お披露目 その2
「ノルトキルヒェン子爵、此度の叙爵、本当にめでたい。父君、母君も喜んでおられよう。」
「お祝いのお言葉を賜り、ありがたく存じます、ハルシュタット公爵閣下。」
「うむ。それにしても、あの小さかったヒルデガルトの嬢ちゃんが子爵とはのぉ。いずれ王太后陛下からもお召しがあろう。」
初々しい姪孫の淑女の礼にハルシュタット公は目を細める。
単なる成人のお披露目であれば、貴族の跡取り息子や歳の近い令嬢たちの挨拶を受けるところだが、子爵家の当主となったことから、各貴族家の当主に挨拶をしなければならない。
ヒルデガルトは、最初に国王の特使として出席している伯祖父のハルシュタット公に挨拶をした後、ロートリンゲン公爵夫妻、ヴォルフスハーフェン公爵夫妻に挨拶し、続いて各侯爵に挨拶して廻った。
「おめでとう、ヒルダ!それにしてもヒルダが子爵家の当主かぁ。」
ミュールハイム侯に挨拶に行くと、父親と一緒に参加していたエレオノーラが感慨深げに話しかけてきた。
「私の方が外交で実績を挙げて先に叙爵される予定だったけど、先を越されちゃったわね。」
「エレオノーラなら外交官になるという夢をきっと叶えられます。それに子爵といっても領地も持たずにお父様のご厄介になるだけですもの、何も変わりませんわ。」
「何を言ってるの?爵位貴族ともなれば、私たちみたいな単なる貴族家の娘とは違って、貴族家当主としての付き合いも出てきて大変よ。お茶会や舞踏会にだけに出ていれば済むというものではなくってよ。」
「まあ、そうですの?あまり考えていませんでしたわ。でも、右も左も分からない身でどこまで務まるか・・・不安ですわ・・・」
右手を頬に当てながら小首を傾げ、ヒルデガルトが不安そうに眉を曇らせた。
「まあ、アルテンシュタットのおじ様や私のお父様も手を差し伸べてくださるから、きっと何とかなるわよ。ねっ、お父様。」
「え、あぁ。」
娘同士で話しているのを横で聞いていたミュールハイム侯ヴィリバルトは、娘のエレオノーラから突然話を振られ、一瞬言葉に詰まった。
「私は早くに父を亡くし、後ろ楯も無いまま若くして王宮に出仕する道を選びました。アルテンシュタット嬢、いや失礼、ノルトキルヒェン子爵はお父上もご健在であるし、ゆっくりとご自身の進むべき道を選ばれると良いでしょう。」
エレオノーレからの振りには言質を与えず、ごく穏やかにヒルデガルトとその父親に球を投げ返したのは、やはり経験の差であろう。
いくら娘と仲が良いとはいえ、後ろ楯や派閥といったデリケートな話は軽々しく口にするものではない。ましてや相手は侯爵と辺境伯爵の爵位と領地を併せ持つ有力貴族を父に持ち、さらに国王の従姉に当たる爵位貴族だ。
ヴィリバルトとしては、ヒルデガルトの父アルテンシュタット侯に対抗するつもりはさらさら無いが、かと言って手を握るつもりもない。王太后の兄ハルシュタット公、アルテンシュタット侯、さらに侯爵である自分が加わって王統派が形成される、あるいは他の貴族たちから、そう見られることは国が乱れる火種になりかねない。
「ご助言ありがたく存じます、ミュールハイム侯爵様。」
ヴィリバルトの思惑に気付くこともなく、ヒルデガルトは素直に礼を述べる。
「道を選ぶ、ねぇ。私は外交官一択だけど、ヒルダはどんな道を選ぶのかしら?」自分から話を振っておきながら、父から何も言質を取れなかったことに気付かないエレオノーラも権謀術数が渦巻く外交の世界に入るにはまだ修行が足りなさそうだ。
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「ノルトキルヒェン子爵。子爵はいかほどの古龍の素材をお持ちか?」温かみを感じさせない無機質な視線と抑揚が無く感情を感じさせない口調でロストック辺境伯がヒルデガルトに声を掛けてきた。
「これは、ロストック魔導卿閣下。このたび子爵位を賜りましたヒルデガルト・ツー・ノルトキルヒェンにございます。以後、お見知りおきくださいませ。」
そう述べて、にこやかに淑女の礼を執るヒルデガルトに、極めて儀礼的に右拳を左肩に当てる貴族の礼を執り、ロストック辺境伯は言葉を続けた。
「子爵が国王陛下に献上された古龍の素材は王国の至宝に匹敵する素晴らしい品であったが、今、身に着けておられる髪飾りや首飾りもそれに勝るとも劣らぬ物のようだ。」
見極めるように胸元に注がれる視線に、ヒルデガルトは思わず顔を赤らめる。ロストック辺境伯が見つめているのは首飾りだと分かっていても、やはり意識してしまう。
「あの、あまり見つめられると恥ずかしいですわ。」
朱に染まる頬に軽く手を添えて照れるヒルデガルトには取り合わず、ロストック辺境伯は遠慮の無い視線を髪飾りにも向ける。
「髪飾りは国王陛下に献上された古龍の鱗と同じ物のようだが・・・」
周りから見れば、上位者の辺境伯が新米子爵を品定めしているかのようだが、ロストック辺境伯はヒルデガルトの美しさなど歯牙にもかけず、ひたすら髪飾りと首飾りを見つめている。
「失礼だが、そちらの首飾りを見せてもらえまいか。」
そう言い終わらない内に、ロストック辺境伯はヒルデガルトの胸元に手を伸ばした。
「あ、あの・・・」
言葉に詰まりながら両腕で胸元を隠すように抱えて俯くヒルデガルト。
「魔導卿閣下、子爵が怯えておられますぞ。」
ロストック辺境伯の手がヒルデガルトに触れる寸前、横からその手首が掴み止められる。
「「ユリウス猊下!」」
ヒルデガルトとロストック卿が同時に振り向いた先には大神官ユリウスの姿があった。
「魔導卿閣下。いくらその首飾りに興味がおありでも、うら若き乙女に向かって手を伸ばされるのは不躾と言うもの。」
「ああ、これは失礼を。」
大神官に指摘されて、ロストック辺境伯は初めて気付いたかのように手を引っ込める。ほんのごくわずかだが声が震えたのは、珍しく少し動揺があったのだろう。
「いえ、私こそご無礼を・・・失礼いたします。」
一方で動揺を隠せないヒルデガルトは詫びの言葉もそこそこに、しかしそれでも丁寧な淑女の礼をして、魔導卿の前から辞した。
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(はぁ、びっくりしましたわ。ロストック卿さまが突然胸元に手を伸ばしてきて・・・エオストレがお披露目の場に出られないから、せめてアデルハイトの形見を使った物を身に着けていたら、あんなにも興味を持たれて。やはり魔導卿ともなれば、一目見ただけでこれらが何からできているか分かるのかしら?)
大広間から少し離れた、中庭に面した廊下でヒルデガルトは独り息を整えていた。
「くすくす。ヒルダの心遣いは嬉しいけど、せっかくだから私のことも皆に披露しようかしら。」
心を落ち着かせようとしてしているヒルデガルトの耳許で、悪戯っぽい笑い声が響いた。
「え、エオストレ?」
白銀の古龍の声にヒルデガルトが振り返ると、そこには彼女の影から首をもたげたエオストレの顔があった。
「ヒルダの晴れの日に『妹』の私が同席できないなんて、寂しいじゃない?」
「いけませんわ、エオストレ!あなたが姿をお見せになったら、皆さん驚いて逃げ出してしまいますわ。」
「でも、そうすれば、さっきあなたの胸に触ろうとした無礼な男にも一泡吹かせられるかもよ。」
「それは・・・」
エオストレの悪戯の提案に一瞬、先ほど何もできず怯えるだけだった自身の姿が脳裏をよぎるヒルデガルトだったが、すぐに首を横に振った。
「だめだめ。そんな悪戯でお父様にご迷惑をおかけできませんわ。」
「ふふ、父親に迷惑がかからなかったら、悪戯しても良いってことね?」
「もう、エオストレったら。あんまりからかわないでくださいな。」
「でも、落ち着いたでしょ?さあ、頑張って無事にお披露目を終わらせてきてね。困ったことがあったら、いつでも呼んで。すぐに顔を出すから。」
「ありがとうございます。頑張ってきますわ!」
気を取り直したヒルデガルトは姿勢を伸ばして、大広間へと戻っていった。
今回もお付き合いくださり、ありがとうございました。
おかげさまで80回になりました。
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