お披露目 その3
貴族家の当主やその配偶者に一通り挨拶し終わると、次は貴族の令息、令嬢との交流である。
貴族の子女のお披露目の目的の一つに、歳の近い貴族の子息やその親に成人したことを知らしめ、己にふさわしい配偶者を見つけることがあるのだ。
もちろん、お披露目の場の一度限りでどうこうすることはないが、こうして自らのことを貴族社会に知ってもらうことで縁談が舞い込んだり、あるいは舞踏会や祝宴に招かれるようになる。
父親がそうした話から娘を遠ざけており、関心も無いヒルデガルトや、外交官を志望しているエレオノーラは縁談に食指が動かないが、大半の貴族の子女やその親にとっては少しでも条件の良いパートナーを見つけることに躍起になって、火花を散らしている。
良縁を探す貴族の子弟にとって、侯爵の娘であり、自身も子爵位を持つ上、国王の従姉に当たるヒルデガルトは配偶者としては王族に匹敵する好条件である。
ヒルデガルトの周りには、同じくらいの年齢の貴族の子息はもちろん独身の30代、40代の無爵の次男、三男も集まった。閨閥や政略が複雑に絡み合う貴族社会にあって、多少の年齢差は問題にならない。子爵家や男爵家の令嬢であれば、年老いた高位貴族の後妻に入ることも珍しくないくらいだ。
無爵の貴族の子女同士が結婚すると、親の爵位にもよるが、一代貴族として男爵位を授かることもあるが、それは所詮一代限りのもの。歴とした子爵家の当主であるヒルデガルトに婿入りできれば子や孫の代まで爵位貴族となるのだから、その差はあまりにも大きい。
「ぜひ、今度、我が家の舞踏会に。」「妹のお披露目があるのでぜひ出席を。」「父の領地の特産の果物をお届けしますね。」「国王陛下から城を持つお許しを頂いたと伺いました。我が領地に優秀な築城家がおりますので、今度ご紹介しましょう。」「素敵な首飾りですね。」「古龍の鱗を国王陛下に献上されたとか?」
自家のパーティに誘ってくる者、援助や贈り物を申し出る者、質問する者、みんな何とかヒルデガルトの関心を引いたり、話をするきっかけを作ろうと声を掛けてくる。
ヒルデガルトはにこやかに微笑みながら、感謝の意を表したり、当たり障りの無い答えを返しながら、一人一人に挨拶をして回る。いくら今日初めて社交界に出たばかりとはいえ、大貴族の娘である。礼を失したり、変な言質を取られるようなことはない。
貴族の令息たちに挨拶が終わると次は令嬢たちだ。
これから舞踏会やお茶会、その他様々な場面で鎬を削るであろうヒルデガルトに対して、表面上は友好的に声を掛けてくるが、家柄といい、美貌といい、強力過ぎるライバルの登場に戦々恐々としている。
令嬢たちはここぞとばかりに華やかに着飾り、親から与えられた高価な宝石も着けて完全武装といったところだ。それに比べ、ヒルデガルトはお披露目のための純白のドレスに長手袋。着けている装飾品も白銀のシンプルな髪飾りに、透明な珠の首飾りということで、令嬢たちに囲まれるととても目立つ。
しかしシンプルな装いで、完全武装の令嬢たちに囲まれたことで、周りから見ていた貴族家の当主たちや子息たちは改めてヒルデガルトの美しさに目を奪われていた。
「ヒルデガルト様。今度私のお茶会にいらしてくださいな。」
「素敵な髪飾りですわね。どちらで造られたのかしら?」
「そちらの首飾りは何の宝石ですの?」
「ダンスはお得意かしら?」
「城壁の外にとても素敵な泉がありますの。ぜひご一緒しましょう。」
味方か敵かまだ判断がつかない中、令嬢たちはヒルデガルトに話し掛け、様子を伺う。
ミュールハイム侯爵家のエレオノーラ以外にあまり交流が無かったヒルデガルトは少し戸惑いながらも同性の友人ができる期待に笑顔で受け答えをしていた。
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貴族の令息、令嬢とヒルデガルトのやり取りを心配げに見守っていたヨーゼフは、娘が思ったより上手く彼らをあしらっているのを見て、少し安堵した様子で庭園へと下りていった。
「これはこれは、侯爵閣下。このたびの陞爵おめでとうございます。」
「こ、このたびは、お、お招きにあずかり、に恐悦に存じます。」
「お、お初にお目にかかります。わ、わたくし、鍛冶屋のシュミットと申します。こ、このたびはまことに、お、おめでとうございます。」
庭園に集まった商人や職人たちには、こうした場に慣れていない者もあり、緊張に声を上ずらせながら挨拶をしている。
「こちらこそ、お目にかかれて良かった。ぜひ、これからも良い品を造ってください。」
そう言いながら、職人たちと握手を交わし、商人たちとは自領の特産物の相場や王都での売れ筋の商品の話をして回るヨーゼフ。
「デルマ師。ようこそお出でくださいました。」
庭園の片隅で料理と酒に舌鼓を打っていたデルマを目敏く見つけて、ヨーゼフが声を掛けた。
「これはヒルダのお父はま。こんな格好で失礼しまふ。」フォークに刺した肉にかぶりついたまま、デルマが挨拶する。
「いやいや、こちらこそ娘がお世話になりました。その余慶に私も与ることになって、改めてお礼申し上げる。」
「それを言うなら私もヒルダのおかげで貴重な素材を手に入れられたので礼には及びませんよ。」
「ほぅ。」
デルマの言葉にヨーゼフの目が細められた。
「デルマ師もあれらの品々を手に入れられたか。」
「まあね。あんな素材を扱えるなんて、薬師冥利に尽きますわ。」
白銀の古龍の牙や爪、鱗に皮革を思い浮かべてうっとりたした表情になるデルマに、ヨーゼフは苦笑した。
仕事馬鹿というか、道を極めようとする者はこうも富や名声に無頓着なのか。龍鱗の一枚でも売れば、莫大な富が手に入るだろうに、目の前の薬師は貴重な研究材料が手に入り、それを心ゆくまで調べられる喜びの方がはるかに勝っているようだ。
「そういえば、ヒルダが今度子爵になったとか。やっぱり『あれ』のおかげですか?」
「そうですな。それどころか、私まで陞爵の栄に浴することになって。『あれ』の威力は伊達ではないということでしょうな。」
「そっかあ。やっぱりヒルダは『あれ』を王室に献上したのね。貴重な物だけど、王宮の宝物庫に眠らせておくには勿体無いと思うけど。」
「ほう。では、デルマ師は『あれ』をどのように使われるおつもりか?」
「そうねえ。『あれ』を使ってどんな霊薬が創り出せるか、まだこれから研究するところだけど、きっと人々の役立つ物を創り出してみせるわ。」
「そうですか。ならば、その偉業が達成されるよう当家が支援させていただこう。」
「ありがとうございます。でも謹んで辞退させていただくわ。一貴族家に独占させるような物ではないし、何より私自身が縛られたくないから。」
にっこりと笑いながら大貴族の申し出を即座に断るところが、デルマのデルマたる所以かもしれない。頼るのは自身の能力のみ。
「いや、デルマ師を縛るつもりは無いし、成果を独占するつもりもない。研究のための資金の提供だけさせてもらうつもりだ。」
「それだと侯爵家には何の利益ももたらさないけど?」
「民に恩恵がもたらされるのであれば、それで良い。」
「ふーん。まあ、本業が順調で資金の心配は無いからお心だけ頂くわ。でもヒルダのお父様がまともな為政者で良かったわ。」
大貴族の後ろ楯や資金提供といった、普通の職人や薬師が喉から手が出るほど欲しがるものをデルマがあっさりと断ると、ヨーゼフはそれ以上固執はせず、楽しんでいくよう声を掛けて、次の招待客へと移っていった。




