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龍宿りし乙女  作者: 村井喜久
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書庫 その1

いつもありがとうございます。

これからも読んでいただけたら嬉しいです。

聖フリューゲルの日の翌朝、アルテンシュタット辺境伯爵家の面々が朝食のテーブルを囲んでいる。王都と領地を往き来するヨーゼフにとって、大切な家族団欒の時間だ。


「お父様、王宮内の書庫に連れていっていただけますでしょうか?」ヒルデガルトは朝食の手を止めて、おずおずと父ヨーゼフに尋ねた。

「書庫?我が家の書斎にある蔵書では調べられないことがあるのかい?」ヨーゼフは愛娘に優しい眼差しを向けながら穏やかに聞き返す。


「はい。実は昨日、不思議な夢を見たので、それがどういう意味を持つか調べたいのです。」

「ふむ、夢見か。確かにその手の書物はこの屋敷の蔵書には無いな。だが、夢の意味を知りたいのであれば、書物よりも聖堂の神官に夢判断をしてもらった方が良いのではないか?」

「それも考えたのですが、あまりにも荒唐無稽な夢でしたので、まずは書物で調べてみたいと思っておりますの。」荒唐無稽と言う時にヒルデガルトは少し恥ずかしそうに目を伏せた。


「あなた、王宮の書庫には魔術や夢判断の書物も揃っていますから、ヒルデガルトを連れていってあげてくださいな。」母クリスティーネが娘に助け舟を出した。

「私も王宮に住んでいた頃は書庫にはよく参りましたわ。神官に夢判断をしてもらうのは、やっぱり心の中を覗かれるようで恥ずかしいですし。」夢見がちだった頃を思い出して、クリスティーネは少し顔を赤らめた。今のしっかりとした母親の姿からは想像しにくいが、彼女にもそういう年頃があったのだ。


「お父様、連れていっていただけないでしょうか?」ヒルデガルトがヨーゼフの瞳をまっすぐと見つめて、改めてお願いした。

キラキラと輝く愛娘の薄い水色の瞳に見つめられて、ヨーゼフはその瞳を曇らせたくないとの想いに囚われた。

「そうだな。父にも話せぬことを赤の他人の神官に聞かせることもあるまい。だが、お前はまだ社交界へのお披露目もまだ済んでいない身。くれぐれも変な虫が寄ってこないように気を付けるのだよ。」

ヨーゼフが『変な虫』を強調して釘を刺すのを忘れないのを見て、クリスティーネはくすりと微笑んだ。


**********


王宮の書庫は、王城「北の華」の北側の一、二階と地下一階の一角を占める立派なもので、600年前の建国当時から集められた歴史や技術、魔術、文芸に至る様々な本で埋め尽くされている。また、限られた者しか入れない禁書庫は幾重にも物理的な施錠と魔術的な結界が施され、王族であっても許可がなければ入室できない仕組みになっている。

書庫は文務卿の管轄下にあり、書庫長はもちろん三人いる司書も騎士爵以上の称号を有する格式の高さを誇っている。

現在の書庫長はミヒャエル・フォン・ヴァルトブルク子爵。60歳を過ぎ、白髪混じりの髪が少し寂しくなった老人で、書庫の奥に設けられた書庫長室でぼーっとしていることも多く、昼行灯と呼ばれているが、本好きの一部の者からは生き字引とも呼ばれている。


「これはアルテンシュタット辺境伯、かび臭い書庫に足を運ばれるとはお珍しい。今日は何をお探しですかな?」読みかけていた本を閉じ、ヴァルトブルク子爵は上目使いにヨーゼフをぎろりと見やった。

「ミヒャエル殿、そのように畏まらずとも良い。この部屋はあなたの城であり、あなたが主なのだから。」

「いやいや、そうおっしゃられても、やはり秩序は大切だて。」そう言いながら、ヴァルトブルク子爵はヨーゼフの背後に縮こまっているヒルデガルトに視線を向けた。

「そちらの可愛らしいお嬢さんは御息女ですかな?」

「娘のヒルデガルトだ。ヒルデガルト、書庫長殿に御挨拶を。」

「ヒルデガルト・フォン・アルテンシュタットでございます。ヴァルトブルク子爵様には初めてお目にかかります。」柔らかな声で名乗り、ヒルデガルトはスカートを摘まんで膝を折り、正式な挨拶を行った。


「これはご丁寧に痛み入る。わしはミヒャエル・フォン・ヴァルトブルク。長らくこちらの書庫の管理を任されておる。昼行灯と呼ぶ者もおるが、まあ、本の虫といったところかの。」孫を見るように目を細めながらヒルデガルトに語りかけた。


「それにしても、ヨーゼフ殿にこんな美しい御息女がおられるとは。武をもって鳴る辺境伯家にも花が咲いたということかな。」

「今日、こちらに来たのはほかでもない。娘が書庫で調べ物をしたいと申したので、少し書物を見せてもらえるとありがたい。」

「ほほう、アルテンシュタット家の蔵書はこの王宮を超えると聞いていたが、お役に立てますかな?」

「いや、王宮には敵うまいよ。それに娘は領地には行ったことがないのでな。」

「それは失礼した。それにしても辺境伯は不便なものですな。ふふっ。」言外に人質を出すのは厳しいものだと匂わせながらヴァルトブルク子爵は含み笑いをした。


「それで、書庫の生き字引殿にお願いがあるのだが、司書も含め、図書室に来る悪い虫から娘を守ってほしいのだ。」真面目な表情でヨーゼフが言うのを聞いて、書庫長は目尻を下げた。

「それくらいなら、お安いご用だて。書庫内は隅から隅までわしの監視の『目』が張り巡らされておるからの。それにしてもあのヨーゼフ殿がここまで心配症とは知らなんだ。」くつくつとヴァルトブルク子爵が笑うと、図星を指されたヨーゼフは一瞬絶句したが、軽く咳払いをして、改めてヴァルトブルク子爵に頭を下げた。

「娘をよろしく頼む。」



今回もお付き合いくださり、ありがとうございました。

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