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龍宿りし乙女  作者: 村井喜久
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北の山脈

アルテンシュタットの魔導学院長ローレンツを団長とする調査団が北の山脈に入って5日。2人一組で稜線を東西に縦走した二組と谷筋を見て回った二組、麓から地脈を流れる魔力を観測した一組が中腹に設けられた基地の天幕に戻ってきた。


「では、報告してもらおうか。」ローレンツが促すと稜線を西に縦走していた2人が大きく広げられた北の山脈の地図に印をつけながら、報告を始めた。

不自然に木々が枯れている場所や逆に生長が早い場所、見慣れない動物の足跡が見つかった場所が書き込まれていく。


報告が進んでいく中、地図に現れてくる異常な現象の分布をじっと眺めていたローレンツがその一点を指差しながらヒルデガルトを振り返った。

「子爵、今、我々がいる場所から北から北東へ登った尾根筋で所々卵が腐ったような臭いがする悪い空気が出て、草木が枯れております。」

「悪い空気、ですか?」

「はい。その空気を吸った動物は死に、大地の草木は枯れ、不毛の土地にすると言われております。」

「それが翼竜の大発生と何か関係があるのですか?」

「魔物である翼竜はその悪い空気では死なず、逆に周辺が暖かくなることで卵が早く孵化するのです。」

「まぁ!そうすると鳥の卵も早く孵るのかしら?」

「いえ、悪い空気が出ている上空を飛んだだけで鳥は死んで落ちてくるくらい毒性の強いものですので。」

「そのように動物や鳥が死んでしまうと翼竜も食べる物が無くなってしまうのではありませんか?」

「はい。最初は動物たちの死骸を喰らって成長しますが、それが無くなると餌を求めて里に降りてくるのだと思われます。」


ローレンツが弟子に講義するように丁寧に説明しているのを、調査団の団員たちがは頷きながら見守っていたが、その一人が何か思い出したように声を上げた。

「学院長、その悪い空気と火山はどういう関係があるのでしょうか?」

「古代の書物によれば、その空気とは、大地に潜む巨大な魔物の息吹、火と土の魔力が融合する際に生じる物、想像を絶する炎の熱さで狂った風の精霊、地下で燃え盛る炎が焦がした大地の燃えかす、といった説がありますが、私の考えでは瘴気を結晶化させて魔力の源として蓄えていた土の精霊が火の精霊に攻撃されて、反撃するためにその魔力を解き放ったと考えています。つまり、その瘴気が噴き出している地下には火の精霊と土の精霊が戦った痕跡、要するに溶けた熱い岩があるということです。」

「地下から瘴気が噴き出す穴があるということは、その穴から溶けた岩が噴き出してくる、それが火山だと?」

「そうです。そして、瘴気が噴き出すくらい、地表の近くに溶けた岩があるために周りの大地の温度も上がっているということです。」


「山の気候を変え、植生を変えるほどの熱量・・・」

ローレンツの説明に団員たちが固唾を飲み込む。これまでの歴史の中で火山に縁の無かったシュタイン王国で火山が噴火するかもしれない。それは麓の城や村に想像を絶する被害をもたらすだろう。


「学院長様、それほどの災害を防ぐ術は無いのでしょうか。」

不安げな瞳でローレンツを見上げるヒルデガルトの声が震える。


「・・・分かりません。火山がどれほどのものか想像もつかないのです。しかし、子爵、シュタイン王国の歴史の中で、城を築いている石を丸ごと溶かせるほどの力を持った魔術師さえ存在しません。城壁に大きな穴を穿つのが精一杯でしょう。ましてや、山を一つ溶かすのにどれほどの魔力が必要か。そんな溶岩を食い止められるだけの力を持つ者など他国を含めても見つからないでしょう。」

「では、どうすれば・・・」

「申し上げにくいことですが、城や町を捨てて避難するしかありますまい。」


町を捨てるというローレンツの言葉を聞き、ヒルデガルトの瞳に動揺の色が浮かぶ。

「民に生まれ育った地を捨てよと、豊かな農地や思い出の詰まった家を捨てよと・・・」

「やむを得ぬことと愚考いたします。土地はまた耕せば、家はまた建てれば良いですが、命が失われれば、取り返しがつきません。」

「・・・」

厳しいローレンツの表情に、ヒルデガルトは唇を噛む。

父から預かった城を放棄し、守るべき民に故郷を捨てさせねばならないのか。


「子爵、火山の噴火を我々シュタイン王国の人間は経験したことがありません。いつ噴火するのか、どうやって避難すれば良いのか、古い文献や他国の情報を調べ上げ、最善の方法を考えねばなりません。」

ヒルデガルトの悔しそうな顔を見ても顔色を変えず、ローレンツは淡々と進言する。ヒルデガルトの気持ちが分からないわけではないが、危険が分かっているのなら躊躇わずに逃げる、それがローレンツの世渡りの秘訣でもあるのだから。


「学院長様のおっしゃるとおりですわ。急ぎ城に戻り、各地に人を遣りましょう。王城の書庫に保存されている文献もお母様や書庫長様にお願いをして、徹底的に探しましょう。」

じっと自分を見つめるローレンツの視線に気付いたヒルデガルトは、やるせない想いを心の奥底に封じ込めると、まず必要な情報を集めることにしたようだ。


「かしこまりました。すぐに基地を引き払い、城に戻りましょう。」恭しく頭を下げ、返事をしたローレンツは、調査団を振り返って、てきぱきと撤収の指示を出した。




今回もお付き合いくださり、ありがとうございました。


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