宴の後
王太后がファーレンハイト子爵家の祝宴に足を運んだことは、シュタイン王国の貴族社会に少なからず波紋を広げた。
これまでの歴史で王族が子爵家や男爵家の祝宴に臨席した例は数えるほどしかなく、それも公爵家や侯爵家の次男、三男が当主となっている家だけであった。
今回、ファーレンハイト子爵家のように始祖から代々子爵以上の爵位を持ったことが無い家の祝宴に臨席したことで、王太后がファーレンハイト子爵の陞爵を画策しているのではないか、そのために反王統派と目される貴族を取り潰すつもりではないか、といった不穏な噂さえ流れた。リンツ侯爵家を取り潰し、第二王女の嫁ぎ先であるアルテンシュタット辺境伯を侯爵に陞爵させ、領地まで引き継がせたのだから、貴族たちが疑心暗鬼になるのも無理はない。
他方、王太后が孫に当たるノルトキルヒェン子爵ヒルデガルトが身に着けていた首飾りをべた褒めしていた話が広まり、貴族家の夫人や令嬢が改めて見てみたいと言い出し、ヒルデガルトを祝宴に招待する者が増えてきた。
ヒルデガルトのお披露目の際にその首飾りを見ていた者も多いのだが、その際には簡素な水晶の首飾りとしか思っておらず、何で侯爵家の令嬢がお披露目の晴れの日にこんな質素な物を、と怪訝に思ってさえいたのだから皮肉なものである。
当のヒルデガルトは、ただ自分が初めて自身の力で得た物、初めての冒険の旅の想い出の品として大切にしているので、質素とか華やかさが無いといった点は全く気にしておらず、逆に簡素ですっきりした意匠が気に入っている。
これまでにこの首飾りの価値を理解できたのは、家族を除けば王太后とロストック魔導卿だけである。ヒルデガルトの母クリスティーネが国王に古龍の鱗や爪を献上した際にその場にいた高位貴族なら少なくとも髪留めが龍鱗であることに気付きそうなものだが、王国の至宝とさえ言われる龍鱗が、いくら侯爵令嬢とはいえうら若い乙女の髪留めになっているなど想像の埒外なのだろう。ましてや古龍の瞳が人の手に入るなど伝説や神話の中でさえ語られたことがないのだから、気が付かないのも無理はない。
王国の最高権力者である王太后が絶賛した品、そのことが貴族たちにとっては重要なのであった。
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新たな貴族家を立ち上げたとはいえ、まだお披露目を済ませたばかりのうら若いヒルデガルトの王都での住まいは、当然、父であるアルテンシュタット侯爵の屋敷である。
ヒルデガルトがファーレンハイト子爵家の祝宴に参加した後、娘宛に祝宴の招待状が次々と届くようになり、またそこかしこから舞い込む縁談話に父であるヨーゼフの顔が日に日に険しくなっていった。
自身の庇護下にあるただの貴族令嬢であれば、招待状も縁談話も自ら握り潰せば良かったのだが、領地を持たぬとはいえ貴族家の当主となったヒルデガルト宛の話を独断で握り潰すのは流石に憚られる。
「ヒルデガルト。お前宛に沢山の招待状が届いているが、どの招待にも須く足を運ばねばならないわけではない。お前自身が繋がりを持ちたい相手が主催していたり、招待されているもの、有力な貴族で招待を受けておいた方が波風が立たないものを選ぶとい良い。それ以外にも社交界の中で話題になっているものが見られる祝宴や披露の場にも出向くと良いが・・・今はお前自身が話のネタになっているようだな・・・」
「私が話のネタ、ですか?」不思議そうな顔でヒルデガルトが尋ねると、ヨーゼフは表情を改めて言葉を繋いだ。
「そうだ。先日のファーレンハイト子爵家の祝宴でお前が着けていた首飾りを王太后陛下が大層誉められただろう?それを聞いた貴族たちがその首飾りを見たい、さらにはどうやって手に入れたのか、入手先を聞き出したいということだろう。」
「しかし、お父様。白銀の古龍アデルハイトの肉体はもはや喪われてしまい、それは叶いませんわ。」
「何!伝説の古龍が・・・いや、しかし、確かに龍瞳の欠片など手に入ったということはそういうことなのだろう。」
ヒルデガルトの言葉に衝撃を受けながらも状況を理解したヨーゼフは愛娘の顔を改めて正面から見つめた。
「ヒルデガルト、お前が言ったことが真実なら、その首飾りは王国はおろか大陸のどこを探しても二つと同じ物が無いということになる。神の賜物と言っても良い。それを何としても手に入れたいと思う者も出てくるだろう。最悪の場合、暴力的な手段に訴えてお前からその首飾りを奪おうとする輩が現れるかもしれん。」
ヨーゼフは腕組みをして天を仰ぐように視線を上げる。
「暴力的な手段、ですか?」怯えたように眉を曇らせ、沈んだ声でヒルデガルトが繰り返した。
「護衛も付けるが、屋敷の外に出るときはくれぐれも気を付けるのだよ。」
「はい、お父様。」
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「はぁ、どうしようかしら。」自室に戻ったヒルデガルトは寝台に腰を掛けて、溜め息をついた。これまで露骨な悪意に曝されたこともなく、父の警告もまだそれほど実感があるわけではないが、やはり怖いものは怖い。
北の霊峰に登った際に飛竜や死霊を退けてきたものの、それはデルマという経験豊かな先達が一緒にいたからこそできたことであり、何より人間そのものを相手にしたわけではなかった。
「ヒルダ、溜め息なんかついて、どうしたの?」
ヒルデガルトが一人になると耳許で囁き掛けてくるのがエオストレだ。
「エオストレ・・・あなたに頂いたアデルハイトの瞳や鱗で作った飾りを着けていったために悪い人に狙われるかも、とお父様に注意されてしまって・・・初めての旅で、自分の力で手に入れた物だったから嬉しくて。それは誤りだったのでしょうか?」
「人間にとっては貴重な物らしいからねぇ。でも、あなたは間違っていないわよ。悪いのは欲にまみれた悪党の方でしょ?」
「でも、私が飾りを着けていなければ、悪い心を起こすこともなかったかと思うと。」
「悪い奴らのために罪の無い者が我慢を強いられることは間違っているでしょ?」
「それはそうかもしれませんけれど。」
「あなたは自由よ。あなたの心のままに装い、振る舞う自由があるの。」
「でも、そうすることで怖い目に遭うのはイヤですわ。」
「大丈夫、大丈夫!あなたを傷つけられる人間なんて、そうそういないわ。飛び蜥蜴の群れや不死僧だってやっつけちゃうんだから。それに、あなたのおかげで力を取り戻せた私があなたのことを見守っているから。」
「エオストレ、ありがとうございます。少し気が楽になりましたわ。」
「悪い奴があなたに近付いてきたら、私が尻尾で叩き伏せて上げるから安心して。」
そう言って、エオストレがヒルデガルトの影から白銀に輝くしなやかな尾を振ると、ヒルデガルトもようやく安心した笑みをこぼした。
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