敵は公爵令嬢にあり?・改 2
入学式の日から、1週間が経過した。
原作ゲーム主人公、アリス・アレスは俺の目論見通り、悪役令嬢グループに取り込むことが出来た。
できたのだが……。
その結果、俺はアリスと共に、取り巻き令嬢の2人から問題が起きていると報告を受けていた。
「悪い噂が立っております。私たちがアレスさんを囲って、いじめているという内容です。もちろん事実無根ですが」
「そして王子一派はそのようなマリア様の悪行を見過ごせぬと、アレスさんを引き抜こうと画策しているという噂もありますね」
噂の中心である当のアリスは目を瞬かせて、
「な、なんなんですそれ? いったい誰がそんなことを」
「まぁ、どう考えても三b……殿下の周囲にいる方々でしょうね。画策したのはヴァイト様で、実行しているのはヴァイト様に加えてグレイ様でしょう」
「えーっと、ヴァイト様とグレイ様いうと……」
と、これはアリス。王子グループからさっさと切り離したせいか、名前を言われてもピンと来ないようだ。この1週間、あいつらとは碌に話していないので致し方無い部分はあるが。
「ヴァイト様は宰相の御子息ですわ。眼鏡に青い髪をした、策士気取りの方ですの。グレイ様は殿下の乳兄弟で、灰色の髪色の方ですわ」
「宰相閣下や殿下に取り入るためにと、多くの方々が接触を計っています」
「それとなく噂を流すには最適な状況でしょう」
俺の情報に二人が補足を入れてくれる。
「えっと、あともう一人……緑の髪の、えーっと」
「……王国騎士団長の御子息、レオニス様ですわね。あの方は直情的ですし、このような情報操作は不得手ですわ」
「じゃあ、ニオスさんはどうなんでしょう?」
「恐らくですが、この状況を殿下に気取られないように、レオニス様と共に殿下の注意を引いているかと」
「……? 殿下のご指示ということではないのですか?」
「あの方はこういうことに無頓着ですわ。十中八九、周りが勝手にやっていることでしょう。ですが正義感の強い方ですので、この状態に気付いたら、その時点で諌めるでしょうね」
―――婚約者のわたくしよりも、赤の他人のシュージさんの方が殿下やその周りの方を理解されているの、なんだか凄く複雑な気分ですわ……。
それはともかく。
「アレスさん。念のために言っておきますが、殿下にこの事を告げ口するようなことはしない方がよろしいですわよ」
「な、何であたしの考えてることが分かったんですか!?」
「お顔に出ていますもの。仮にそのようなことをしたら、今度はこう噂が立ちますわよ。『公爵令嬢が特待生を使って噂を揉み消そうと画策している』と。それに、今更殿下があの3人を止めたところで無駄ですわ。火種を消しただけでは、燃え移った火までは消えませんわよ」
「じゃ、じゃあどうすればいいんですか?」
「何も」
「「「えっ?」」」
アリスに取り巻き、合わせて3人の言葉が重なった。
「何もしない方がよろしい、ということですわ。こちらが反応しなければ、焦れて向こうから尻尾を出します」
ヴァイトは策士を気取ってるけど、策の使い方がアレなのよね。策が効いてないって勝手に勘違いして勝手に自爆して不利になってくれる。
《感想:策士策に溺れるというやつですか》
策士というか、策士気取りというか。根拠もなく相手が自分の思った通りに動くと思ってる奴だよ。
「恐らくですが、2ヶ月後に行われる学期末パーティで仕掛けてくるでしょう。辛いでしょうが、皆さんにはそれまで耐え忍んで欲しいですわ」
「はい!」「「分かりました」」
3人とも良い返事だ。だがしかし。
「加えてアレスさんは勉学にも努めていただきますわ」
「……はい」
見事に1人だけ落ち込んだ。というのも、マリアを含めた貴族令嬢の3人は、入学するよりも前に家庭教師を雇って学園で習う内容は修了しているのだ。
「落ち込むことは無いですわ、アレスさん」
「読み書きと算術が出来るのですから、十分な下地は既に整っています」
ちなみに、学園に通う生徒は、3つのパターンに分けられる。
入学前に一通り学び終わっており、復習の傍ら、他の貴族との交流を主目的とするパターン。俺たち3人はここ。
同じく入学前に一通り学び終わっており、自主学習や協同学習で、知りたいことを更に深く掘り下げ、研究していくパターン。
そして、家庭教師を雇う余裕がなかったり、三男以降なので十分な教育を施す必要がないと家に判断されたり、あるいは親が騎士になって突然貴族になった等、全く事前学習が行われていないパターンだ。余りに酷い場合、文字すら読めない者もいる。ついでに騎士候補特待生、つまりアリスもこのパターンに当てはまる。
ちなみに一代貴族の家族と騎士候補特待生の場合、学費は無償の上、成績優秀だと報奨金が貰える。
「わたくしは事前に学び終わっておりますし、お手伝いさせていただきますわ」
「あっ、お一人だけずるいですマリア様!」
「私たちも協力します! なんでも聞いてくださいね、アレスさん!」
「あ、ありがとうございます……! 報奨金が貰えたら、是非ともお礼をさせてください!」
「いえ、それはいいですわ」「アレスさんの努力で貰えるものなのですから、是非ともご自分のためにお使いなさって」
「なんでぇー!?」
取り巻き令嬢、まさかの即拒否である。アリスも涙目になっていた。
「落ち着きなさい、アレスさん。お二人は別に『ハッ、平民の金で買ったものなんか貴族様が貰えるかよ!』という意味で拒否したわけではありませんわ」
「……ゴルディナー様、その小芝居、なんだか物凄く手慣れていません?」
アリスが半目で見てくる。いいねー! その顔いいよいいよー! 別パターンもいってみようか!
―――話を進めてくださる?
……はい。
「コホン! 騎士と言うのは、突然お金が必要になる場合があるんですの。いつその時が来てもいいように、無駄遣いせずに蓄えておけ、ということですわ」
「スルーされたんであたしも流しますけど、その突然お金が必要になる時って、どういう時なんです?」
「戦争ですわ」
《失礼:戦争が起きるのですか?》
起きるよ。2年の2学期にある修学旅行の途中で、俺たちの乗る旅客船が隣国のグリプス王国に襲撃される事件が起きる。
その時は主人公たちが撃退したこともあって軍事挑発止まりで即戦争とはならないんだけど、それから段々と時世が悪くなっていって、3年の頃には正式に戦争に突入だ。
そして王子たちも戦争に参加することになり、攻略対象が心配だった主人公も無理を言って付いていく。そして主人公たちは敵軍を撃退し、さらに黒幕までもを倒して、その功績で主人公は騎士として認められて、国を挙げて攻略対象との結婚式を上げてエンディングが流れる、というのが、『騎乗士の胸で抱きしめて』の大まかな内容だ。
「基本的に騎士を雇っている側から装備は配給されますが、その装備に不安があったり、あるいは使い慣れた武器がない場合などは、自分で購入する必要がありますわ」
「それって、お高いですよね……?」
「それはもちろん。騎乗士用の装備になりますから、それなりのお値段になりますわ。アレスさんは騎士候補特待生として入学しているのですから、無事卒業すれば、当然騎士として用立てられますわよ」
「戦争って、近いうちに起きたりしないですよね?」
当然だが「今から2年後に起きるし君も参加して最前線で切った張ったの大立ち回りをするよ」なんて言えるわけがない。
「……隣国のグリプスは少しきな臭いですわ。近年、食料生産量が少しずつ減ってきているようですから。飢饉でも起きればいつ勃発しても、それこそ、在学中に開戦してもおかしくはありませんわよ」
「……分かりました。皆さんにはお礼も出来ず心苦しいですが、言う通りにさせてもらいます」
「さて、騎乗士の話題も出たことですし、そろそろわたくしたちも着替えて行きましょう」
「行くって、どこにですか?」
「それはもちろん、騎乗士の実施訓練ですわ!」
●
新学期開始から1週間。
今日は新入生の実機による騎乗士の訓練が解禁される日だ。
あ、そう言えば説明していなかった気がする。騎乗士というのは人の姿を模した兵器だ。だが、人型以外の形状、例えるならモ〇ルアーマーみたいなのは、この時点では存在しない。
それに、手持ち武器以外の武装もない。内蔵バルカンとか、固定武器のキャノン砲みたいなのはまだ生まれていない。
その辺は主人公のアイディア、作中では『奇抜な発想』とか『天才的な閃き』と攻略対象たちに評される考えを元に、攻略対象の金で開発研究を行い、発展していくことになる。
《質問:これまでそれらが発展していなかったのが不思議なのですが》
そりゃ主人公を評価させるためっていう、まぁ、シナリオ的にまだ開発されていない方が都合がよかったんで……。
《感想:この世界が創造されている以上、何らかの辻褄合わせが行われていると想定されます》
あ、マジで? 気にしたことなかったわ。
解説のマリアさーん!
―――いえ、わたくしも騎乗士の技術や歴史については全然知りませんわよ。むしろ技術的な点では、半年も騎乗士を開発していた貴方の方が詳しいのではなくて?
むむむ。
―――むむむではありませんわ。
《提案:今後の課題として要注意》
そうだな。機会があれば調べておくとしよう。
閑話休題。訓練場の様子に戻る。
訓練は事前申請制で、総生徒数に比べると、この場にいる生徒の数はかなり少なかった。
申請には、訓練する生徒の他、訓練の全責任を負い、整備費用を始めとする諸経費を請け負う指導者、そして訓練機の整備を行う生徒を揃えねばならない。
訓練者と整備士だけなら兎も角、自腹を切らねばならない指導者まで確保できた生徒は少ないのだろう。準備された訓練機の数は、全部で5機だけだった。
コブ付き鼠が3機と、コブ付き水仙が2機だ。
全て、黄色と黒の2色で塗装されている。
さらには、訓練機群から離れた場所。
白、灰色、青、緑、そして黒と、新品の装甲に陽の光を反射させる機体が直立していた。
「殿下たちも参加してきましたか」
「初日ですし、こればかりは仕方ありませんわ。殿下方は御自分の機体を持ち込んでおりますし」
「訓練機の使用申請は無しで参加できますから、彼らがいない時を見計らうというのは難しいでしょう」
後出しじゃんけんだ。攻略対象たちはいつでも突発的に訓練に参加できる。
原作ゲームにおいても、騎乗士訓練中には友好度とか無関係でランダムに突発イベントが発生していたしな。こればかりは仕方がない。
そして俺の隣、お揃いのパイロットスーツに着替えたアリスは訓練機の並ぶ光景を見て「おぉー!」と感嘆の声を上げていたが、途中で「おぉ?」と声色が変化していった。
ちなみにこのパイロットスーツ、この時のために俺の方で用意しておいたものだ。ついアリスのスリーサイズ情報が手に入ってしまったが、これは事故。事故です。やましいことは一切ございません。
「どうかなさいまして?」
「あ、はい。騎乗士って遠くから見たことがあるんですけど、その時はあっちの、四角が多くて太いやつみたいなのばかりだったんですね。こっちの、ちょっと背が低くて丸くて細いのは全然見たことがなくて。どう違うんでしょう?」
いい質問だアリス君! 乙ポイントを20000000点あげよう!
《感想:依怙贔屓が露骨》
「騎乗士には大別して、雄型と雌型、2つの系統が存在しますわ」
四角が多くて太い機体を指差す。
「あれは雄型騎乗士、鼠型の訓練用改修機、コブ付き鼠ですわ。
雄型は、主に戦闘で使用される騎乗士になります。そのため出力が高く、頑丈に作られていますわ。
おおむね6メートル前後の高さですわね」
背が低くて丸くて細い機体を指差す。
「そしてあちらが雌型騎乗士、水仙型訓練改修機、コブ付き水仙。今回わたくしたちが使用する騎乗士ですわ。
雌型は主に戦闘以外。小回りが利くので、索敵や他の騎乗士の整備補助に用いられますの。高さも5メートル程ですし、細身なのもあって、雄型よりも一回り以上小さく見えますわね。
代わりに製造費用は雄型よりも安いので、式典用として作られることも多いですわ。
戦闘は出来なくはありませんが、高威力の射撃武器などは、使うと反動で自分が吹き飛びますわ」
「……今、なにか変なこと言いませんでした?」
「反動で自分が吹き飛びますわ。機体が軽すぎて身体ごと、あるいは強度が足りずに腕ごとといった感じで。そもそもですが、基本的に戦闘は雄型が行いますからね」
「もしかして、水仙だけの特徴とかじゃなく」
「お察しの通り、雌型騎乗士全般の特徴ですわ」
「どうして解決しようとしないんです? 出来ない理由があるとか?」
「知人の工場長の話ですと、効率の突き詰めすぎということらしいですわ。つまり、雌型の性能を改善するくらいなら、最初から雄型を使えばいい」
「そして雌型を強化するくらいなら、雄型を強化した方がいい?」
「その通りですわ」
「分かりました。気になったんですけど、どちらの機体もコブ付きって名前が付いてますよね。何か理由があるんですか?」
「よい質問ですわ! 騎乗士は本来一人乗りなのですが、訓練用改修機は、補助者が同乗出来るように、複座型になっておりますの。ここまで言えば、もうお分かりになるかしら?」
「あ、『他人の世話を見る』とか、そういう意味ですか! コブ付き結婚とか言いますもんね!」
予想より低俗な返答が帰って来て、思わずのけぞってしまった。
「いえ、アレスさん……。複座の分、コクピット周辺の構造が伸びるんです」
「その伸びた部分が背中に出ていて、それがコブのように見えることから、コブ付きと呼ばれています」
「ええ、お二人の言う通りですわ……。アレスさんの意見の側面がないとは言い切れないでしょうが」
「そ、そうだったんですね……。なんだかごめんなさい」
「いえ、新鮮な角度からの視点でしたわ……。他に何か、お聞きしたいことは?」
「雄型と雌型って呼ばれてますけど、雄型には男性だけ、雌型には女性だけしか乗れないみたいなのがあるんですか?」
「いいえ、そんなことはありませんわ。ですが機体が撃墜された場合、当然ですが生身で戦うことになります。その場合まで考慮すると、やはり戦闘を行う雄型に乗るのは男性が多くなりますわね。その他に、整備士は雌型を用いますので、例えば髭面のオジサマが雌型を使いこなしたりもしていますわよ」
「なるほどです! あと、あっちに見える、白とか青とかの機体なんですけど」
「殿下たちの専用機ですわね。それがどうかしまして?」
「訓練機と違って、服みたいな布を着ているのはなんなんです?」
「装甲服と呼ばれるものですわ。防弾効果がある他、関節へ砂などが入るのを防ぐ役目がありますの」
「訓練機には着せないんです?」
「着せると乗り降りが難しくなるのと、整備の機会を増やすためなどで、訓練機は装甲服を着用しない服無しと呼ばれる状態が普通ですわね。整備も訓練の一環で、自分たちで行いますのよ」
後ろに振り返れば、そこにいるのは作業用のツナギに着替えた取り巻き令嬢の2人だ。
うんうん、お嬢様に作業着。全然似合わないな。
入学直前の半年の間、俺も工場で作業着を着ていた時にはスタッフに笑われたのを思い出したが、これは笑ってしまうのも分かるな。
「クリスタリア様とネルランド様は、操縦しないんですか?」
「出来なくはありませんわ。私もカタリナさんも」
「ですが、アレスさんは騎士候補特待生。となると騎乗士の操縦訓練はアレスさんが優先的に行うべきです」
「ですので、私たちはアレスさんの補助に回らせていただきますわ」
「訓練機にはマリア様が同乗なされますから、ご安心下さいませ」
味方に対しては駄々甘なんだよな、この2人。その分怒りを買うと容赦がないせいで、マリアが悪役令嬢に仕立て上げられてしまうんだが。
ついでに取り巻き令嬢ズが操縦しないため、原作で発生した戦闘イベントが1回消滅することになった。
原作ゲームの第一話『敵は公爵令嬢にあり?』における戦闘フェーズは2回発生する。
1回目は、この初訓練がステージだ。
本来ならば、攻略対象の中から指導者を1人選び、この時に選んだキャラの好感度が上昇するのだ。
だけど今回は俺でーす! 俺だよ俺俺、俺~! ウェーイ! 俺の好感度が急・上・昇~~~!!
―――おい。
はい。
そして男と女で密室に二人きり。何も起こらないはずがなく……。
各キャラでイベントスチルが回収できま~す!
内訳としては、レオニスは積極的に身体を触るのを狙っていたら、やりすぎてビンタを食らうシーン。
ヴァイトとグレイは、手をつかんで引っ張り上げたり、バランスを崩した身体を支えるシーン。
一方でリギア、ニオスは可能な限り体に触れるのを避けようと立ち回るのだが、主人公の操縦に翻弄されてラッキースケベを起こしてしまうシーンだ。
イベントスチルを回収したら、戦闘フェーズのステージスタート。
選んだ攻略対象が機体から降りた後も主人公は1人で訓練を続けるのだが、そこに取り巻き令嬢が乗った訓練機が2機出現。「一人じゃ訓練にならないでしょう」「私たちがお手伝いしますわ」と言って主人公機と戦闘が始まる。
そして2ターン目味方フェーズ開始時、主人公を助けるために、さっき選択した攻略対象が専用機で出現する。
さらに3ターン目味方フェーズ開始時に、取り巻き令嬢を止めるために悪役令嬢も出現する。しかしこれを取り巻き令嬢を助けるためだと勘違いされ、残りの攻略対象4人が味方増援として出現。同時に取り巻き令嬢の乗る2機はイベントの攻撃で撃墜される。
そして哀れにも、悪役令嬢は6人から蛸殴りにされてしまうのだった……。
しかも機体の装甲ステータスは低いわりに悪役令嬢の防御ステータスが滅茶苦茶高いんで、6人がそれぞれ2回ずつ攻撃しないと倒せないくらい耐久高いんだよな。
《質問:そのイベントが無くなることで、今後に支障はきたさないのでしょうか》
大丈夫だ、問題ない。
ここで重要なのは、主人公に操作方法を教えたという一点のみだからだ。
そもそもだ。主人公は騎乗士の操縦にかけて、天才的な才能を持っている。
ゲーム的に言えば、訓練をしている攻略対象達と初期値がほぼ同じな上、成長曲線も途中までは早熟で、伸びが悪くなるころには平均に切り替わる特殊成長型。
レベルキャップである99になる頃には、防御以外の全ステータスが攻略対象全員と比べて3割程度高くなる。
全体で見ると防御だけ数値が低いが、主人公機は回避に優れた雌型だ。主人公のレベル上げをしない、主人公機の強化をしないといった縛りプレイでもしない限り、ラスボスの攻撃ですら命中率は2割を切る。雑魚相手なら常時0%なんて当たり前。当たらなければどうということはない。
ついでにシナリオが進むと主人公のアイディアで雌型の強度不足問題も解決し、強力な射撃武器もバンバン使えるようになる。
だから基本的な操縦方法さえ分かってるのなら、誰が教えても問題ないんだよね。
という訳で、ハッチから下りてきた電車の吊り革みたいなのに手と足を乗せて乗り込んだ。
「シートベルトを締めるのは、絶対に忘れてはなりませんわよ。身体が放り出されると、自分の身体でミンチを作ることになりますわ」
アリスはその状況を想像してしまったのか、少し顔を青ざめていた。
「コクピットハッチの開閉はこのボタン。こちらのテンキーは通信の回線入力。エネルギー残量。機体状況の報告画面。レーダー画面」
順に指差し伝えていく。そして、他に教えることはたったの一つ。一番重要な一つだけだ。
後ろのサブシートに座り、ベルトを締めた。メインコクピットに操縦権限を委任。
「ハッチを閉じなさって」
アリスの操作で、プシュ、という小さな気圧調整音が聞こえ、コクピット内が暗くなるのも一瞬。前面に、頭部カメラの映す光景が表示された。
「うわぁ……! え、これ、もう動かせるんです? ど、どうやって!?」
「資質調査の時のことは覚えていらして?」
「あ、はい。何か棒を握らされて、その状態で歩くイメージをしなさいって言われました!」
「それと同じですわ。椅子の左右に棒状のものが取り付けられているでしょう? それを握って」
「握りました!」
「わたくしがいいと言うまで、ゆっくりと歩くのをイメージなさって」
「わっ! 景色が動いた!?」
「動いているのは景色ではなく、この機体ですわよ。いいですわ。止めなさって」
「はい、とめまあぁあああああ~~~!?」
イメージが途切れたせいで慣性だけが残り、訓練機が倒れ込みそうになる。こうなることは予想していたので、メインコクピットの操縦権限委任を解除。俺の方で操縦し、無事に立て直した。
「基本はこれだけですわ。機体に行わせたい動作をイメージする。それだけで動きますの」
「そ、そんな簡単なことでいいんですか?」
「簡単といいますが、出来ない方はかなり多いですわよ。あなた、御自分でどうやって身体を動かしているのか、方法を人に説明できて?」
「えっと、こう、グワーッって」
「出来ていませんわよ。ですが、貴女は『体の動かし方をイメージする』という点では天才的な才能がありますわ。初操縦で思った通りに動かせるなんてこと、普通ではありえませんわよ」
「何が凄いのか、自分では分からないんですけど……」
「それは後で、あのお二人が詳しくお話してくれるでしょう。今は、残りの細かな注意点を実施を交えてお教えする時間ですわ。まずは先ほど、倒れそうになった理由についてからですわね」
「あの、お手柔らかに」
「すぐに笑ってはしゃげる身体にして差し上げますわよー! オーッホッホッホー!!!」
「お手柔らかにお願いしますー!」