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敵は公爵令嬢にあり?・改 4

最初に書いた内容を読み返したら体調を崩しそうになるくらい面白くなくて

全部消して書き直したら免疫力が低下しそうになるくらい面白くなくて

聖剣伝説3を10時間遊んだ後に書き直したらやっと満足できるものが出来たので、困ったら家に帰ってプレイステーションをしているべき。

そういうことだった。

 第一王子、婚約者に決闘を挑まれる。


 その情報は、瞬く間に学園中に伝播した。それも1年生だけではなく、全学年へと。教師が今から介入しても撤回が不可能な速度で。


 まぁこれ、俺が仕込んでたんだけどね。

 俺の取り巻きはアリスを含め3人だけとは言え、俺の家に仕える騎士や寄子貴族の子供も学園に在籍している。そしてゴルディナー公爵家という国内でも特別デカい家にパイプがあるとなれば、自然そいつらに取り巻きがいてもおかしくはない。これは俺だけではなく、俺の取り巻き令嬢の二人も同様だ。


 だからその伝手を使い、他の学年に対して同時多発的に情報が流れるようにしておいた。


 何でかって言えば、学園からの介入を防ぐためだ。


 貴族学園は、多い時には千を越せる生徒数を誇る。今年は800人くらいだ。


 それだけの数が集団生活を行えば、当然争いごとが出てくる出てくる。それがプライド高い貴族の子ともなればなおさらだ。

 そして、稀にだが決闘騒ぎにまで発達するのは疑うまでもない。それで人死になんて事態になれば学園の責任は逃れようがなく、となると決闘が起きれば教師が介入し、状況を落ち着かせようとしてくるのは当然と言える。


 そうなると困るんだよなぁ、これが。今回の騒ぎはデカければデカいほど俺の目的に添うんだから。


 だから一気に情報を広めた。ここまで事態が進んでしまえば、今更決闘を取り消したり、決闘内容を緩和してしまうと、逆に俺の名誉に傷が付く。やった後で怖気づいた、とね。


 さらに事態はこれだけでは終わらない。今回必要なのは『騎乗士(キャバリエ)による決闘』だ。当然だがかなり広い空間が必要になるし、その戦いを見る観客は多ければ多いほど都合がいい。


 というわけで、事前に親父に仕込んでおきました。「お父様、わたくし、入学したら殿下に派手に喧嘩を吹っ掛けようと思いますの。あのお方、わたくしを一度もお茶会に誘ってくれないんですもの」、と。こちらが誘えば三回に一回くらいは来てくれるんだけどね。


 ともあれ婚約者の態度に不満アリ、と伝えておいて、事を起こしたら全部将来の夫の責任ということで、俺たちが好き勝手できるように国王に話を通しておくよう頼んでおいた。


 なので翌日、国王と親父の連名で、学園にそういう内容で令状が届いた。いや助かるけど早いなオイ。決闘を申請したの夕方だぞ。


 ともあれ、会場に騎乗士競技場を抑えることに無事成功。全生徒が観客席に座ってもまだまだ余裕がある収容量を誇る。

 決闘内容は、騎乗士を用いた一騎討ち。勝ち抜き戦方式だ。王子一派は全員が参加することとし、マリア側の人数は王子一派と同数である五人まで。


 そして王子一派が勝利した場合、ゴルディナー家令嬢について流した根も葉もない噂を()()()()()()にする。


 勝者の権利としては奇妙に聞こえるだろうが、状況が地味に面倒なのだ。


 というのも、王子の取り巻きが、王子の知らないところで、王子の婚約者の評価を下げるために工作したという『証拠』がある、というのが厄介だ。


補足(コンプリメント):対外的にはリギア・リンドヴルムは工作行動を認知していないということになりました》


 知っている場合、王子が何も瑕疵の無い公爵令嬢との婚約を解消しようとしているってことになっちゃうからね。知らないってことなら周りが勝手にやったってことで、そいつを処罰するだけで済む。『第一王子』というブランドに傷はつかない。


 ―――殿下はわたくしとの婚約を破棄したいとお考えなのですわよね? それなら何故、認知していないことにしなかったのでしょう。殿下にとって、ご自身の評判よりもわたくしの優先度が低いということでしょうか。


 今はまだ婚約破棄イベントの発生タイミングじゃないからな。


 原作では、この決闘は『主人公が平民だからと言う理由で悪役令嬢がいじめていたから、それをやめさせるため』って理由で発生するんだけど、決闘の後でもマリアは態度を改めないのよね。


 それを見て『決闘で決めた取り決めを反故にするような輩を王族に向かい入れることは出来ない』って感じで婚約破棄される。つまり、今はまだ周囲を納得させるだけの正当な理由がない。だから破棄の方向へ動けない。


 話を戻そう。王子たちが勝った場合の話だ。


 王子一派の今の状態をまとめると『王子の取り巻きが王子に婚約破棄させようと画策して、それを王子の婚約者に咎められた』というものだ。


 これを悪評自体が発生しなかったという扱いにすれば、この状態も発生していないという扱いになる。


 俺たちの視点で見れば、『悪さを見つけたけどお前らが勝ったから許してやる。その代わり悪さの証拠はお前らで消しておけよ』ということだ。


 一方で、俺たちが勝った場合。その内容は……、


 ナ・イ・ショ♪


 ―――ウザい。


 おい、やめろっ……! いくら俺に精神年齢14歳の自覚があるとは言え、実年齢が二回りも離れてると特攻効果があるんだぞ! 精神の死は肉体の死よりも重いんだぞ!?


感想(レビュー):隠したところで我々はその内容を知っているんですけどね》


 まぁ、今教えたところで内容を理解できないだろうからね。俺たちが勝たないと前提条件が満たされないってことで、紙に書いて封蠟したものを王子に渡している。俺たちが勝ったら開封して内容に従ってもらうことにした。


《感想:よく了承されましたね。内容次第では身の破滅をもたらすと想像できなかったのでしょうか》


 負けるわけがないって思ってるからなぁ。王子以外の四人はよく他の連中と模擬戦をしてるんだけど、全員が負け無し。訓練機同士でもだ。さらに決闘で使うであろうあいつらの機体は、最新軍用機を個人向けに改造までしたもの。技量差に加えて機体の差もある。だから、何を書かれてても問題ないってことさ。


   ●


 決闘当日は、雲一つない快晴だった。


 目論見通り、観客席はほぼ満席だ。生徒だけではない。王子たちが使う最新軍用機の性能を一目見ようと、騎士であろう大人の姿も多くみられる。

 わざわざ外から見に来たのではない。流石に警備上の許可が出ない。彼らは、生徒たちの世話役と護衛を兼ねて共に入寮している騎士たちだ。外から大量に招き入れるわけにはいかないが、既に入園許可を得ているので、この場での観戦も許されている。


 闘技場の中央に立つのは、攻略対象達の五人。全員が、律義にもパイロットスーツを着ていた。ニオスだけはマリウス教の祭司を示す外套を纏っていて、こんな時でも脱ぐわけにはいかないらしい。


 そこに、取り巻き令嬢二人と主人公を引き連れ近付いていく。


「オーッホッホッホッホ! 皆さま、お集りのようですわね! 尻尾を撒いて逃げてなくて一安心ですわ!」


「もちろんです、マリア様。折角の()()()、当の私たちがいなくては受け取ることが出来ません」


「僕たちを許してくれてありがとう、マリア様。この懐の広さ、流石は将来の王妃殿下だ」


 そう返すのは、悪評を流した首謀者の二人、グレイとヴァイトだ。


「気が早過ぎますわ、お二人とも。まさか着替えただけで御自分の騎乗士(キャバリエ)を用意していないなんてことはありませんわよね?」


 五人の後ろ、会場に立つのは緑の騎乗士だけだ。先鋒であろうレオニスの機体だった。


「どうでもいいけどよ、マリア様以外の()()はどうしたよ?」


 と、レオニスが聞いてくる。愛機と同じで緑のパイロットスーツを着ていた。


 レオニスがそう尋ねるのも当然だった。マリア側でパイロットスーツを着ているのは俺だけだ。他の三人は制服姿で、作業着ですらない。


()()()()()()()()()


「……は?」


 俺の答えに、三馬鹿が馬鹿面を晒した。ニオスも呆れている。お、リギアは表情を変えていないな。


「はは、成程。そういうことか。たしかに僕たちが来ても、マリア様側がいなくては決闘は成り立たない」


「ああ、そういうことですか。となると騎乗士はレオニス様の分だけでもよかったですね」


 あーこいつら、俺が一人だけ出てさっさと負けてそれで終わりだと勘違いしてやがる。


「言っておきますが、わたくし、一人だけで貴方がた全員を倒すつもりですわよ」


「はぁ? 笑えねえ冗談だなマリア様。それともオレの頭が悪くてお嬢様ジョークを理解できねえだけか?」


「淑女を睨みつけるものではありませんわよ、レオニス様。口でも騎乗士でも勝てないからと、暴力に訴えるおつもりかしら?」


「おい、やめろ、レオニス! マリア様の御厚意を棒に振る気か!」


 レオニスの拳に力が入るのを見て、ヴァイトが止めに入った。


「しかしマリア様。貴女様の騎乗士はどうされるのです? 訓練機の申請は出されていないようですが」


 その間にニオスが聞いてくる。同時、俺たちが立つ場所へと影が落ち、周囲が暗くなっていった。


「まぁ、そのようなことをお調べになられているなんて。ニオスさんはわたくしの機体に事前に細工をするおつもりだったのかしら?」


「そ、そんな訳はありません! 事前に誰が出るのか調べようとしていただけです! で、ですが、誰も今日の使用申請を出していませんでしたので……」


 ニオスの言葉で、やはり出るのはマリア一人だと皆が理解した。


「機体が無ければ不戦勝となりますよ。マリア様、まさか生身で挑むなどということは……」


 グレイがアホなことを言ってくる。不戦勝? 馬鹿言うな、ここまでやっといてンなわけねえだろ。


 ()()()()()()()()()()()()()()()


 上を指差せば、影を落とした原因。


「輸送艦!? ゴルディナー家の、金の薔薇の家紋……大食蜂鳥ファレファイコォリヴリか!」


「名前まで知っておられるとは。お詳しいですわね、レオニス様」


「いや、大問題ですよマリア様! 輸送艦と言っても軍艦を王都に侵入させては」


「問題ありませんわ。許可は得ています」


 大丈夫だよグレイ君。王様からオッケーもらってるから。と思ったけど観客席でも騒いでるな、主に騎士の人達が。あー、マイクマイク。


『マリア・フォン・ゴルディナーですわ。皆さま、ご安心くださいまし。上にあるのは我がゴルディナー家で運用している輸送艦。事前に国王陛下から、王都へ入る許可は得ております』


 放送をすれば、観客の様子は目に見えて落ち着いてきた。機体裏に描かれた家紋を見て、納得したものも多いのだろう。ゴルディナー家っていくつかある公爵家の中でも最大規模だからね。家紋を知らない貴族の方が少ないだろうし。


 そして浮いたままの輸送艦から、一機の雄型騎乗士が降りてくる。それは巨体でありながら緩やかに下降し、俺たちの後ろへと静かに降り立った。


『決闘を始める前にですが、皆様に紹介させていただきますわ。これこそが、我がゴルディナー家が開発した新型騎乗士。


 ―――『薔薇獅子(ローズ・ローヴェ)』。


 本日は、この子のお披露目のため、この場を整えさせていただきましたわ』


   ●


 この場を去っていくマリアの背中を、リギアだけが見つめていた。他の者たちは皆、突如降りてきた赤い騎乗士(キャバリエ)に注目している。


 その姿も見えなくなり、王子一派は揃って控室へと移動を開始した。


「……新型。それも『赤』とはね。マリア様もやってくれる」


「熱くなるなよ、レオニス。これもマリア様の作戦かもしれない」


「ならなおのことだ! ふざけた機体出しやがって……。滅茶苦茶にぶっ壊す!」


 怒りを滲ませるレオニスに、それを諌めるヴァイト。


 一方で意味が分かっていないのがニオスだ。困惑した顔をグレイに向ける。


「その、グレイ様。あの機体の色に何か問題があるのでしょうか。それにレオニス様のご様子は一体……?」


「ニオスは知らなくても当然ですね。この国では、騎乗士に使える色が爵位によって決まっているんです。例えば、殿下の白と金。これは王族にのみ許されます。レオニス様の緑やヴァイト様の青は侯爵家から。私のグレーは男爵家から。そして、分かりますか?」


「赤は、公爵家のみが許される?」


「はい。正しくは『その爵位より上』という条件なので、殿下も使用できますが」


「その、私の機体、黒はどうなんでしょうか」


「黒、それに黄色は身分に関係なく使用できます。訓練機を思い出してください。誰が乗るか分からないので、誰が乗っても問題ないように、それらの色が用いられています」


「そして、レオニスが腹を立てているのは家の事情だ。ガーヒリテア家は長いこと陞爵、つまり爵位を上げようとしているけど、上手く行ってないんだ」


 口を挟んできたのはヴァイトだ。この部分はレオニスにとってもデリケートな問題(コンプレックス)で、ガーヒリテア家より爵位の低い男爵家(グレイ)の口から説明すると、余計な癇癪を起こしかねなかった。


「僕たちが未だに使えない『赤』、それをこの場で見せつけてきた。お前たちじゃあこの色は使えないだろうと、挑発してきているんですよ。正直、これには僕も腹が立っている」


 深読みのし過ぎである。薔薇獅子(ローズ・ローヴェ)が赤いのは、単に原作ゲームにおけるマリア専用機が全て赤で統一されていたからで、それを踏襲したに過ぎない。


「戦う前から戦いは始まっている、ということですか。マリア様はなかなかの策士のようですね」


 たしかにマリアは今回の決闘のため、事前に準備を重ねてきていたが、これは完全に偶然である。


「しかしだ。策士策に溺れる、だよ。折角の新型、滅茶苦茶に破壊されてはお披露目も何もない。むしろ恥を晒すだけさ」


 そして控室の扉を開ければ、中には作業着に身を包む中年男性の姿があった。


「おやっさん? なぜここに?」


 珍しくも、声を上げたのはリギアだった。


 おやっさんと呼ばれたのは、リギアの騎乗士を預かる整備士の長、トイコニーだ。リギア親衛隊でも長く、それこそ親衛隊の前身である傭兵団のころから整備士を務めており、第一王子の入学に合わせ、リギア機の整備長となっていた。

 昔から世話になっていたこともあり、リギアはすっかりこの男には頭が上がらなかった。


「坊ちゃんたちの尻拭いをさせられてんだ、特等席で見させるくらいさせろい。あ、おいグレイ坊、紅茶じゃなくて酒はねえのか」


「無理を言わないでください、整備長。それに作業があるのに飲んでいいんですか?」


「んなもんねえよ。レオ坊がぶっ壊して終わりだろあんな木偶の坊」


 トイコニーが指差すのは、会場に立つ薔薇獅子(ローズ・ローヴェ)だ。


「いうほどか、おやっさん?」


「おい坊ちゃん、あのガラクタ、何メートルあるか分かるか?」


「8メートルくらい」


 即答したリギアに、不機嫌さを隠しもせずにトイコニーは答えた。


「それが分かってんならガラクタだってことも分かれぃ」


「なんだおやっさん、あの機体の欠陥でも分かんのか?」


 期待を込めて聞いてきたレオニスに、ニヤリとした笑いを向ける。


「おうともさ。騎乗士が6メートルの高さで止まってるのは、なんでだか分かるか?」


 聞いておきながら訊いてはいない。トイコニーは続けて答えを言った。


()()()()()()からさ。6メートルを超えると、関節が重さを支えきれなくなる。それを避けるにゃ関節を強固にするしかないが、となると重量はさらに重くなる。ただでさえ増えた重量が、機体の動きを遅くする。まともに動けねえ鉄屑だよありゃあ」


「しかしおやっさん、雌型みたいに軽い金属にしたらいいのでは?」


「そいつぁガキの浅知恵だぜ、坊ちゃん。そうすると今度は機体そのものの強度が足りなくなる。動けば自壊しかねんし、オマケにデカい分だけ被弾面積も増えるんだ。雄型が体当たりしただけで砕けてもおかしくはねぇぜ」


 その言葉を聞いたレオニスは笑みを深くする。その一方、リギアは強い違和感を抱いていた。あの聡明な少女が、そんな欠陥機をこの場に登場させるだろうか、と。


 もしトイコニーの言う通り、薔薇獅子が欠陥機なのだとしたら、それにはどんな意図があるのか。考えても分からないが、余計なことを言えば王子であることなど関係なく、おやっさんのゲンコツが飛んでくる。リギアはそのまま口を噤んでいた。


「だけど着眼点は悪くねえ。俺の見立てじゃああのガラクタは相当に軽い。あんな上から降りてきたにもかかわらず、()()()んじゃなく()()()からだ」


 その言葉の意味に気付いたのは、愛機の能力を知っているリギアだけだった。他の機体、王子一派の皆の機体にも搭載されていない機能、自身の欠点を補って有り余る部分。


「薔薇獅子……妙な名前だと思ったが、なるほど、雄型は動物の、そして雌型は花の名前を使う慣例がある。その二つを組み合わせた名前なのも、この事を表してるんだろうよ」


 穿ち過ぎである。というのも、これは名付けの慣例をすっかり忘れてしまっていた馬鹿二人が

「お嬢様といえば薔薇だよな!」

 ―――そうですわね!

「かっこいいから獅子って付けようぜ!」

 ―――いいですわね!

 と、ノリと勢いで名付けてしまっただけである。周囲の開発スタッフは当然、この名前が慣例に反しているのには気付いているが、諸々の事情が合わさり訂正できなかった。


「だったら狙うなら速攻だ。いいかレオ坊、逃げられる前にぶっ壊しちまえ」


「おうよ、最初からそのつもりだぜ! それに、まさか殿下に武器を取らせるわけにゃあいかねえからな!」


 意気揚々と、レオニスは会場へと向かって行った。


   ●


 試合開始5秒後、緑の騎乗士(キャバリエ)が壁へと激突し、機能を停止した。


   ●


感想(レビュー):何故か当機のライブラリから、即落ち2コマというワードが抽出されました》


 レオニス機を蹴り上げた足が、ゆっくりとした動作で元の位置に戻されていく。


「お、おいグレイ坊。お前さん、一体いつの間に俺に酒を飲ませたんだ?」


「げ、現実逃避しないでください!」


 何が起きたのか誰も理解できていない。そこに、マイクのスイッチが入れられたノイズ音が一瞬だけ鳴り、


『オーッホッホッホッホ!!! 随分と軽かったですわね! まさか壁まで飛ぶとは思いませんでしたわ! 中身は雌型のハリボテなのかしら!? ガーヒリテア家は質素倹約がお上手なようですわね!!』


 勝者の高笑いが煽りとセットで会場に響いた。


「ンなわけねえだろうが! レオ坊のやつは間違いなく雄型だ!!」


 そう喚いても、控室からでは声が届くはずもない。赤の騎乗士から未だに聞こえる高笑いを止めることなどできなかった。


「あ、当たり所が悪かったのでしょうか? レオニス様は突進していましたし、そこにカウンターが入る形になったとか」


「……()()、どう見る?」


 リギアは未だ動かないレオニスの機体を確認し、一目で状態を理解した。


「グレイの言う通りではある。見てくれ、機体中央だ。真芯に綺麗に入っている」


「……ジェネレータがある位置だな。あんだけへこんでりゃ安全装置が働く。確かに、ありゃ当たり所が悪すぎた。もう動かんな」


「レオニスは多分、気絶しているな。通信周りは別電源だし、負けて大人しくしているタマじゃない」


 舌打ち一つ、ラッキーパンチかという呟きがトイコニーから洩れた。


 パンチではなくキックだけど、とリギアは思ったが、口に出すと容赦なくゲンコツが飛んでくることは想像に難くない。余計なことは言わないでおいた。


「クソッ、しょうがねえ! グレイ坊!」


「は、はい!」


「あいつは生意気にも素手のままだ。見たところ帯剣もしていねえ。機体がでけえから手足も長えが、それでもお前の長槍の方が先に届く」


「はい。それにタワーシールドもありますし、万一潜り込まれても問題ありません。私の機体は装甲服(ドレス)を三重にしてありますから」


「皆まで言わせろぃ。ま、そんだけ分かってるなら大丈夫だ。お前に負けの目はあり得ねえ。時間をかけてでもいいから確実に潰せ」


「無論です。殿下にまで回すわけにはいきません。殿下、どうか婚約者様に武器を振るうことをお許しください」


 すっかりトイコニーが参謀役だなとリギアは思うが、無駄に殴られる必要もない。頷くことで返事とし、一言だけ言葉を送る。


「……油断はするな」


「はっ!」


   ●


 レオニスの機体が撤去された後、会場には、新たに灰色の騎乗士(キャバリエ)が入場した。左手にはタワーシールド、機体全体を覆ってなお余りある巨大な盾を持つ。右手の槍も機体の全長を超える長さ。さらに右前腕部にはバックラーと呼ばれる小型の円形盾が装備されていた。腰には予備の武器として、長剣も搭載されていた。


 要人警護に重点を置く騎士の多くが好んで使用する構成だ。


 対する薔薇獅子(ローズ・ローヴェ)は、トイコニーの言う通り無手。手以外の機体各部をグレイは確認するが、剣やナイフを保持している様子も見当たらない。


 勝ったな、とグレイは思う。直前に主に諌められていたが、これは慢心ではない。単なる事実確認だ。


 レオニスのように勢いを付けて突撃することもしない。というより出来ない。重装甲の弊害で、そのような機動性を持てないからだ。当然、強烈なカウンターを受ける危険もない。


 仮に薔薇獅子が逃げ腰になるようであれば、それこそ腰抜けだと観客席から罵声が飛ぶだろう。


 試合が始まる。


 グレイは機体をゆっくりと、機体性能からすると割と全力疾走に近いのだが、敵機へと近付けていく。


 薔薇獅子は未だに動かない。レオニス戦と同じ展開だ。前回同様、ギリギリまで引き付けてカウンターを狙う腹積もりなのだろうとグレイは推測した。


 だから距離のあるうちに盾を構え、さらには移動を止める。相手の手足が届かない位置から、右手の槍を突き出した。


 薔薇獅子が初めて動く。グレイから見て右側、槍の外へと回避する。当然と言えば当然だ。左にはタワーシールドがある。その場合、相手の攻撃は届かないが、こちらは盾ごと叩きつけてしまえばいい。その程度の判断は出来るのだな、とマリアの評価を上方修正する。


 そして今は、右側に逃げた相手への対処だ。この場合は単純で、右手を槍ごと外側へ振り払うのだ。

 突きの回避後、後ろに逃げていれば先ほどの焼き直し。その場に残っていれば槍が当たり、こちらに踏み込んでいれば腕に取り付けられた小円盾に巻き込まれる。


 振り抜いた。激突の感触はない。


 つまり後ろに引いたということだ。左手に構える盾の影に入ったのだろう。その姿は見えないが、それなら機体を後ろに下げつつ視界を確保し、その姿を再度納めればいい。


 そうして視界を再び広く持てば、赤の騎乗士の姿はどこにもない。


 代わりに、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「―――は?」


 直後に機体に小さな衝撃が走る。左手で保持していた盾が、左手に保持されたまま落下していく。その光景を認識し、状況を理解する前にカメラがブラックアウトを起こす。さらにコクピットへ強いインパクトが入る。前に倒れて行くのが分かり、後ろから殴られたのだと理解した。


 視界が見えないまま両手を操作し転倒の衝撃を和らげようとするが、エラー音がコクピットを満たす。音源は機体状況表示モニタだ。画面表示は、右腕は肘から先が、左腕は肩から先が脱落していることを表していた。そこへの操作は受け付けることが出来ないということを知らせる無情な音が鳴りやまない。


 加えて頭部も失われている。カメラが落ちたのはこのせいだ。サブカメラに切り替わるまでの僅かな時間が、瞬間的に発生した無重力状態も相まって、グレイには無限のように感じられた。


「グ……おっ、くっ!?」


 コクピットがある4メートルの高さから地面にぶつかった衝撃で、体も意識も激しくシェイクされるが、幸いにも気絶することは無かった。


 揺れが収まったところで、ようやくサブカメラが役割を果たす。だが、視界に映るのは競技場の床だけだ。


 一体何をされたのか、その一切を理解することなく、グレイ・フォン・アトライアは自身の敗北を知らせるアナウンスを聞くことしか出来なかった。


   ●


 リギアは、その一部始終をその目で見ていた。


 グレイが前に突き出した右腕を、外側に開いて槍を叩きつけようとした。


 それよりも先に、薔薇獅子(ローズ・ローヴェ)は前へと進んでいる。すれ違うような距離だ。槍は当たらなくても小円盾は当たる。


 そうリギアは考えたが、合わせるように薔薇獅子も右腕を跳ね上げ、結果として、盾が激突した様子は見られなかった。


 いなしたのかという考えが脳裏に浮かび、直後にその光景を見て考え違いであることを理解する。


 グレイ機の右腕がない。足元に向けて、鋭利な刃物で切り裂かれたような棒が落下していく。相当に短くなって分かりにくいが、長槍の柄だと即座に気付いた。


 右腕がどこに行ったのかも気になるが、それよりも今は赤の騎乗士を注視すべきだった。


 右腕を上に振り上げたままの薔薇獅子は、その勢いのまま灰の騎乗士の後ろへと回り、一瞬だけ停止した。リギアの目には、その一瞬があれば十分だ。


 薔薇獅子の右腕から、白銀の剣が生えている。


 後ろに一歩下がったグレイ機に対し、薔薇獅子はその右腕を振り下ろした。三重装甲服(ドレス)の上からでもお構いなしに左肩を切り落とした。


 どうやって剣を生やしたのかという疑問。そしてどんな切れ味だという驚愕。


 装甲服というのは防塵・防刃・防弾のために装着するものだ。それを易々と切り裂くようでは、少なくとも防刃については全くの役立たずにされてしまう。


 今度は右腕を左肩の高さまで上げ、そのまま横に振り抜いた。三重装甲服の上からでも防げないのだ。単なる頸部関節では防げるはずもなく、当然ながら首を切り飛ばされた。


 そして右腕を外に振り抜く勢いを利用し、左手で後ろから殴りつける光景を見た。


 終わったな、とリギアは思う。騎乗士は腕が無ければ戦えない。武器を扱うことが出来ない。あのまま転倒し、さらには自力では立ち上がることも難しいだろう。


 それ(負けた乳兄弟)よりも、気になるのは薔薇獅子の右腕から生えていたあの剣だ。今はもう消えていて、剣が生えたことなどおくびにも出していない。


「おやっさん、あの右腕、どういうことです?」


「どうもこうもあるか! 整備不良だよあの馬鹿ども!」


 ()()()()()()。リギアの言う右腕を、トイコニーはグレイの騎乗士の右腕が突然どこかへと吹き飛んでいったことだと勘違いした。


 これは聞くだけ無駄だな。右腕から剣が生えていたと伝えても、こんな時に耄碌したことを言うなと頭を殴られるだけだ。これでも一応は第一王子なのだが。


 だが、自分で考えてもどういうことか分からない。否、やっていることは分かる。あの両腕にある、それぞれ4つずつ存在する黒いブロック状の装甲。あれは装甲の役割に加え、おそらく武装を内蔵しているのだろう。


 問題は、それをどうやって操縦しているのかだ。


 騎乗士の操縦は、操縦者のイメージで動く。だが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 だから騎乗士は人型なのだ。


 だから騎乗士の武器は全て手で操作するしかないのだ。


 5年前から意識して放置を重ねてきた己の婚約者に対し、強く興味が湧いてきた自覚がある。彼女は次に、何を見せてくれるのだろう。

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