新たなる、赤・改 4
スットライ~~~クッ!
《感想:デッドボールの間違いでは?》
―――いや、何の話をしておりますの、貴方たち?
《質問:この世界にベースボールは存在しないのですか?》
まだ存在しないね。それっぽいものは存在するけど。野球という形にまでは整っていないかな。
―――今は戦闘中ですわよぉー!?
分かってる分かってる。
《報告:地上、ヘカトンケイル死火山に作られた巨大カルデラ湖となっております。敵機撃墜時の地上被害に考慮する必要はありません。ご随意に腕をお振るいください》
よっしゃ、2発目再充填いきま~す!
俺は薔薇獅子に持たせた、巨大な筒を再度構える。薔薇獅子の全長よりも長い、赤と黒で構成された武器だ。
全体の半分が円錐形になっており、残りは円柱、つまり持ち手となっていた。要は見た目だけは突撃槍だ。
突撃槍の穂先は3段階に分かれており、根元である最も太い部位が回転を始める。
続いて中央が、そして先端も回り出す。先端より根本に近いリングの方が高速で回っており、先端の回り具合は根本の半分程度だ。
そして、根本の回転が、既定値にまで到達する。
《報告:目標・照準完了》
―――撃てぇーーー!!!
引き金を引けば、キィンッ! という澄んだ音と共に、円錐形の頂点から弾丸が放たれた。
プラズマ・レールガン内蔵型遠近両用兵装、名付けて『お嬢様の嗜み』。
不知恐怖に搭載したプラズマ・パイルと同様に、プラズマを武装転用した試作兵器だ。
これまでに存在する全ての銃火器は、火薬を用いて運動エネルギーを与えるものばかりだ。レールガン、つまり電磁気を用いた射撃兵装と言うのは、これが初めてとなる。
弾は狙い通り、敵騎乗士に直撃した。2機目も爆散。
騎乗士が持つ火器としては、恐らく過去最長の射程距離を持つだろう。
ちなみに、お嬢様の嗜みは薔薇獅子からエネルギー供給を受けているわけではない。そもそも、薔薇獅子側に送給機能がない。
槍の中に、雌型ジェネレーターが1基、直に組み込まれているのだ。レールガンに必要な電力は、全てこのジェネレーターで賄っている。
ついでに言うと、実はこれ、唯一の薔薇獅子でも使用できる手持ち兵装だったりする。他の武器は小さすぎて、というか薔薇獅子がデカすぎて、マニピュレーターの規格が全然合わないのだ。無理に持とうとすると回転式武装腕部機構のコンテナと接触してしまうので、既存の銃火器はどれも使えなかった。
そして、強力な兵器だが欠点もある。連射性の低さだ。1発撃つことに電磁力の再充填が必要なので、どうやっても連射は出来ない。
それでもとにかく撃つ。撃つ。撃つ。撃つ。
最初の分と合わせて、合計6発を発射し、全弾命中。狙われていると分かっている相手に、こうも命中率が高いのにはカラクリがある。それは、
『リギア様、相手の方、前に進むことしか出来ないようですわね』
ジェットエンジン。
これが、グリプスの騎乗士が空を飛べる仕組みだ。俺たちだとまだ試作機段階の技術なのに。
奴らは飛行石による浮力を主体とせず、前進により翼で揚力を獲得することで飛んでいる。飛行石も使用されているが、これは飛ぶためではなく、機体重量の軽減に用いるためだ。
なんで分かるかって? そりゃもちろん、戦う前から知っているからさ。
《感想:まるでマグロですね。止まると落ちる》
そういうことだ。急激なターンも出来ないし、移動コースを変えるには緩やかに旋回するしか手がない。
そしてそんなノロマな回避行動では、レールガンの弾速から逃げられるはずがない。
それに、相手はまだ射程外。有効射程に入るためには近寄らねばならず、それが余計に、お嬢様の嗜みの命中精度を向上させることに一役買っていた。
出来ればこいつを敵艦のブリッジに叩き込んでやりたいが……。
《反論:5隻相手では不可能です。1隻を沈める間に残りに距離を詰められ、対空砲で足を止められて、主砲で狙い撃ちにされます。戦艦の主砲が直撃すれば、薔薇獅子と言えど確実に爆散します》
そういうことだ。残念ながら、薔薇獅子や不知恐怖では戦艦の相手は出来ない。
原作ゲームにおいても、騎乗士だけで戦艦の相手をするには、とにかく数が必要、という設定だ。犠牲を承知で、囮を撃たせてる間に主砲やブリッジを破壊するしかない。
ゲームでは、撃墜されても死にはしない。だが、ここはゲーム世界が元となったとはいえ現実である。そもそも俺とリギアの2人しかいないし、そんな手は使えない。
まぁゲーム的には戦艦の攻撃なんて全部避けて撃沈出来るんだが。しかも、ゲーム主人公は騎乗士でも戦艦をぶっ壊せる兵器を設定上でも作ってしまう。
でもあれ、シナリオが進んでジェットエンジンが作られないと、開発フローチャートが解禁されないんだよな。その技術の発展形なので。
『そのようだな。想定よりはるかに弱い』
6発目の発射と同時、敵軍に単騎で突貫していたリギアから通信が帰って来た。
膝蹴りに、両手を広げてラリアット。
思わず五七五を詠ってしまったが、
《感想:字余りです。それに季語が入っていません》
しょうがねーだろ無意識なんだから。
ともかく、不知恐怖は敵機を同時に3機撃墜し、オマケにそのまま敵陣の中に居座り、各個撃破を開始し始める。
《感想:上手い手ですね。味方機を巻き込む可能性が高いので、戦艦からの援護射撃は行えません。騎乗士の射撃も、機体のサイズ差で味方が後ろにいるか判別できない》
そうなると、相手に出来ることは近接戦闘だけだ。だが、
『よっこいしょっと』
リギアを相手に、それは最大の悪手だ。手の届く位置で、あいつに勝てる騎士はいない。軽い掛け声と共に同時に仕掛けた三機が、やはり同時に破壊されていった。
『これで半分。思っていたより楽勝ですわね』
『油断するな、1機でも通したら終わりだぞ!』
敵機のエリア侵入が敗北条件のステージって面倒くさいんだよね。機体を近付けても、それを無視して移動を優先する連中が出てくるから。
というわけで、
『レディを』
こっちを無視して先に進もうとした敵の頭に、槍の穂先を叩きつけた。
『無視するものではなくってよ!』
あ、死んでないなこれ。胸部がもげ、露出したコクピットブロックへ腕の二連装サブマシンガンで追い打ちする。
『オーッホッホッホッホ!!!』
爆散、南無三ってなぁ!
―――5時方向、下30度ですわ。
あいよ。
槍をぐるりと回し、マリアの警告通りの位置に穂先を叩き込む。
『下から覗き込もうだなんて、いやらしい方ですわね』
そこにいたのは、剣を構えて突撃して来ていた騎乗士だ。その刃は薔薇獅子の元まで届かず、ダメージの余波で取り落とし、地上へと落下していく。
が、肝心の機体への攻撃は胴体に直撃したものの、装甲服に阻まれ、コクピットを潰すまでに至らない。なので、
『お嬢様の嗜みと言えばぁ!』
―――ドォリルですわよぉ!!
穂先が、高速で回転を始める。
プラズマを纏った回転掘削機が、装甲服を燃やし、コクピットハッチを砕き、断末魔を戦場に響かせた。
槍を振り回して敵機を飛ばせば、別の機体と激突。さらに破壊された騎乗士のジェネレーターが爆発を起こし、ぶつけた機体を巻き込んで、揃って地上へと落下していった。
一石☆二鳥。
『次のお相手はぁ!』
―――どなたですの!?
『オーッホッホッホッホ! オーッホッホッホッホ!!』
―――オーッホッホッホッホ! オーッホッホッホッホ!!
《確信:実はお二人、滅茶苦茶仲が良いのでは?》
あ、さっきのシーン、とどめカットインに採用オナシャス。
《感想:だから無理だって》
●
勝ったな。
ああ。
《感想:一人芝居は寂しくありませんか?》
だってお前らじゃこのネタ拾えねーし。
こちらに近付いてきた騎乗士は全機撃墜した。残っているのは5隻の戦艦と、その直掩についている5機の雑魚敵だけだ。
原作ゲームでは、このステージはこれで終了する。というか戦艦はステージに出現しないので、会話で撤退したと説明される。
そして敵艦の撤退後、敵機の残骸や撤退方角から、この襲撃はグリプス王国によるものだろうと攻略対象達が推測するのだ。
後日、リントヴルム王国がグリプス王国へと抗議を行うのだが、「我が軍によるものではない」「リントヴルムによる狂言」などと言われて知らぬ存ぜぬで通されてしまう。
まぁ、ここで肯定されてしまうとこのまま戦争突入待ったなしなので、ここでは否定してくれた方が有り難くはあるんだが。
ゲーム通りに撤退してくれれば御の字だ。作業を急がせたガンさんには悪いがね。
《報告:敵機の出撃を確認。数は1。該当データ無し。新型です》
はぁ~い戦闘継続ゥ~~~!
クッソ、次はどいつだ、よ……?
いやいやいやいや、嘘だろオイ。何でこのタイミングであいつが出てくるんだよ。
『マリア! あの機体は……!』
『ええ、わたくしも存じておりますわ』
その機体は、他の雑魚機とは明らかに違う、洗練された航空軌道でこちらへと近付いて来る。飛行石の完全操作、加えてジェットエンジンによる加速能力の獲得。
それ以上に決定的と言えるもの。即ち、機体色。
飛行石だけで空を飛べるパイロット、というだけでその数は絞られてしまう上に、パーソナルカラーまで含めてしまえば特定は容易。
グリプスもリントヴルム同様、爵位によって使える色が決まっている。誰でも使える青と黒、罪人を表す白。そして、
『空舞う赤。グリプスの、王族専用機!』
グリプス王国にとって、赤は、王族にのみ許される色だ。
そして原作ゲームにおいて、マリア・フォン・ゴルディナーを除き、赤い騎乗士を駆るのは一人しかいない。
それは、戦争が始まり、マリアが敵に寝返り、攻略対象達に討たれた後から出てくる、後半ライバル機。
マリアに代わる、新たなる、赤。
グリプス王国のエースパイロット、フラウ・グリプス第三王女!
出てくるのが余りに早過ぎる! こいつと戦うのは、本来なら3年になってからだぞ!
フラウの機体、薔薇燕に遅れて、直掩に回っていた5機もこちらへと向かってきた。戦艦はまだ動かない。王女に任せるつもりだろう。
『後ろの雑魚、先に墜としますわ!』
お嬢様の嗜みのプラズマ・レールガンを再充填、狙いを付け、
『避けろ、マリア!』
引き金を引く瞬間、薔薇燕の剣撃で穂先を叩かれ、狙いをずらされた。
『やらせないわよ!』
『ちいぃ!』
この距離を、もう詰めたのか!?
《報告:薔薇燕だけ先行していたためです。狙撃の妨害が可能な距離まで接近後、直掩機の移動を開始させた模様》
こっちのやることはお見通しってかぁ!
続けて切りかかってくる。左腕からブレードを展開し受け止めた。
『気の早いお方ですこと! ダンスの前にはそれなりの挨拶をするのが貴族の礼儀ではなくって!?』
剣を弾きあい、距離が離れ、
『戦場で貴族もクソもないわよ!』
サブマシンガンで狙うも当たらない。
『クソだなんて言葉、下品ですわよ! お排泄物と言いなさいな!』
槍を突き出すが、これも潜り抜けられる。
『まどろっこしいことをしてられっかぁー!』
薔薇獅子に装甲服の上から一撃入れられた。
フラウの相手をしている間に、後ろの5機が合流してくる。旅客機へと向かう様子はない。そのまま、俺たちの相手をするようだ。
俺たちが攻撃すれば、狙いとは別の機体が妨害、あるいは盾を構えて射線を遮る。思うようにダメージを与えられない。
そして敵は攻撃の際に複数機で連携して、同時攻撃や時間差攻撃を仕掛けてくる。
ああ、クソッ! この動き、こいつら、エリート兵だ!
ゲーム終盤になって出てくる、これまでプレイヤー側の特典とも言えた『かばう』や『追い打ち』、『同時攻撃』といった特殊技能を持つ、名前も出てこない雑魚敵たち。それがエリート兵だ。
ス〇ロボでも終盤に出てくるだろ、援護攻撃と援護防御持ちの雑魚が大量に固まって。それの『騎乗士の胸で抱きしめて』版だと思えばいい。
雑魚と言うが侮るなかれ。主人公たちには劣るが、プレイヤービルドのマイキャラクターと比べると、ステータスが完全に上回っている。
それでも1対1なら、あるいは1体多でも、薔薇獅子の敵ではない。敵の攻撃力では俺たちに有効打を与えられないからだ。
だが、厄介極まりないのが燕の存在だ。他が飛ぶため、機体軽量化のために雌型であるのと異なり、燕だけは雄型騎乗士だ。こちらを破壊するには十分な攻撃性能を持っている。
せめて雑魚さえいなければと思うが、その雑魚にも、リギアの不知恐怖も有効打を与えられていない。『掴み』という攻撃は、剣、拳、あるいは蹴りとは違い、自機の移動が一瞬止まるという欠点がある。
薔薇燕相手に、その一瞬は命取りだ。
リギアもそれは理解している。殴り抜けるか射撃だけで立ち回り、足を止めないように動き回っていた。
そして、俺が雑魚の波状攻撃を避けている間に移動したのだろう。その厄介な薔薇燕が、上空から太陽を背に突っ込んでくる!
《警告:直撃コース!》
凌いでみせろや!
左腕を盾に。フラウは真下へと切り抜けていく。左腕、フレーム部分は無事だが、
《報告:左コンテナ、1、2、3が破損。使用不可能と断定。破損により回転機構に不具合発生》
左腕に残ったのは、二連装サブマシンガンが1つだけ。燕の装甲を抜くには、こいつでは到底役不足だ。
『よく防いだ。だが、次で貰う』
……!
今の動き。
フラウの宣言。
敵背後に備えている戦艦。
旅客機。
大食蜂鳥。
そして、その中にいるゲーム主人公。
断片的な情報が、一つの目的のために収束していく。このジリ貧、そして少しずつ不利になっていく現状を逆転できる故郷へ帰る一打。
―――正気ですの!?
《質問:勝算はあるのですか?》
俺を、誰だと思ってやがる!
再び雑魚共が連携射撃をしてくる。先ほど、薔薇燕が仕掛けてくる直前と同じパターンだ。
それらを回避し、反撃し、防御し、
薔薇燕の姿がない。
上から。
もう一度。
太陽を背に。
『燕―――』
二度目は、避けた。
だが、フラウの一撃は止まらない。浮力制御反転。背部バーニア位置修正。
一撃目と同じ切り抜けではない。そこからの
『返し!!!』
の太刀。
Vの字斬り。
一撃目は『見せ』だ。この技を隠すための。そのまま通り過ぎると錯覚させるための。
返しの刃は、剣先が胴体へと届いた。
腹を裂きながらコクピットへと迫る。
コクピットブロックは、正面のハッチ部分が最も頑強だ。周辺は機体そのものが装甲として機能する。
だからこんな風に、内側から剣を通しながらコクピットを狙われては、その自慢の硬さも意味がない。
そして、刃が、コクピットを切り裂く―――
直前に、コクピットハッチを咬んで進攻が止まった。
解放された、最も頑強なコクピットハッチに阻まれた。
『な……!?』
そしてフラウが見たものは、こちらの機体へ飛び乗ってくる赤いパイロットスーツの金髪娘。
それを認識した直後、薔薇燕がシステムダウンを起こす。周囲を映していたモニターが突然暗転したのだ。
同時、空気が洩れる音が聞こえ、薔薇燕のコクピットが解放される。
真っ暗だった密室に、外から光が入ってくる。
装甲服がはためく音が聞こえる。
そして、
「動かすな、ですわ。フラウ王女」
フラウが最初に目にしたのは、拳銃をこちらに向けた、あくどい表情の美少女。
「両手を頭の後ろに置きなさいな。抵抗すれば撃ち殺します。こちらも余裕がありませんの」
それが、原作ゲーム『騎乗士の胸で抱きしめて』では決して出会わない2人の、初遭遇だった。




