祖母と孫娘
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「ヨーゼフ殿やクリスティーネは指輪や首飾りを贈ってはくれないのですか?」
王太后は表情を改めて、ヒルデガルトの胸元に目をやったが、今日のヒルデガルトは首の半分の高さを覆うレース編みのチョーカーを着けただけで、それ以外にかろうじて装飾品といえるのは白銀に輝く髪留めくらいだろうか。しかし、白を基調としたシンプルな装いは、逆にヒルデガルトの清楚な美しさを引き立ててもいる。
「あなたくらいの年頃ならきれいな宝石や細工物で身を飾りたいでしょうに。それに貴族として己にふさわしい装いをすることも礼儀の一つですよ。」
祖母である王太后は王族の血を引く高位貴族の権威や力を示すためにも宝石などで身を飾ることも必要だとの思いを言外に滲ませる。第二王女だったクリスティーネには誕生日などの節目の贈り物やアルテンシュタット辺境伯に降嫁するに当たっての嫁入り道具として、その地位に相応しい宝石や細工物を与えてきたが、それらの品を娘であるヒルデガルトに引き継いでいないのだろうか。
「お心遣い痛み入ります。両親からは折に触れて宝石などを頂いておりますが、お披露目を済ませたばかりの未熟な私には過ぎた物にございます。」
「いいえ、それは違いますよ、ヒルデガルト。あなたは国王陛下の従姉であり、王国でも指折りの貴族の娘。それ相応の物を身に着けなければ、他の貴族家や家臣、領民から侮りを受けますよ。・・・ヨーゼフ殿も質実剛健も良いですが、女には女の闘いがあることを理解せねば・・・」
王太后は謙遜する孫に教え諭すように言いつつも、最後にはヨーゼフに対してぶつぶつと苦言を呈した。
「ところで、お披露目の際には面白い品を身に着けていたようですね?」王太后が話題を切り替え、興味深げな目でヒルデガルトを見つめた。ヒルデガルトを独りだけでわざわざ執務室に呼び出したのは、これを聞きたかったということだろう。
「お耳汚しなお話をお聞かせして畏れ入ります。」
「耳汚しなものですか!国王陛下に献上した品以外にも古龍の素材を手に入れていたとは、我が孫ながら天晴れです。」
恐縮するヒルデガルトを前に、王太后の声が少し高くなる。
「お披露目の席でハルシュタット公や他の貴族たちは目にしたのでしょう?彼らのうち何人がその価値に気付いたかは分かりませんが。ぜひ、その素晴らしい品をこの祖母にも見せてほしいものです。」王国の至宝に匹敵するであろう品への興味に、王太后の口調が熱を帯びる。
「かしこまりました。」祖母の願いにヒルデガルトが髪を纏めていた髪留めを外すと、艶やかな髪が零れ落ち、白金色の光を煌めかせる。
「本日は髪留めしかございませんが、どうぞご覧くださいませ。」
そう言ってヒルデガルトが差し出した髪留めを王太后はそっとつまみ上げる。
「はぁ、王国の至宝である銀鱗の盾に劣らぬ力を感じます。それにしても伝説の古龍の鱗を髪留めにするとは豪気なこと!さすがは王国でも指折りの将であるヨーゼフ殿の息女ですね。」感嘆に震える指で髪留めを光にかざし、その白銀の輝きに目を細目ながら、王太后は溜め息にも似た声を上げた。
同時に、これまで人を羨ましいと思ったことの無かった王太后の中に初めて嫉妬にも似た思いがよぎる。
王国はおろか大陸中を探しても、伝説の古龍の龍鱗は王国の至宝である銀鱗の盾、先の国王陛下への献上品、そしてこの髪留めしかないのかと思うと自身の所有する数多の宝石の輝きも色褪せて見える。もし、この持ち主が血を分けた孫でなければ、それがたとえ娘婿のヨーゼフであっても奪いたくなったに違いない。
「まことに眼福でした。王国の王族、貴族の令嬢でこれほどの品を持つ者はいないでしょう。」髪留めを孫に返す王太后であるが、名残惜しそうに髪留めを目で追っている。
ヒルデガルトが後ろで束ねた白金色の絹糸のような髪を束ね、髪留めで纏め終えると、王太后は白銀の龍鱗の髪留めに触れた余韻に浸りながら、ヒルデガルトに声を掛ける。
「髪留めでさえこれほど素晴らしいのであれば、首飾りは如何ほどでしょう。近いうちにぜひ首飾りも見せておくれ。」
「次にご尊顔を拝する栄を賜ることが叶いましたら、ご覧に入れたく存じます。」そう言ってヒルデガルトは頭を下げる。
その様子を見ながら、王太后は少し寂しげな顔をしたが、下を向くヒルデガルトには分かるはずもない。
「それから、ヒルデガルト。私があなたのことをヒルデガルトと呼ぶときは王太后と臣下ではなく、祖母と孫として話しておくれ。私とて肉親の情を捨てたわけではありませんよ。」
「畏れ多いことなれど、王太后陛下の思し召しのままに。」
深々と片膝を折り、腰を落として頭を深く下げる最高の淑女の礼を執るヒルデガルトに、王太后は王族と臣下の壁を感じ、心の中で溜め息をついた。
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「ヒルダ、ずいぶん緊張してたわね?あなたのお祖母さんなんでしょ?」帰り道の馬車の中、独り座っているヒルデガルトの影から首をもたげたエオストレが耳許で囁いた。
「まぁ、エオストレ、ご覧になっていたのですね。ええ。お祖母様とはいえ、あくまでも王太后陛下。緊張しないはずがありませんわ。」
「でも、血を分けた家族よね?」
「私は一介の貴族の娘であって、国王陛下とその母后陛下の臣下の端を汚すに過ぎません。たとえ血を分けていようとも君臣の別ははっきりさせなければ国の乱れる元ですわ。」
「ふーん。身内なのに身分に縛られるなんて、人間って面倒くさいのねぇ。」エオストレは白銀の鱗に包まれた顎でヒルデガルトの右肩に軽く叩きながら呆れたように呟いた。
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ヒルデガルトが王太后に龍瞳の首飾りを見せる機会は思ったより早く訪れた。
ヒルデガルトが招待を受けているファーレンハイト子爵家の祝宴に急遽王太后が臨席することになったのだ。
祝宴の三日前に王宮からその旨を告げる使者が訪れると子爵家は上へ下への大騒ぎになった。
そもそも後継男子の成人の宴や令嬢のお披露目、当主の叙勲といった特別な祝い事でもなければ、子爵家の祝宴に侯爵以上の高位貴族が出席することはほとんど無い。それが今回は王族、それも王国の実質的な最高権力者である王太后が来るというのだ。これまでそうした高位の客を招いた経験もほとんど無く、ファーレンハイト子爵は青くなった。
娘のシャルロッテが王太后のお茶会に招かれるという光栄に与り、娘もそれをつつがなくこなしてきたので一安心していたところに今回の話である。爵位を持っているとはいえ、所詮は子爵。その邸宅に王太后が足を運ぶというのは非常な栄誉であり、喜ぶべきことではあるが、それも失敗することなく、王太后に気持ち良く過ごしてもらえればこそのこと。粗相があって機嫌を損ねてしまえば事態は暗転し、取り潰されないまでも今後冷遇されることは間違いないだろう。
貴族街区にあるファーレンハイト子爵邸はかろうじて一軒家ではあるものの庭などはなく、正面玄関が街路に直接面している上、邸内に入るとすぐに祝宴などを行う大広間となっている。正面玄関以外には厨房の勝手口があるだけで、王族や高位貴族を控えの間となる応接間に通すためには、大広間を横切らざるを得ない。
招待客の前を横切って王太后に控えの間に入ってもらうわけにもいかず、かといって他の客が大広間に入る前にあらかじめ王太后が来るはずもない。
控えの間に通すこと無く、玄関から入ってくる王太后を招待客とともに迎え入れることが許されるのだろうか。
少し髪が薄くなった頭に手をやりながら、ファーレンハイト子爵は思い悩む。これまで、公爵が来賓として参加する某伯爵家の祝宴に顔を出したことはあるが、その時、主人の某伯爵はどんな風に公爵に応対していたか。自分には縁の無いことと考えて、適当に見ていたことが悔やまれる。王族と公爵はもちろん異なるが、それでも最高位の貴族のもてなし方は参考になっただろうに。
祝宴は明日の夕刻。ファーレンハイト子爵とその家族、使用人たちの不安と緊張、そして受け入れ準備はしばらく続きそうだった。
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