叙爵式
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アルテンシュタット辺境伯爵令嬢が王国の禁を破り、王都を抜け出した事件から三月の時が流れ、山の木々が赤や黄色に染まる頃、シュタイン王国の王都ゴルトベルクでは、毎年恒例の叙爵式の日を迎えていた。
叙爵式とはいうものの、単に新たに爵位を与えられる者だけでなく、陞爵つまり現在よりも上位の爵位に上がる者、親の爵位を継ぐ者も含めて国王から爵位を認められる者が一堂に会することから、王国中の貴族だけでなく、外交使節として王都に滞在している他国の貴族も参列する、一年で最大の社交シーズンの始まりでもある。
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「アルテンシュタット辺境伯爵ヨーゼフ殿~」
謁見の間に呼び出しの侍従の声が高らかに響く。
立ち並ぶ貴族の中から白いマントの裾を翻しながらヨーゼフが進み出る。
黒を基調に金糸で貴族の位を、銀糸で軍の階級を示す記章が施された軍人の正装に身を包んだヨーゼフは周囲を圧倒する気迫を内に秘めながら、豪華絢爛な織りが見事な赤絨毯の上を玉座へと進む。
壇上から貴族たちを見下ろす玉座の下まで来たところでヨーゼフは立ち止まると、流れるような動作ですっと片膝を突き、頭を垂れる。
「アルテンシュタット辺境伯爵ヨーゼフ。此度の功績を讃えるとともに、王家への変わらぬ忠誠と貢献に報いるため、侯爵位とリンツの領地を与える。」
年端も行かぬ国王カール3世が覚えた台詞を棒読みすると、横に控えた侍従長が金色に輝く短剣を白絹の布の上に置いて幼王に差し出す。
カール3世は短剣を鞘ごと右手で掴み上げると自身の眼前に掲げてみせた。柄も鞘も金で装飾され、鞘の真ん中に大きな緑玉が嵌め込まれた豪奢な短剣である。
「アルテンシュタット辺境伯爵殿はこれへ。」
侍従長が声を掛けると、ヨーゼフはすらりと立ち上がり、ゆっくりと階段を上がり、玉座の一段下まで来ると一度直立不動の姿勢を取り、国王カール3世から恭しく両手で金色の短剣を受け取った。
「これからも王家の盾として忠勤に励めよ。」
棒読みの国王の言葉に深々と頭を下げた後、一歩ずつ階段を下りるヨーゼフ。ここで国王に背を向けることは許されないため、一歩ずつゆっくりと後ろ向きに下がっていく。
玉座の前の階段を降りきると、ようやく踵を返して元の場所よりも玉座に近い侯爵たちが並ぶ場所に戻った。
(侯爵位のみならずリンツの領地まで拝領するとは、第二王女の女婿とはいえ、贔屓が過ぎるのではないか。)
(辺境伯爵領と侯爵領、その広大さは公爵領にも匹敵する・・・)
(王国の至宝に匹敵する古龍の素材を献上したとの噂だが、眉唾物だ。王太后派の権勢を増すための口実ではないか。)
そんな声にならない反発の空気が貴族たちの間に漂う。
反王太后派だけでなく、中立の貴族たちでさえ、今回のヨーゼフの陞爵と領地の加増はバランスを欠いていると感じるくらい大きな権力を与えるものだ。
いつもであれば多少の妬みはあれどお祝いムードの漂う叙爵式が今回ばかりは些か刺々しい雰囲気のまま進んでいく。
高齢の貴族が引退し、爵位を継ぐ子息への叙爵が終わると、新たに爵位を授けられる者たちが呼ばれ始めた。
さすがに新たに授けられる爵位は子爵以下に限られ、軍功を上げた騎士、顕著な功績を残した魔導師や学者、多大な寄付を行った商人に爵位が授けられていく。
「ヒルデガルト・フォン・アルテンシュタット殿~」
侍従がヒルデガルトの名を呼んだ時、少し和やかになりかけていた謁見の間の空気が再び張りつめたものになった。
(なんと、父親の陞爵だけでなく、娘にまで爵位を与えるのか!)
(お披露目前の小娘に爵位だと!)
(王太后は何を考えておられるのか!)
そんな険しい視線がヒルデガルトに、そして父親であるヨーゼフに向けられた。
外の秋晴れの空のようなすっきりとした水色の光沢のある生地に、細かく編まれたレース飾りをあしらったドレスを着たヒルデガルトは最後列から歩み出て、ゆっくりと赤絨毯の上を進んでいく。
並み居る爵位貴族の視線に晒されても物怖じすること無く、凛として、しかも清楚なその姿に、それまで敵意を含んでいた視線に別のものが混じり始めた。
玉座の下でスカートの裾を摘まんで右足を後ろに下げて膝を折り、深々と頭を下げるヒルデガルト。
上級貴族の令嬢らしい優美な立ち居振舞いと、見る者を安心させる穏やかな表情に貴族たちの反感が少し削がれたようだ。
「ヒルデガルト・フォン・アルテンシュタット。子爵位を授ける。」
カール3世の言葉を受けて、ヒルデガルトは玉座の直下まで昇ると両手で押し戴くように簡素な短剣を受け取った。
「ノルトキルヒェン子爵を名乗るが良い。領地は与えぬがアルテンシュタットの領内に城を構えることを許す。」
幼い国王が美しい従姉を前に顔を赤らめながら、そう告げると、ヒルデガルトは深々と腰をかがめて淑女の礼を執り、長いスカートの裾を踏まないよう慎重に後ろ向きで階段を降りる。
階段を降りきったところで優雅に膝を折り、淑女の礼を執った後、ヒルデガルトは最初にいた最後列の場所に戻っていく。
子爵位を授かったとはいえ、まだ、御披露目前の身でもあり、いきなり古参の子爵たちがいる場所に並ぶのは尚早との配慮である。
しかし、最後列まで戻る間、ヒルデガルトは全ての貴族たちの視線を集めることになってしまった。
(父親の辺境伯は気に食わないが、この美しい娘なら我が息子の嫁にもらっても良い。)
(侯爵となったヨーゼフ殿と友誼を固める上でも何とか我が孫の嫁に迎えたい。)
(何と美しい。我が妻に迎えられればこれ以上の喜びはない。)
(爵位持ちの娘!うちの三男を婿入りさせられないか。)
(ほう、これが辺境伯が溺愛している娘か。いけ好かない父親に似ず可愛い娘だ。)
(下級貴族の娘なら愛人に囲いたいところだが、さすがに侯爵の娘となると無理か。)
(世間知らずの初心そうな娘だ。御披露目が終われば粉をかけてみるか。)
うら若い女子爵を値踏みする者、新侯爵家と縁戚関係を結ふ思惑を持つ者、美しい容姿に劣情を抱く者・・・
自らに向けられる様々な視線と思惑に、ヒルデガルトはこの場から逃げ出したい衝動に駆られたが、そんなことはおくびにも出さず、ただ優美に歩を進めていった。
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父親が辺境伯爵の称号を保持したまま侯爵へと陞爵し、その娘が子爵に叙されることは、貴族たちの間に、別の憶測を呼ぶものであった。
王家、特に実質的な最高権力者である王太后は、将来、孫の男児に侯爵家を継がせ、この美しい孫娘に辺境伯爵家を継がせるつもりではないか。
侯爵令嬢のままではなく、あえて爵位を授け、貴族の列に加えたのは、父親の侯爵が自らの思惑で他家と縁戚関係を結べないよう牽制するものではないか。
王太后が自ら使える手駒とするため、そのうち王宮に召し出されるのではないか。
ヒルデガルト自身はもちろん、新たに侯爵となった父ヨーゼフも王太后の思惑を掴みきれないまま、女子爵ヒルデガルト・フォン・アルテンシュタット・ツー・ノルトキルヒェンが誕生したのであった。
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