アルテンシュタット その3
「姉上、お久しぶりです!お元気そうで何よりです。」
春まだ浅いアルテンシュタットの領主邸に到着したヒルデガルトを出迎えたのは、弟レオンハルトの成長した姿だった。
王都にいた頃の線の細さ消え、幼さの中にも精悍さを感じさせるようになった弟にヒルデガルトは目を細める。
「レオンハルトも元気そうで何よりですわ。すっかり逞しくなって。」
「剣もだいぶ扱えるようになりましたが、まだまだ。早く独りで赤羆や鷲獅子と渡り合えるようになりたいです。」
「まあ、鷲獅子と戦うなんて、レオンハルトはもう立派な騎士なのですね。頼もしいわ。」
「まだ見習いですよ。姉上の方こそ子爵に叙され、おめでとうございます。古龍の鱗と爪を手に入れられたとお聞きしました。」
「ありがとう、レオンハルト。柄にもなく爵位を頂いてしまいました。」
少し困って苦笑するような表情をしたヒルデガルトが、足元に置いた荷物を取り上げた。
「爵位を頂いたのに合わせて、居城としてお父様から砦の一つを頂くことになってしまいました。本来はあなたが引き継ぐはずだったものです。そのお詫びといっては何ですが、これをあなたに。」
そう言ってヒルデガルトが荷物を覆っていた布をめくると、そこにあったのは古龍アデルハイトの長い爪と白銀に輝く革だった。
「古龍の爪と革です。あなたが成人して正式に騎士に叙される時、これで武器と鎧を仕立ててもらえませんか?」
「あ、姉上!このような貴重な物を頂いて良いのですか?」
レオンハルトの声が上擦った。王家の至宝と同じ古龍の爪とこれまで誰も手にしたことのない古龍の革。それらがまさに目の前にある。恐る恐る手を伸ばし、白銀の革に手を触れると、硬質だが滑らかさを持った鱗が手に吸い付くようだ。
「古龍の武具に相応しい騎士になれるよう精進します!」
感激に震える声で誓いの言葉を口にする弟をヒルデガルトは温かい目で見つめていた。
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アルテンシュタットの北部に築かれたメルツィヒ砦を増改築し、ノルトキルヒェン城として生まれ変わらせるための工事が着々と進められている。
北の山脈で魔物や野獣を排除しながら石を切り出し、砦の周りに運び込み、魔除けの聖印を刻み込みながら城壁の外側に新たに積んでいく。
聖印が刻み込まれた積み石は魔法を弾き返すようになるため、魔術を使って一気に積み上げることができなくなり、滑車などを使って吊り上げながら石垣を組んでいくため、冬の間、近隣の領民が出稼ぎとして作業に当たっていたが、春になって農作業が始まると人手が不足し、石積み作業の進捗が落ちてきた。
北の山脈からの魔物を防ぐために重要な北側の城壁は予定どおり組み上がったものの、東西の城壁は途上、南側はまだ土台しかできていない。
元々軍事用の砦として建設されたものであり、今でも防御力は十分に備えているが、さすがに貴族家の女性当主が暮らすには武骨に過ぎる。
「おう、てめえら、侯爵様のお嬢がこっちに帰ってきたそうだ。ここに住んでもらうためにもさっさと積み上げるぞ!」石工の親方が声を張り上げて周りの弟子たちを叱咤する。
「でも、親方ぁ、ほんとにお嬢がここに住むんですかい?代々の奥様も娘さんもご領地では住んだことがないって聞いてますぜ。」
「そうそう、お屋敷ならともかく、こんな何にも無い砦、戦でも無けりゃ貴族様は見に来やしませんて。」
弟子たちが口々に言い合うのを聞いて、親方が金槌を振り回しながら怒鳴る。
「バカ野郎!お嬢がこの城の主になったんだって。単なる砦じゃなくて居城になるんだ。しっかり石を積め!」
「はいはい。」
軽口を叩いていた弟子たちも親方の剣幕に手を動かし始める。
「それにしても、お嬢ってどんな人なんでしょうね?」
「そりゃ、おまえ、魔物と戦うための砦をもらうんだから、ごっつい女騎士じゃねえか?」
「なるほど!確かにあの侯爵様の娘だしなぁ。」
「ハッハッハ、違いねえ。」
石工や人夫たちはまだ見ぬ城主を想像して、笑い合った。
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アルテンシュタット入りしてから10日ほど過ぎた頃、ヒルデガルトは初めてノルトキルヒェン城を訪れた。
優美な4人乗りの馬車に護衛のフィーネと二人で乗り、城に到着すると守備隊の隊長であるロルフが出迎えた。
「子爵閣下、ようこそノルトキルヒェン城へお運びくださいました。守備隊を預かるロルフと申します。」右拳を左肩に当てる礼を執った後、ロルフは右手を差し伸べ、馬車から降りるヒルデガルトをエスコートした。
「まだ、侯爵様から命ぜられた増改築は城壁の強化をしている途中です。」
まず城の周りを見たいというヒルデガルトの希望を受けて、ロルフはヒルデガルトとフィーネを連れて、城壁を積み上げている作業現場を案内していた。
「おい、あれが城主様か?」
「隊長が案内してるってことは、そうなんだろう?」
「まだ子どもじゃねえか?」
「魔物と戦うための砦には似合わねえな。」
ひそひそと囁くように新たな城主の品定めをしているのを知ってか知らずか、ヒルデガルトは石工や人夫たちを見つけると穏やかに微笑みながら軽く右手を振って挨拶をする。
「はあ、人形みてえだな。」
「こらまた、きれえなお嬢だ。」
ヒルデガルトの微笑みに武骨な石工たちもぎこちなく笑みを返してきた。
ヒルデガルトの斜め後ろに控えるフィーネは、ヒルデガルトを品定めする彼らの好奇の目が気に入らず、鋭い視線を石工たちに向ける。その視線に気付いた石工たちはばつが悪そうに視線を逸らして、石を積む作業に戻っていった。
「今は春の農作業が忙しく、人手が足りなくて作業が遅いですが、この時期を過ぎれば、また人手を増やして、何とか冬までには城壁を完成させたいと思っています。」
「ご苦労をお掛けしますわね。」
「いえ、農民にしてみれば、貴重な現金収入を得られる機会ですから、みんな喜んで手伝ってくれます。」
「そうなのですね。こうした労働を税として無償で提供させる貴族も多いと聞いていましたので安心しました。」
「アルテンシュタットは他の貴族領に比べれば税率も低いですし、学校や療養所も整備されていて暮らしやすいですよ。」
「お話には伺っておりましたが、一度、御領地をじっくりと見て回りたいですわ。」
「ありがたいお言葉です。侯爵様のお嬢様がお運びになれば領民たちも喜びましょう。」
そんな言葉を交わしながら、城の周りを一回りしたヒルデガルトたちは城の建物の中へと歩を進めた。
城内は長期間の籠城戦にも耐えられるよう、保存が効く食料を備蓄する大きな倉庫や数本の井戸、武器や防具の製作や修理を行える工房、診療所など一通りの設備が備えられており、1年程度であれば立て籠ることができるようになっていた。
今回はその防御力をさらに向上させるため、城壁と堀の増設と城壁内の設備の追加が行われるとともに、ヒルデガルトが居住するための建物が新たに建設されることとなっている。
「まだ完成には時間がかかります故、子爵閣下にお住まいいただくのは先のこととなりますが、領民一同、良い城となるよう力を尽くしております。」
「皆さんがこんなに頑張ってくださっているんですもの、きっと素晴らしいお城になりますわ!」
初めて自身の城を見て興奮したのだろう、赤く上気した頬に笑みを輝かせてヒルデガルトは城の中に視線を巡らせた。
今回もお付き合いくださり、ありがとうございました。
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