火を噴く山 その2
大地の底から真っ赤にたぎる溶岩を吐き出し、噴煙と共に火山弾を飛ばす噴火口の上空に浮かぶ白銀の古龍とその背に跨がる少女。
「大地の力がこんなにも凄まじいものだなんて・・・」燃える岩の紅い光に白い頬を染めながらヒルデガルトは言葉を失った。
穏やかで、人々に恵みをもたらす豊穣の大地がひとたび怒りをあらわにすると、ここまでの力を持っていたのかと、改めて畏れを感じる。
白銀の古龍は翼をはためかせ、近くをかすめる火山弾を叩き落としながら、長い首を曲げて自らの背の飢えの少女に語りかけた。
「さて、ヒルダ。どうやってこの山を鎮めるのかしら?」
試すかのようなエオストレの言葉に、ヒルデガルトは噴火口から視線を上げた。
「大量の水を降らせれば。そう、水によって火の属性を打ち消すことができれば燃える岩も冷えて固まりませんか?」
「ふーん。ヒルダは焼け石に水って言葉を知ってる?これだけの力を持った噴火口を鎮めようと思ったら、どれだけの水が必要になるかしら?火は消えたけど洪水に流されてしまっては元も子もないんじゃない?」
「でも、逆に燃える岩に触れた水は蒸発するから地上に水は残らないと思いますの。」
そう言うとヒルデガルトは目を瞑り、精神を集中させる。
「空に遊びし水の乙女よ、我が許に集え。」そう呟きながら、軽く握った右の拳を胸の前に当てるとうっすらと空に浮かぶ白い霧がヒルデガルトの周りを回るように渦を巻き、だんだんとその密度が濃く、白くなってきた。
「へえ。水の精霊を操れるなんて、大したものね。」
感嘆して何度も頷くエオストレの声も耳に入らないのか、ヒルデガルトは身動ぎもせず、ただ周りの白い渦がさらに濃く、大きく拡がっていく。
「自分と私の魔力から水を創り出すんじゃなくて、水の精霊をぶつけるのは良い手かもね。」
「地を包み、凍てつかせよ!」
ヒルデガルトが握った右拳を開きながら、腕を振るうと水の精霊の白い渦が溶岩全体を包み込むように舞い降りていった。
ピシッ、ピシッと弾けるような音を響かせながら、溶岩の紅い輝きが力を失っていき、辺りには濛々と水蒸気が立ち込め、噴火口も麓の村も呑み込んだ。
どれくらいの時間が経っただろうか。辺りを包む水蒸気が薄れてくると大地には溶岩が固まった黒い岩が姿を現した。岩の表面からはまだ湯気が立ち昇っているが、溶岩の流れは止まっていた。
「ふぅ。」緊張から解き放たれたように息を吐くヒルデガルト。
しかし、エオストレが視線を噴火口に向けながら、厳しい現実を突き付ける。
「ヒルダ、まだ終わってはいないわよ。」
その視線の先には、まだ真っ赤な輝きを失わない噴火口からせり出してくる大きな溶岩の塊があった。麓に向かって流れていた溶岩とは明らかに質が違い、塊のままその大きさが膨れ上がっていく。
「・・・溶岩の獣?」かすれるような声でヒルデガルトが呟いたように、溶岩の塊が巨大な獣の形を取り始めていた。
「『大地の獣』。土の精霊よ。」
「土の精霊?土の精霊は『土の小人』ではないのですか?」
「『大地の獣』は上位の精霊よ。こんなのが暴れてたら調和が崩れるのも道理よね。」
ウンウンと頷きながらエオストレが気楽な声を出す。
真っ赤に燃える巨大な獅子の形を取った精霊は、ジロリという表現がぴったりな威圧感で顔を向け、空に浮かぶ乙女と龍に対峙した。
「古龍ト人ノ子ヨ、汝ラ我ト争ウカ?」
重く、力強い『声』がヒルデガルトの頭の中に直接響いてきた。押し潰されそうなその威圧感にヒルデガルトは言葉を失い立ち尽くす。このような場でなければ、跪いていたかもしれない、それほどの威厳に満ちていた。
「積極的に争うつもりはないわ。古龍は不干渉を旨としているから。でも。」ごく淡々とそう応えたエオストレだが、そこで言葉を切った。
「もし、ヒルダに、お義姉様に仇を為すのであれば、あなたを消滅させるわよ。」
「ホゥ。古龍ガ人ノ子ヲ姉ト呼ブカ。幼キ古龍ヨ、ダガ汝デハ我ハ倒セヌ。」厳かだが淡々とした『声』がヒルデガルトとエオストレの頭の中に響く。
「私独りじゃ無理かも知れないけど、ヒルダと二人ならどうかしら?」
「ムッ。我ガ眷属ドモヲ凍テツカセタ娘カ!」その『声』とともに溶岩の獅子がヒルデガルトに顔を向けた。
「大地の精霊様。私はあなたと争うつもりはありません。私はただか弱き民にお慈悲を賜りたいだけなのです。火山灰や溶岩によって家を焼かれ、森や畑を奪われ、住み慣れた地を追われることの無いよう民を守りたいのです。」
「人ノ娘ヨ。残念ダガ我ニハ止メラレヌ。コノ地ノ精霊ノ調和ガ乱レ、我レノ力ガ強クナリ過ギタ。調和ヲ取リ戻スタメ我ノ力ヲ解放セネバナラヌ。」
「調和を取り戻すために他の属性の力を強めることはできないのでしょうか。」
「他ノ属性ノ力ヲ我ト同ジマデ高メラレルノカ?」
「水と光であれば、私の全てを賭けて。」
「何を小難しいことを。要するに違う属性の力をぶつけて、あなたを叩きのめせば良いんでしょ?他の属性を強くするか、あなたを弱くするか。どっちでも同じでしょ?」
少し苛立ちを見せながら、エオストレが大きく息を吸い込んだ。古龍の息吹を大地の獣に叩きつけるつもりだ。
「エオストレ、いけません!」
古龍の意図に気付いたヒルデガルトが制止するが、エオストレは口から勢いよく凍てつく氷の息吹を大地の獣に叩きつけた。
「愚カナ・・・幼キ古龍ヨ、大地ノ力ヲソノ身ヲモッテ思イ知ルガ良イ!」
猛る炎さえ凍てつかせる白銀の古龍の息吹を、溶岩の獅子は丸ごとその体内に吸収するかのように平然と受け入れていく。
エオストレの息吹の勢いが緩んだ一瞬、大地の獣が大きく口を開き、熱く焼けた砂嵐を吐き出した。
真っ赤な光の粒子にさえ見える焼けた砂がエオストレとヒルデガルトに降り注ぐ。
「あっついわね。この×××!」最後は咆哮とも叫びともつかない声を上げながら、エオストレはその翼を広げてヒルデガルトを焼けた砂から庇った。古龍の滑らかな翼や体がジュッと音を立て、白銀の鱗に細かな焦げ目が付いていく。
「熱っ!だ、大丈夫ですか、エオストレ!」
古龍との血の契約により同調しているヒルデガルトの体にも紅い火傷の痕が浮かび上がるが、それよりも焦げ目まで付いているエオストレの方がダメージは大きそうだ。
「定マリシ命シカ持タヌ者タチヨ、ソレデハ我ヲ制スルコト能ワズ。調和ヲ取リ戻スコトニヨッテノミ我八治マル。」
「調和を・・・。エオストレ、あなたの力をお借りしますわね・・・」そう呟いて、ヒルデガルトは目を閉じ、胸の前で両手を祈るように組むと、その体は金色に輝く柔らかな光に包まれた。
その光に誘われたのか、ヒルデガルトの周りに様々な色の小さな光の粒が集まってくる。
「居場所を奪われ、虚空を漂う精霊たち、私の裡なる力を使い、自らのあるべき場所へとお帰りなさい。」
ヒルデガルトの周りを様々な色の光の粒が渦を巻くように舞い踊る。それらの光の粒は、ヒルデガルトの体を包む金色の光の中を通過するたびにその量と大きさを増していった。
固く目を閉じ、精神を集中させるヒルデガルトの額に汗が滲む。
「ホォ、精霊ドモニ己ノ魔力ヲ食ワセルカ!」
大地の獣はか細い人間の娘の周りを回る精霊たちが金色の光から魔力を吸収し、大きくなっていくのを興味深げに見守った。
「ダガ、マダマダ我ニハ及バヌゾ。」
「精霊に直接魔力を与えるなんて、ヒルダも無茶を。下手をすると、手加減なんて知らない精霊に干からびるまで力を奪われてしまうわよ・・・」
そんな古龍の呟きに合わせるかのように、ヒルデガルトを包む金色の光の範囲が狭まり、明るさを失っていく。その美しい顔にも疲労の色が浮かび、少し眉根を寄せ、耐えるような表情になっている。
「あっ。」
心配そうにヒルデガルトを見つめていたエオストレは、自身の体の変化に小さく声を上げた。義理の姉、血の契約の相手であるヒルデガルトを通じて、自身の魔力が吸い出されるのを感じたのだ。
(ちょっとヒルダ、力を貸してと言ってたけど、こういうこと?)ヒルデガルトの体を通じて精霊たちに魔力を吸い取られながら、エオストレは困惑する。
(私まで魔力が涸渇したら、あなたを連れて逃げることもできずに大地の獣に押し潰されてしまうわよ。それより、その前に魔力を吸い尽くされて、ほんとに干からびちゃうかも!)
自身とヒルデガルトの限界がどこにあるか分からないまま、どんどん魔力を奪われていく感覚にエオストレは戦慄する。
どれくらいの時間が経っただろうか。ヒルデガルトが苦しげな表情で跪いた。ヒルデガルト自身の魔力が尽きようとしているのだろう。しかし、なおその周りで精霊たちが乱舞し、魔力を吸収していく。
(まずい、まずい。精霊たち、ヒルダではなく私の魔力を使いなさい。)エオストレは苦しげなヒルデガルトに気が気ではなく、ひたすら自身の魔力をヒルデガルトに注ぎ込んだ。ヒルデガルトが途中で気を失いでもしたら、これまでの苦労が水泡に帰してしまう。
「大シタモノダ。古龍ノ助ケヲ借リタトハイエ、人ノ子ガココマデ精霊ノ調和ヲ取リ戻ストハ。」
大地の獣が驚いたように辺りを見回した後、ヒルデガルトをじっと見つめた。
「コレデアレバ、我モ暴レズニ済ミソウダ。礼ヲ言ウゾ、人ノ子ヨ。」
ヒルデガルトの周りを回っていた様々な色の光の粒の集まりが大地の中に浸透するかのように消えていく中、大地の獣自身も溶けるように姿を崩しながら地面に同化していった。
「よかった・・・」大地の獣が地面の中に消えていくのを見て、ヒルデガルトは地面に倒れ込んだ。自らの魔力と体力を限界まで使いきったのだ。
「まったく、無茶をするわね。」
自身の魔力もかなり奪われたエオストレは疲れきった顔をヒルデガルトに寄せて囁いた。
「私もちょっと休むわね。」そう言いながら白銀の古龍は少女の影の中へと姿を消した。




