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龍宿りし乙女  作者: 村井喜久
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火を噴く山

暗闇の中に精霊の雲が妖しく輝く夜空を白銀の古龍が駈ける。

しなやかな翼が羽ばたくたびに白銀の細かな粒が零れ落ち、夜闇に拡がりながら消えていく。


「山が、山が燃えていますわ!」エオストレの背に乗って北の山脈の上空にたどり着いたヒルデガルトは、眼下で火を噴く火口を覗き込みながら絞り出すような声で呟いた。


大地の裂け目から赤く輝く溶岩が流れ出し、山の木々を焼き尽くしながらゆっくりと山を下っていく。

時折、重く体の奥に響く爆発音が響き、真っ赤に燃えた火山弾が火口から飛んでくる。


「あちっ!熱いわね。」火山弾がすぐそばをかすめ、エオストレが忌々しげに呟く。

「火の精霊だか土の精霊だか知らないけど、こんな物を飛ばしてこないでよ!」

そう言いながらエオストレは口を大きく開き、氷の息吹を吐き出して火山弾を撃ち落とす。


「エオストレ、あの赤い流れの先に村がありますわ!」切羽詰まった調子でヒルデガルトが叫ぶのに応えるように、白銀の古龍は方向転換し、高度を下げていく。

ゆっくりと進む溶岩を追い越し、その先の村へと向かうヒルデガルトとエオストレ。


村が間近になると、人々が不安げに火山の噴火を見守っている様子が見えた。

ぱらぱらと降ってくる火山灰を振り払いながら火山に目を向ける村人たちの一人が目を凝らすようにして空を見上げ、指を差した。

「あれは何だ?」

「白い、鳥?」

「鳥のわけがあるか。夜中に鳥が飛ぶかよ。」

「そもそもあんなに大きな鳥がいるわけないわよ!」

村人たちが騒いでいるうちに、どんどん近づいてくる。


「り、龍だ!白い龍だ!」

「龍のせいで、山が怒っているのか?」

村人たちは恐れおののき、ある者は逃げ出し、ある者はその場に立ちすくみ、ある者は腰を抜かして尻餅をついた。北の山脈から時折魔物が下りてきて、襲われることもあるとはいえ、流石に龍を見るのは初めてだ。


「俺たち、みんな食われちまうのか?」

「は、早く逃げろ!」

尻餅をついた男が震えながら後ずさる。


「見て!あれ、人が乗ってるわ!」

村人の女が指を差した先には、白銀の龍の背に跨がる少女の姿があった。


「皆さん、早く逃げてください!熱く溶けた岩が流れてきています。」ヒルデガルトが大きな声で呼び掛けながら、古龍とともにゆっくりと降りてくる。

「私はアルテンシュタット侯ヨーゼフの娘ヒルデガルト。父の名において命じます。早く逃げてください。このままでは危険です!」


「侯爵様のお嬢様?」

「どうして侯爵様のお嬢様がこんな所にいるの?」

「な、何で龍に乗っているんだ?」

腰を抜かしていた村人たちも侯爵の名を口にする少女の声に少し落ち着きを取り戻した。


「私はこの村の南にあるノルトキルヒェン城を預かるヒルデガルト・ツー・ノルトキルヒェン。アルテンシュタット侯の娘です。」

白銀の古龍から降り立ったヒルデガルトが改めて名乗ると、村人たちは少し不思議そうな顔をした。

「ノルトキルヒェン城、でございますか?」

「はて、そんなお城があったかのぉ?」


「メルツィヒ砦と申し上げれば分かりますかしら?」

ヒルデガルトが城の古い名前を告げると村人たちも合点がいったようだ。

「あぁ、メルツィヒ砦ね。」

「そういえば、なんか、人夫を雇ってるって聞いたぞ。大きくしてるのか?」


「お分かりいただけて良かったですわ。そのメルツィヒ砦から参りました。火を噴いた山から熱く溶けた岩がこの村に向かって流れてきています。ここにいては危険です。メルツィヒ砦の方に避難してください。」


「でも、こんな暗闇の中を歩いて行くのは難儀だのお。」

「老人や子どももおるでなあ。」

夜に外を出歩くことの無い村人たちは難色を示す。夜は狼だけでなく、魔物たちも蠢く時間。山に近いこの村では日が暮れたら固く戸を閉ざして夜が白むのを待つのだ。


「だいたい、あんな固い岩が溶けて流れるなんてあり得ねえだろ。」

「そうだな。山が火を噴いたのにはびっくらこいたが、まさか岩が溶けるなんて。いくら侯爵様のお嬢様が言うことでもちょっと信じられねえな。」

白銀の龍に一度は怯えた村人たちだったが、思いの外、おとなしいのと、うら若いヒルデガルトに手懐けられて見えるのに安心して、落ち着きを取り戻したと思ったら、急に口数が増えてきた。


「第一、あんたが侯爵様の娘だって証拠はあるのかい?俺たちを村から追い出して盗みでも働くんじゃないか?」

「代々の辺境伯様はお嬢様はおろか奥方様だって、ご領地に来られたことはねえ。」

騒ぎを聞きつけて、後から外に出てきた村人たちも加わって、好き勝手を言うようになると収集がつかなくなってきた。


「ねえ、ヒルダ、あんまり悠長に説得してる暇は無さそうよ?」

ヒルデガルトの後ろでおとなしく控えていた白銀の龍が突然人間の言葉を話し出すと、村人たちが一斉に驚きと畏れが入り混じった視線を向けた。


「龍が人の言葉をしゃべったぞ。」

「魔物が人の言葉を・・・」


村人たちが囁き合う中、突如一際大きな爆発音がどんと響き、大きく地面が揺れた。

立っていられないほどの揺れの中、村人たちは尻餅をついたり四つん這いになって地震に耐え、ヒルデガルトも隣の白銀の古龍にしがみついて体を支えた。


バラバラと熱い軽石や火山灰が降り出すと、さすがに村人たちも顔色が変わった。

「て、天から砂と石が降ってきた!」

「大地の精霊がお怒りだ!」

「もうおしまいじゃ、村は滅びるんじゃ!」

膝を突き、天を仰いだり、地に顔を伏せて、畏れ、祈る村人たち。


「かなり激しい噴火ね。このままだと火山灰で村が埋もれてしまうかも。」

火口から噴き出す溶岩がもうもうと上がる噴煙を赤く照らし出す。巨大な生き物のようにうごめき、立ち昇る噴煙はそれ自体が意思を持ち、怒りの飛礫を降らせているかのようだ。


「もう、村人が逃げている暇は無さそうよ。どうするヒルダ?」

巨大な災害を前にして、絶望に近い雰囲気が漂う村人たちを前に、緊張とは無縁のエオストレの声が面白そうに響く。


「この人たちは、あなたが侯爵の娘だと思っていないし、泥棒をするかもと疑っているようだから、このまま放って帰りましょうか?汚い灰が体に付くのもイヤだし。」

「そんな・・・このまま灰が降り積もれば大変な被害が出ますわ。」

「そうね。大昔に屋根の高さまで火山灰に埋もれた街があったけど、ここもそんな風に跡形もなく埋もれてしまうかもね。」

「エオストレ、何とかなりませんか?」

「何とか、と言われても、ねぇ。不干渉が基本だし、この人たちから見れば、ヒルダは泥棒で、私は魔物だし。」

エオストレの声に若干の不快感が混じる。自分と自分の契約者を貶める村人たちの言葉に幾分傷付いたようだ。


「だいたい、村だけ守っても畑が埋もれてしまえば飢え死にするだけだし、困っているのはこの"失礼な"村だけじゃなくて、山の周りの街や村はみんな火山灰に埋もれてしまうかもしれなくてよ?」

他人事のようにさらりと恐ろしい言葉を口にしたエオストレに、ヒルデガルトは悲しげな瞳を向ける。

「古龍が他の種族に不干渉であることは分かっていますわ。でも、私と私の父の大切な領地と領民を守るのを手伝ってください。あなたは私の妹なのでしょう?」

必死に訴えかけるヒルデガルトに、エオストレはやれやれといった感じで首をもたげ、翼を拡げた。


「仕方ないわねぇ。でも、私の力だけでは、あの荒ぶる山を止めることはできなくてよ。」

「罪無き領民を守るのは領主の娘である私の役目。エオストレは私の足らざるところを補ってくださいませ。」

「りょーかい。じゃあ、また私の背に乗って。」

そういうとエオストレは白銀に輝く滑らかな鱗に覆われた長い首を大地に着けると、ヒルデガルトはその背に両膝を突くようにして跨がった。

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