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龍宿りし乙女  作者: 村井喜久
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ノルトキルヒェン子爵 その3

「そろそろ昼食にしよう。」

翼竜が大発生した原因を究明するため、アルテンシュタットの魔導学院のローレンツ学院長をトップとした調査団がノルトキルヒェン城の北にそびえる山脈に入って三刻が経ち、太陽が天頂に差し掛かる頃、昼食の時間となった。


「子爵閣下はこちらへ。」

城からついてきた護衛の女性兵士がヒルデガルトのために簡易な椅子と小さな食卓を組み立てる。

旅装の侍女が人夫に持たせた荷物の中から調理器具を取り出し、料理を作り始めようとした時、ヒルデガルトがにっこりと二人に微笑みかけた。

「調査団の皆さんやあなた方は昼食に何を召し上がるのかしら?」

「それは・・・」侍女が一瞬言い淀むと、ヒルデガルトはその視線を少し離れた所で地面に直接座り込んで、干し肉や固いパンを取り出している調査団員の方に向ける。

「せっかくあなたたちが用意してくれたのに申し訳ないのですけれど、私も皆さんと同じ干し肉とパンを頂きますわ。」

「し、子爵閣下・・・」

突然の申し出に女性兵士と侍女が戸惑っているのを尻目に、ヒルデガルトはローレンツ学院長たち調査団が輪になって座っている所に近づいていった。


「学院長様、御一緒させていただいてよろしいでしょうか?」

「これは子爵。我々の昼食は保存が効く干し肉や固いパンですよ。お口に合わないかと思いますが。」

「お心遣いありがとうございます。でも、私も調査団の一員ですから皆さんと同じ物を食べ、同じ物を飲むようにしたいのです。」

「分かりました。用意させましょう。」

ごく当たり前のように言うヒルデガルトに感心しながら、ローレンツは食事当番の団員に干し肉とパンを持ってこさせた。


(ふむ。侯爵は令息だけでなく、令嬢もしっかり教育しているようだ。指揮官から末端に至るまで同じ食事をしてこそ団結力が生まれるというもの。)

ローレンツは質素な食事を当たり前に食べる弟子を温かく見守った。


**********


山脈の中腹を越え、背の高い木がまばらになってくる頃、調査団の一人が怪訝そうに辺りを見回した。

「何だか植生が変わっています。ここまで登ってきても、まだ低い所に生えている植物が多いです。」

「ほう。霊薬担当のロッテから見てもそうか。植生が変わるとなると一時的な気温の上昇という訳ではなさそうだな?」

「はい、学院長。少なくとも丸一年。あるいはそれ以上の期間、気温が高かったはずです。」

ローレンツの問いに魔導学院で霊薬調合の教授を務めるロッテが応える。霊薬の担当だけあって材料となる薬草などの植物に詳しそうだ。


「しかし、領内の農作物が不作になったという話は聞かないし、川の水が涸れたという話もない。」

「はい、学院周辺での薬草栽培でも影響は出ておりませんので、この北の山脈特有の現象かと思われます。」

「ふーむ。」

ローレンツが腕組みをしながら空を見上げる。


「あの、学院長様。」

「何でしょう、子爵?」

「紅蓮の古龍メテオールは火を噴く山に棲むと言われています。この北の山脈も火を噴くということはないのでしょうか?」

人差し指を右頬に当てながら小首をかしげながら、ヒルデガルトが発言する。自信無げな様子だが、それを聞いたローレンツは何か思い当たったように目に鋭い光が宿る。


「なるほど、火山か!山が火を噴く前兆で地面が熱を帯びて植生が変わり、暖かくなったことで翼竜の産卵と孵化も増えたということか。」

一人頷きながらローレンツは少し思案し、調査団の団員たちを呼び集めた。


「植生が変わった範囲を特定するとともに、地面から蒸気が出ていたり、卵が腐ったような臭いが出ている場所があったら地図に記録してくれ。」

「「分かりました、学院長。」」

「翼竜を探す必要はありませんか?」

「翼竜が増えたのは、あくまで結果に過ぎない。我々は原因を明らかにするために、ここに来ている。そして、予想が正しければ、翼竜など比べ物にならない大きな災害が起きる危険性が高い。」

「大きな災害、ですか?」

「そうだ。地下の熱が上がってきているとしたら、山が火を噴くかもしれん。」

ローレンツの言葉に調査団の団員たちが息を飲む。


(もし、本当に山が火を噴いたとしたら、麓の城や町は無事では済みませんわ。一体どうやって被害を防げば・・・)

火山の噴火など当然見たことも無いにも関わらず、ヒルデガルトの脳裡には大地が裂け、硫黄のガスと真っ赤に溶けた岩が噴き出し、燃える岩が飛び、山の中腹にぽっかりと開いた穴からはどろどろの溶岩が木々を焼き尽くしながら流れていく恐ろしい光景がまざまざと浮かび上がる。

岩をも溶かす熱さえ感じられそうなはっきりとした頭の中の映像にヒルデガルトは茫然と立ち尽くす。


「子爵、子爵!」

血の気を失った蒼白な顔で目の焦点が合わず、呼び掛けにも応えないヒルデガルトの両肩をローレンツが揺さぶる。


「ノルトキルヒェン子爵、いやヒルデガルト、戻ってきなさい!」ローレンツの声になおも反応しないヒルデガルトの頬がぱしんと乾いた音を立てた。


「学院長様・・・私は一体・・・」

赤く腫れた頬に手を添えたヒルデガルトの目に光が戻るのを確認して、ローレンツが跪いた。

「ご無礼をお許しください、子爵。何やら魔に魅入られたかのようなご様子でしたので。」

「学院長様・・・いえ、かまいませんわ。逆に私の方こそお礼を申し上げなければ。恐ろしい幻を見ておりましたの。大地が裂けて火が噴き出し、真っ赤に溶けた岩が大地を焼くのです。」

そう言いながらヒルデガルトは両手で震える自身の体を抱き締める。

「それは恐ろしい光景でした。この北の山脈が火を噴くことなんてあり得るのでしょうか?」

「シュタイン王国の歴史の中では、この山々だけでなく、他の山でも噴火した記録はありません。しかし、この北の山脈に連なる霊峰シュピッツェは悠久の昔に噴火した跡が残っております。」

「確かにそうでしたわ。シュピッツェの頂には大きな火口がありましたもの。それがこんなに離れた場所でも起きることがあるのでしょう?」

「こればかりは私にも分かりません。火山が地下で繋がっているのか、それとも個々の山々が噴火する力を秘めているのか・・・いずれにしても恐ろしいまでに巨大な火と地の魔力の流れを探すことです。」

「火と地の魔力の流れ・・・」


「ほらほら、見世物じゃないんだぞ、さっき言った蒸気が噴き出している場所や卵が腐ったような臭いが出ている場所を探しに行ってくれ。あと、魔力の流れが感じられる者は地脈の流れを探ってくれ。」

ローレンツは、遠巻きに自身とヒルデガルトを見守っている団員たちを追い払うように手をひらひらと振って、調査を続けるよう命じた。

弟子とはいえ、爵位持ちの貴族であるヒルデガルトをひっぱたいたローレンツを心配そうに、あるいはうら若く美しい弟子と師匠の艶話を期待するかのように二人を見ていた団員たちは、やれやれといった感じで山の中へと散っていった。



今回もお付き合いくださり、ありがとうございました。

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