無表情娘の恋路を応援大作戦 10
頭部を失った敵機が態勢を整え、右手の剣で壱式獅子・都市型に切りかかった。
対するニオスは、左腕、プラズマを纏わせていない杭で剣を受け止める。
そして空いた右手で、背中の羽根から千枚通しのような形状の剣を、逆手で取り出した。あの羽根はスラスターユニットとしてだけではなく、手持ち武器を携行するための役割も兼ねている。
そしてその千枚通しを、装甲服の上からだろうとお構いなしに、敵機の右肘に突き刺した。
さて、防刃・防弾の役割を持つ装甲服だが、言ってしまえば単なる布。つまり、構造的な欠陥により、相性最悪の攻撃手段が一つ存在する。それが、『針』だ。細長い針は防げない。網の目の隙間を抜けてしまうからだ。
もっとも、単に針状の剣を装甲服の上から突き刺しただけであれば、機体本体の装甲が防いでくれる。だから対して問題になることはない。
だが、今回の場合、そうは問屋が卸さない。何故ならば、攻撃したのがニオスであり、狙った部位が肘という関節部だからだ。
―――そう言えば、ニオスさんが本気で戦うのを見るのは初めてではありませんこと?
言われてみるとその通りだな。ちょうどいい機会なので、ニオスの特性について説明しておこう。
『騎乗士の胸に抱きしめて』における五人の攻略対象のうち、雌型騎乗士に乗るのはニオスだけである。しかしながら、他の四人と比べても、その機体火力は勝るとも劣らない。
それでは、攻撃力に劣る雌型騎乗士でありながら、どうやって雄型騎乗士に乗る他の攻略対象と同等の火力が出るような調整をされたのか。
ずばり、クリティカル特化。特殊スキル『騎乗士暗殺技術』により、クリティカル最終発生率+50%、クリティカル威力+50%という馬鹿げた補正を貰っているのだ。
実は正体が判明するまでは『???』って表記でマスクされているんだけど、その状態でも効果は発動する仕様なので安心してほしい。
ついでに武器そのもののクリティカル率も全部高めに設定されている。なので普段からクリティカル発生率は補正込みで80%とかあったりだ。
ちなみに通常のクリティカルが発生した場合、与ダメージは50%アップである。なので、ニオスだけは非常に高いクリティカル率を発揮しながら、クリティカルが出たらダメージ2倍という恩恵を受けているのだ。
うんうん。調整したやつ馬鹿じゃねぇの? いや、これはしょうがないのだ。何せ一作目だったのでその匙加減が分かっていなかった。
まぁ、そんなニオスの特性にも欠点と言えば欠点があって、「1回だけ与えるダメージを3倍にする」という任意起動スキルがあるのだが、このスキルを使った時にはクリティカルが発生しないのだ。ついでにニオスはこの手の瞬間的火力ブーストスキルを覚えない。
特にボス相手には、この手のブーストスキルを使ってゴリゴリと削るのが常套手段とされていたので、『雑魚相手には無双するがボス相手にはあまり活躍できない』という特徴も生まれ、結果的にニオスは『ザ○キ神父』なんて揶揄されたくらいだ。
ともあれ、その『クリティカル特化型』というニオスの設定は、この現実世界でも遺憾なく発揮された。
千枚通し剣は肘関節の隙間を通り、内部構造を砕き貫きながら反対側から飛び出した。加えて敵機は関節の噛み合いを崩されたことで右腕が動作不良を起こし、その手から剣を取り落としてしまう。
壱式獅子・都市型は自由になった左手に千枚通しを装備し、やはり逆手で、今度は敵機右膝へと突き刺した。当然のように関節の境目を貫き、右足を歩けなくしたところで、右腕の内臓式ブレードを展開し、あっさりと敵機の左肩を切断してしまう。落下する左腕は地に落ちる前に蹴り飛ばされ、宙を舞って川へと落下した。
『……まず一機』
続けて、奥に残る敵機を見据える。銃を構えたままだった残りは、そのまま壱式獅子・都市型へと射撃を行った。
対し、ニオスは無造作に突撃した。左右に機体を振って狙いを逸らしたりもしない。馬鹿正直に直線距離で接近だ。
正解だ。雌型騎乗士が使える銃火器は、どうしても火力が低い。そして追撃の装甲は獅子型の中では確かに最も薄いが、それでも雌型騎乗士の豆鉄砲で抜かれるほどヤワではない。
ニオスは機体正面に細かい火花を散らしながらも接近を果たして跳躍。落下の勢いを活かし、千枚通しを敵機の両肩に突き刺すと同時、膝を踏み砕いて機動力を同時に奪う。脱力した手から落ちた銃器が、派手な土煙を巻き起こした。
『……終わった、っスかね?』
「そのようですわね。リア、念のため周囲の警戒と、撃破した騎乗士の拘束をお願いいたしますわ」
名前も分からない敵機は、手や足を破壊することで無力化されている。この状態で逃走することは不可能だが、生身の人間を相手に暴れる程度のことは出来る。
『了解っス~。うっわぁ~、完全に関節部をぶち抜いてるっスね……。一番やられたくない壊され方な気がするっス』
「ニオスさんの得意戦法ですわよ」
『こわ……怒らせないようにしとこっス。……ん? なんスかこれ、急に高熱源反応が』
『ヴィネリア王女、その場を離れて!!』
ニオスが大声でリアに忠告を飛ばした直後、ほぼ同時に二つの爆発が起きた。騎乗士を構成していた各部がそこいらに飛び散り、ドリルにぶつかった金属塊が耳障りな音を立てる。
忠告通り、始硬剣を下がらせたリアは無事だ。その隣に、爆発の寸前に空へと跳躍した壱式獅子・都市型が静かに着地する。
『うわわわわ! 何スか!? ウチはまだ何もしてないっスよ!』
「自爆、しましたわね」
あれはパイロット死んだだろうなぁ。残骸から情報が取れればいいんだが、こうもあっさりと自爆するような奴らだと、機体に使われている部品のシリアル番号なんかも削り取られている可能性は高そうだ。
遠目に、複数の黒い騎乗士の姿が見えた。敵の増援ではない。何故なら、王都でもよく知られた機体だからだ。王国騎士団で使用されている騎乗士、漆黒狐。市街地で騎乗士による戦闘が始まったため、緊急出動したらしい。
「あ」
「どうかしましたか、アリス?」
「いえ、そういえば、グレイ君たちをどうしましょうか。というかあの二人は一体どこにいったものやら」
「呼んだかな?」
後ろを振り返ると、グレイがいた。
外装が切り開かれ、基盤が露出したままの青いバイク。
さらにバイクに乗るグレイに抱き着いたまま、ターニャが顔をグレイの身体の横から出していた。
「貴方たち、どうしてこちらに……?」
「見覚えのある機体が戦い始めたので、これは何かあったなと思いまして、迂回して来たんです。マリア様たちもお出かけだったようですね。こちらの事情に巻き込んでしまったようで、申し訳ございません」
グレイのその言葉に、俺はアリスと始硬剣と顔を見合わせた。
これは、俺たちが尾行していたことにまだ気付いていない……?
「気にする必要はありませんわ。あのような乱暴狼藉、王家に嫁ぐ身として到底見過ごせません。むしろ遊びに出ていたのは幸運ですらありますわよ」
《感想:思ってもいないことを、よくもまぁこんなにスラスラと出てくるものですね》
さて、これからどうするか。
すると、バシン! という音が聞こえた。道路に並行する河川の方からだ。
そちらを見てみれば、二本の腕が柵を掴んでおり、
「ぴゅ~~~っ!(水を吹く音) 全く、ひどい目にあったのであ~る!!」
「ぴゅ~~~っ! どうしてボクちんたちがこんな目に遭わないといけないのであ~るか!?」
水の中から、ずぶ濡れになったカボチャ男たちが姿を現した。そして俺たちを視認し、
「やや! お、お前たちは!!」
「ここで会ったが百年目! 観念するので」
アリスが拳銃を足元に連射した。二人は面白いように奇妙なダンスを踊る。
「な、何をするのであ~る!?」
「当たったらどうするのであ~る!?」
「マリア様、こいつらがあの騎乗士を差し向けてきたんでしょうか」
「う~ん、どうなんでしょう? とりあえず、拘束しておきましょうか。グレイ様、手伝ってくださるかしら」
俺がそう言うと、グレイは非常に困惑した顔で、
「いや、あの、何がどうなっているんです? というか、何をしてらっしゃるんですか、バベッジ子爵」
「……バベッジ?」
なんか、どこかで最近その名前を聞いたような言ったような。
「ああ、マリア様たちはお会いするのは初めてでしたか。彼らはバベッジ子爵と、その御子息。つまり、」
グレイは一歩横へ移動し、自分の体に隠れていたターニャの姿を晒し、
「ターニャの、御父上と兄上です」
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怪奇、白髪カボチャパンツ男たち! 改め、発明家として国内でもそこそこ名の知れているバベッジ子爵たちから聞き取り調査した結果をまとめると、こういう内容だった。
事の発端は、レオニスとサーシャ、ヴァイトとリーファが近く婚約式を行うという噂である。
この二人が婚約式を行うのであれば、残る一組であるファッキン野郎グレイと、可愛い可愛いターニャたんも釣られて婚約式を開催しようとするのではないか。早い。早過ぎる。出来ればクソ野郎は戦争でおっちんでくれていれば良かったのに。
ターニャが早々に嫁いでしまうことを心配したバベッジ父兄は、ターニャの護衛にと買収していた生徒たち全員に小型通信機を持たせ、グレイとターニャの周囲を探らせ、さらにリアルタイムで二人の会話を聞き取ろうと画策した。
すると案の定である。早速グレイがターニャをデートに誘ったではないか。
こうしてはいられない。ターニャを狙う不届き者に、正義の鉄槌を下さねば。
しかしてさすがのバベッジ父兄と言えども、ターニャたちがいつデートに行くのかまでは、事前に把握することが出来なかった。バベッジ子爵がその決行日を知ることが出来たのは、デートの当日、すなわち今朝のことである。
しかし、そうと分かれば話は早い。バベッジ子爵は配下の者たちに命じ、ターニャたちが向かう劇場の公演チケットを一通り買い占めた。残念だが既にチケットを予約購入していたグレイや一部の者たち、そしてほとんど同じタイミングで3人分のチケットを購入していた若い男の分まではどうしようもなかったのでそれらは諦めたが、劇場でグレイに嫌がらせをする準備には十分でもあった。
そして配下を会場内に事前に配置し、嫌がらせの道具の準備で会場へと遅れて入った二人が見たものは、仲睦まじくクソガキの肩に体を預けるターニャたんの姿であった!
この辺りで大人しく二人の話を聞いていたターニャが無表情でグレイから拳銃を奪い取り、二人に向けて乱射した。幸か不幸か、銃弾は一発たりとも当たらなかった。
これについて、グレイは後ほど、
「まぁ、拳銃はあまり命中精度が高いものではありませんし、そもそも、ターニャは銃の扱いには慣れていませんからね。反動で手首を痛めたりしていないかの方が気がかりでした」
と、コメントを残している。
そして再びグレイに体を預けたターニャを見て、神の鉄槌を与えねばと決心したバベッジ父兄が嫌がらせの準備を始めたところ、いざ決行! という直前で、全く無関係なところで爆発が起きた。
急遽公演は中止。さらにその時の観客に対し、怪しいやつらがいるのではないかと、王国騎士団が荷物や身元の確認を始めてしまった。
さて、これに困ったのはバベッジ父兄である。自分たちは清廉潔白、無罪であることは確定的に明らかであるとはいえ、いたずらのために明らかにミュージカルを見るのに不要なものを多数持ち込んでいたからだ。
その上、グレイたちが顔パスでさっさと解放されてしまったので、このまま拘束されては二人を見失ってしまう。なので配下にちょっとした騒ぎを起こさせてその場から逃げ出し、ターニャたちを追いかけた。
そして二人がレストランに入るのを見つけるが、あいにくそこは完全予約制。店内に立ち入ることすら出来やしない。どこからか侵入出来やしないか。そう思い周囲を探っていると、バベッジ父兄は見てしまったのだ。ターニャが、クソガキをトイレに連れ込む瞬間を!
この辺りでターニャがやはり無表情のままグレイからナイフを奪い取り、この二人に突き刺そうとしたのだが、さすがに不味いと思ったのか、グレイが羽交い絞めで止めていた。
どうにかして妨害しなければ! そう正義感にかられた二人は女子トイレへの突撃を慣行しようとして、なんか色々と妨害を受け、気付いた時には二人は既に店から脱出していた。逃がして堪るかと焦り、用意していた妨害兵器を取り出してスイッチオン! したものの、妨害を受けた際に故障してしまったのか、自分たちの手元で大爆発。その隙にターニャたんの見事なハッキングによってバイクの電子暗号キーを解除、逃走を許してしまったのであ~る。
「そして吾輩たちも愛馬ゴールデン・サイクロン・クラッシャー・ワンダフル・ゴールデン・パニッシャー号で追いかけたところ、そこな小娘たちに邪魔されて川の中に突っ込んでしまったのであ~る。ふぇ、ふぇ……ブエックショォオオイまもの!」




