アルテンシュタット その2
時は巡り、春の訪れを告げる聖フリューゲルの日がやってきた。
一年前のこの日、ヒルデガルトは城壁の外に遊びに行き、白銀の古龍エオストレと出会ったことで運命の輪が回り始めた。
今年は、ヒルデガルトも貴族家の当主となったということで王城での祝賀に参列し、国王からの言葉を聞いていた。最前列にいる父のアルテンシュタット侯爵と違い、新興の子爵ということで、貴族のほぼ最後列に並んでおり、周りは親の第二爵位を与えられた若い貴族や功績により爵位を与えられた軍人や学者、財を成して一代貴族に列せられた豪商が多い。
王国の伝統として、貴族の地位は長男子が優先して受け継ぐことから女性が爵位を持つことは珍しく、王国の全ての貴族が参列する今日の式典の場でも女性はヒルデガルトを含め4人しかおらず、そのうち2人は芸術の分野と学問の分野でそれぞれ功績が認められた一代貴族の女男爵だった。
爵位持ちの貴族の後ろには爵位を持たない文官の高官、近衛騎士団の団長をはじめとする騎士団や魔道士団の団長などの高級軍人が並んでおり、そこには家を継げなかった貴族家の次男や三男、令嬢だけでなく、功績を上げたり武勲を立てた平民もいる。
貴族の列に比べれば女性も多く含まれていたが、女男爵たちも含めて、いずれもヒルデガルトの父ヨーゼフと同年代であり、昨秋にお披露目を済ませたばかりのヒルデガルトは周囲から浮いた存在で、周りから好奇の目で見られていた。
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式典が終わると、ヒルデガルトは侍従に取次を頼み、摂政たる王太后に目通りを願った。父の領地アルテンシュタットで改築を進めている自身の居城に向かう挨拶をするためである。
春の祝祭の後、領地に戻る貴族は多いが、さすがに祝祭の当日や翌日に王都を離れる者は少なく、ヒルデガルトはすぐに王太后の執務室に呼び込まれた。
「ノルトキルヒェン子爵には春の祝賀への出席、大儀でした。」
「王太后陛下におかれましてはご機嫌麗しく、恐悦至極に存じ上げます。」
執務室のソファに腰を掛けたまま声を掛けてきた王太后に対し、ヒルデガルトは深く膝を折り、淑女の礼を獲る。
「ふふっ、今日はめでたい祝祭です。堅苦しい挨拶はこれくらいにして、ヒルデガルトもこちらに座りなさい。」王太后は春の祝いで機嫌が良いのか、微笑みながらヒルデガルトを席に招いた。
ヒルデガルトもそこは変な遠慮をせず、失礼しますと言いながら、王太后の前の席に着く。
「アルテンシュタットに下るそうですね。ヨーゼフ殿も一緒ですか?」
「父はまだ軍の用務が残っていると伺っておりますので、私だけ先に参ります。」
「そうですか。レオンハルトもヒルデガルトも王都を離れるのですね。ヨーゼフ殿も領地に帰ってしまったらクリスティーネが寂しくなりますね。」
「はい。ただ、母は新婚気分と独身気分を味わえるのを楽しみにしていらっしゃいます。」
「まあ、クリスティーネは・・・あまり羽目を外さないよう釘を刺しておかないと。」
娘であるクリスティーネのことを聞き、王太后は苦笑する。お転婆と言うほどではないが、独身時代には度々王宮を脱け出しては街に遊びに行っていた娘の姿を思い浮かべていたのだろう。
「母も若い頃はそうだったのですね。」普段、躾にうるさいクリスティーネの若い頃の話にヒルデガルトが目を輝かせる。
「そうなのよ。誰に似たのか・・・でもね、ヒルデガルト、誰かみたいに北の霊峰まで行ったりはしませんでしたよ。」
「・・・その節は大変ご心配をお掛けしました・・・」
祖母のからかうような指摘にヒルデガルトは言葉に詰まり、頬を赤らめる。
「アルテンシュタットへはいつ発つつもり?」
「明後日の朝には出立するつもりです。父にはそんなに慌てなくても一緒に行けば良いと言われたのですけど。」
「そうねぇ。ヒルデガルト、貴方ももうお披露目を済ませた一人前の大人で、しかも貴族家の当主。親離れするには良い時期かも知れないわねぇ。」
「アルテンシュタットでは、メルツィヒ砦を増改築して居城にすると聞きました。他の砦に比べて平穏との報告が上がってきていますが、くれぐれも油断せぬよう。あなたが城の主なのですから。」
そう言って表情を改めた王太后に、ヒルデガルト立ち上がり、膝を折って深く頭を下げた。




