お披露目 その1
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王都にあるアルテンシュタット辺境伯改め侯爵の屋敷では執事や侍女、使用人が5日前から慌ただしく祝宴の準備に走り回っていた。
当主であるヨーゼフの陞爵と娘であるヒルデガルトの叙爵の祝宴とヒルデガルトの社交界へのお披露目を併せて執り行うこととなったためである。
ヨーゼフとしては、ヒルデガルトのお披露目はもっと遅らせる、あるいは行わずに済ませたかったところであるが、子爵位を授かり、貴族に列せられることとなったため、成人した子爵家の当主として貴族社会に名乗りを上げることが求められる。
そうとなれば、娘の名折れとなるような粗末な式とすることはできない。何事につけ、質実剛健、簡素を旨としてきたアルテンシュタット家ではあるが、この時ばかりは王都の屋敷の執事を務めるオットーを筆頭に屋敷の使用人、さらには領地からも人を呼び寄せて、盛大に準備を進めていた。
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祝宴の当日、アルテンシュタット家の王都の屋敷の大広間だけでなく、広い庭園まで招待客で溢れ返っていた。
貴族だけでなく、豪商や有力な職人頭さらには魔導師や学者まで招待されているところが、ヨーゼフのヨーゼフたる所以であろう。
「ヨーゼフ殿、このたびの陞爵、改めてお祝い申し上げる。」
ロートリンゲン公をはじめとする上級貴族が次々と大広間の入口で招待客を迎えるヨーゼフに祝いの言葉を贈って中に入っていく。
(ほう。あのヨーゼフ・フォン・アルテンシュタットがここまで金を使うとは。)
これまで、軍人らしい簡素さで、それほど目を引かなかったアルテンシュタット家の祝宴だったが、今宵は違う。
贅を凝らした祝宴の設えやテーブルに並ぶ料理の数々を見て、ロートリンゲン公は感嘆した。
(ふん、あの吝嗇が張り込んだものよ。侯爵になったのが余程嬉しいと見える。)内務卿レムシャイト伯は装飾や料理を睨め付けながら、心の中で毒づいた。
毎年、贅沢極まりない宴を催し、内務卿としての権力と伯爵家の権勢を示すことに力を尽くしてきたレムシャイト伯としては自身のものより豪勢な祝宴に心穏やかではいられない。
一通り上級貴族たちを迎え入れると、ヨーゼフは庭園に下りていき、有力な商人や職人、学者たちに声を掛けて廻った。いかにヨーゼフとはいえ、上級貴族と下級貴族、平民を同じ大広間に入れることはしない。下級貴族や豪商、職人頭たちは庭園までだ。
ヨーゼフ自身にそこまでのこだわりは無くとも招待された上級貴族たちは違う。自分達が下級貴族はおろか平民と同列に扱われたと騒がれるのも煩わしい。
貴族家に出入りし、宴の手伝いをすることも多い豪商は別にして、貴族家の祝宴になどこれまで招かれたことが無かった職人頭や学者たちは緊張した面持ちでぎこちなくヨーゼフに頭を下げて祝いの言葉と招待への礼を述べる。
ヨーゼフが彼ら一人一人と言葉を交わし、握手をしていると執事のオットーが目立たないよう静かに近づいてきて、軽く耳打ちをする。
(お運びになったか。)心の中で呟くと、ヨーゼフは庭の招待客たちににこやかに挨拶をして屋敷の入口へと向かった。
ヨーゼフと妻のクリスティーネが屋敷の入口で立って間も無く、一台のきらびやかな馬車が到着した。
御者席に座っていた供の者が軽やかに馬車の横に下り、馬車の扉を開けると、中から出てきたのは王太后の兄ハルシュタット公だった。
「ようこそお越しくださいました。」
ヨーゼフは右の拳を左肩に当てる貴族の礼を、クリスティーネは右脚を後ろに引いて膝を折る淑女の礼でハルシュタット公を出迎えた。
「これはこれはヨーゼフ殿、それにクリスティーネ。堅苦しい挨拶はいらぬ、と言いたいところだが、今日はそうもいかぬ。何せ国王陛下の特使として参ったのでな。」
大貴族らしい鷹揚さでヨーゼフ夫妻の出迎えを受けると、クリスティーネの先導で三人は大広間へと向かった。
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ハルシュタット公を控えの間に通し、ヨーゼフとクリスティーネが大広間に戻って招待客に挨拶をして廻っていると、タイミングを見計らって執事のオットーが大広間の入口に立った。
「国王陛下御特使ハルシュタット公爵閣下、ご到着になられました。」
オットーの口上に大広間が静まり、貴族たちが大広間の入口に視線を向ける。
ゆっくりと扉が開かれると、金糸の房が付いた肩章や赤い絹の大綬と数々の勲章を佩用し、最大限の正装をしたハルシュタット公がゆっくりと歩を進めた。
広間の真ん中に立つヨーゼフ夫妻の前まで来ると、ゆったりと立ち止まり、それに合わせてヨーゼフたちが礼を執る。
「アルテンシュタット侯爵・辺境伯爵ヨーゼフ殿。国王陛下よりお祝いのお言葉を賜った。『アルテンシュタット家が侯爵として王国の重責を担うことはまことに喜ばしい。これからも王国の楯として忠義を尽くせ』との仰せである。」
「謹んでお受けいたします。」
儀式めいた、重々しいやり取りが終わると、ハルシュタット公は相好を崩し、ヨーゼフの肩に手を置いた。
「アルテンシュタット侯。まことにめでたい。心からお祝い申し上げますぞ。」
「ありがとうございます、ハルシュタット公。」
「クリスティーネも良かったのお。晴れて侯爵夫人だ。」
「ありがとうございます、ハルシュタットの伯父様。」
「うむうむ。」
姪に当たるクリスティーネに対しては身内故の砕けた口調になる。ヨーゼフとの結婚前は第二王女だったので、ハルシュタット公と言えど敬語を使わざるを得なかったが、降嫁した今では対等な貴族として話ができるようになったのだ。
それを合図に、一連の流れを見守っていた貴族たちも歓談を再開する。
その後、ヨーゼフが自らの陞爵について国王に礼を述べるとともに祝宴に参加してくれた貴族たちに感謝の意を表す挨拶をした後、本日のもう一人の主役ヒルデガルトのお披露目が始まった。
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「本日は我が娘ヒルデガルトの成人のお披露目にお越しくださり、感謝申し上げる。」
自身の陞爵の披露の際の謹厳な軍人としての顔ではなく、一人の娘の父親としての顔になり、ヨーゼフはヒルデガルトの紹介を続ける。
貴族令嬢としての紹介よりも新子爵としての紹介に力が入るのは、娘に変な虫を近寄らせたくないという男親の思いもあるのだろう。
「それでは、ヒルデガルト・フォン・アルテンシュタット・ツー・ノルトキルヒェン子爵をご紹介します。」
ヨーゼフがそう言うと、大広間の照明が少し落とされ、舞台袖に『点灯』の魔法による明かりが灯る。
透けるような薄い布が幾重にも重ねられた帳が開き、純白のロングドレスに肘まである長手袋の装いに身を包んだヒルデガルトが現れた。
普通の貴族令嬢は、髪に白い羽根飾りや長いベールを着け、手に白い花束を持つが、子爵家の当主となるヒルデガルトはそうした花嫁に準ずるような装いはせず、硬質な白銀の板状の物を繋いだ髪飾りを着け、手には貴族家の当主を象徴する黒檀の短杖を持っている。
宝石などの装飾品もほとんど着けておらず、透明な珠を5つ連ね、その両横に白銀に輝く牙状の飾りをあしらった簡素な首飾りを着けているだけだった。
(叙爵式の際はまだ幼さが残っていたように感じたが、こんな短期間でこうも雰囲気が変わるものか。)
凛としたヒルデガルトの美しさに叙爵式に列席した貴族たちは目を見張る。貴族家の当主としての立場が成人したばかりの娘に自覚と強さを与えたのだろうか。
親に連れられて祝宴に参加している貴族の子息や令嬢たちもヒルデガルトに目を奪われた。
お披露目ということもあり、白のシンプルな装いがヒルデガルト自身の魅力を損なうことなく、しっかりと引き出している。
逆にもし豪華な宝石などを身に着けていたとしても、そんな宝石さえ色褪せて見えたかもしれない。
美しいヒルデガルトの姿に貴族の跡取りである長男はもちろんのこと、何より家を継げない次男、三男たちが色めき立った。ここで好印象を残せば子爵家の当主の配偶者になれるかもしれないのだ。無爵のまま飼い殺しのような生活を送ることに比べれば、夢のような話だ。
「ヒルデガルト・フォン・アルテンシュタット・ツー・ノルトキルヒェンにございます。今宵、こうして皆様にお目にかかることができ、光栄に存じます。以後、よしなにお頼み申し上げます。」そう口上を述べて優雅に淑女の礼を執ったヒルデガルトの姿に大広間にいた貴族とその子どもたちは息を飲み、二呼吸ほどの間を置いて拍手が鳴り響いた。
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