。


『えっと……』

「ほお。

 そんなに強いのか」

『えっ、まだ何も行ってなっ?!』


 神はそこで声を出してしまう。

 そこで、気づく。

 ハッタリだ。

 はめられた。


 神ともあろうものが。


「ならば、連れて行け」

『……すぐ死なないでくださいね』


 今までの会話はどこへやら、男は早くしろと言わんばかりの口調である。


「無論だ。

 武とは、戦うだけでなく、生きるための術でもある」

『……それでは異世界に転移を行います』


 神は調整の様子を確認する。


 今の時間は魂と対話することによって、力の譲渡を行う他に、肉体に関しての調整を行っていた。


 言語会話の調整。

 免疫に関しての調整。

 魔力に対しての調整。

 基礎知識。

 目的のための必要知識。


 どれも生きるための最低限しかできないのが歯がゆい。

 本来なら適当な力を与えて、雑に力を与えて終わりだったものが、こんなに面倒になるとは。


 今までのつけと言われればそれまでだが、今までそうしていたのだから余計に恋しい。


『それでは』

「最後に、一つ」


 調整を確認した神が声を掛けると、質問が来る。


「余計なことはするな。

 見ていろ」


 その言葉は、神のこれまで抱いていた不安を察知していたかのようなセリフであり、説得力に溢れていた。

 まるで、本当にやってくれるような、そんな言葉。


『……それでは、転移まで、3……2……1』


 そうして、男は異世界に旅立つ。











 地球出身、覇道全はどうすべて


 地上最強として存在し、武を極めた者。


 齢40にしてその姿を地球から忽然と消す。


 曰く、銃撃戦を仕掛けようが歯が立たない。

 曰く、ミサイルを飛ばされても生き残る。

 曰く、その手で天災を起こせる。


 そう言われた伝説の男が、異世界に足を踏み入れる。

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