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龍宿りし乙女  作者: 村井喜久
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査問

シュタイン国王の居城「北の華」の一角にある豪華絢爛な謁見の間。

赤を基調に何種類もの色糸で複雑な幾何学模様が織り込まれた毛足の長い絨毯が敷き詰められ、周りの壁は透き通るように薄い絹で幾重にも彩られ、水晶を削り出したシャンデリアが煌めきながら部屋を照らし出している。


最奥には碧玉、紅玉、緑玉に縁取られた玉座が置かれているが、その背もたれの一番上には大きな金剛石が嵌め込まれている。

人の握りこぶしほどもあるその金剛石一つだけで大きな屋敷が建てられるほどの価値があるだろう。


その玉座の横に、一回り小さな椅子が置かれているが、それも玉座に劣らず、色とりどりの宝石が散りばめられた豪華極まりないものであった。

本来、王妃が座すべきその椅子に今座っているのは現国王の祖母であり、摂政として実権を握っている王太后ヴィンターである。


王太后の左横に大神官が立ち、両脇には3人の公爵、4人の侯爵、辺境伯2人を含む8人の伯爵と上級貴族がほぼ勢揃いして並んでいる。

王太后、大神官そして上級貴族に囲まれるように片膝を突いて頭を下げているのはアルテンシュタット辺境伯ヨーゼフその人であった。


「ヨーゼフ・フォン・アルテンシュタット辺境伯。」

内務卿レムシャイト伯が重々しく口を開くと、ヨーゼフは一層深く頭を下げる。

「此度、辺境伯はその息女ヒルデガルトを出奔せしめ、自ら王国の禁を破った。これに相違ありませぬな。」

「出奔ではありません。確かに一時王都を離れましたが、間も無く王都に戻ってくるでしょう。」

「ふむ。無断で王都を離れたことは認めるのですな。」

「それは認めます。我が娘が王都を離れたことは事実です。」

既に王太后の知るところとなっている事実を争っても仕方のないことであり、ヨーゼフはその部分については肯定した。


「なるほど。それでご息女はどちらに行ってきたのですかな?」

「北の霊峰シュピッツェに行きました。」

「王都を離れたこともなく、旅に不慣れなご息女をわざわざ遠路シュピッツェまで行かせるとは、よほど大切なご用があったと見える。」

そこまで言うと、レムシャイト伯は王太后や並み居る公爵、侯爵に訴えるような視線を送り、コホンと一つ咳払いをした。


「霊峰シュピッツェの辺りでは近頃魔物の動きが活発と聞く。そのような不穏な場所に敢えて大切なご息女を派遣したと。しかもそれが禁を犯すことを知りながら。」

レムシャイト伯が芝居がかった口調でヨーゼフを責める。


「辺境伯には、そこまでせねばならぬ格別の事情があったのでしょうな・・・例えば、北の果てで魔物を操り、王国の転覆を企てる不逞の輩を手引きするような・・・」

「証拠も無く、憶測で誹謗するのは慎んでいただきたい。内務卿といえど聞き捨てなりませんな。」


「内務卿、王国に多大な功績のある辺境伯をそう悪様に言うものではない。」

じっと二人のやり取りを眺めていたロートリンゲン公がレムシャイト伯をたしなめる。

ロートリンゲン公としては、息子であるジークフリートが率いる第三騎士団の教官や騎士見習いを、問題になっている辺境伯の令嬢に助けられたこともあり、どちらかというとヨーゼフに好意的な立場にあった。


「ですが、ロートリンゲン公。法を犯したことは紛れもない事実。であればこそ、王太后陛下も女婿たる辺境伯と言えど城内にお引き留め遊ばされたのですぞ。」レムシャイト伯はそう言って、ちらりと王太后の顔色を伺ったが、王太后は表情を微塵も変えず、まるで仮面を被ったかのようにヨーゼフと周りの上級貴族を眺めていた。


「アルテンシュタット辺境伯が大切になさっているご息女を北の果ての霊峰に赴かせたのには、それだけの事情がおありなのでしょう。しかし、何のためにご息女を霊峰に派遣したのか、辺境伯ご自身の口から釈明いただかねば、王太后陛下もここに集まった我々も判断のしようがありません。」財務卿ミュールハイム侯が諭すようにヨーゼフに語りかけた。


「ミュールハイム侯、お心遣い痛み入ります。しかし、にわかには信じがたい荒唐無稽な話をすることになって、かえって皆様の判断を惑わすかもしれません。」


「それを判断するのは我々であって、辺境伯ではない。荒唐無稽であろうと、まずは釈明なされよ。」

ロートリンゲン公が穏やかな口調でそう促すと、ヨーゼフは覚悟を決めたように口を開いた。


**********


「確かに荒唐無稽な話ではある。」

ミュールハイム侯が絞り出すように声を上げた。

無理もない。伝説の古龍アデルハイトがまだ社交界へのお披露目も済んでいない少女の夢枕に立って己の鱗や牙などを探すように命じ、それらを探すために旅に出るなど、王国の禁を犯したことへの言い訳としては荒唐無稽、酒場の酔っ払いの与太話でももう少しましではないか。


「それで、ご息女は王都に戻られたとのことですが、成果はあったのですか?」

「それは・・・」

言い淀むヨーゼフ。ここ数日王宮の一室に軟禁され、外部からの接触を絶たれていたため、状況を把握しきれていない。


「こんな短時日で貴重な龍の素材が見つかる訳がない。溺愛する娘のわがままで国の禁を破ったことを誤魔化すおつもりか!」レムシャイト伯が顔を真っ赤にして、声高に糾弾の声を上げ、他の上級貴族たちは眉をひそめる。

王太后陛下の御前で何を声高に。無礼であろう。口には出さないが、冷ややかな視線がレムシャイト伯に向けられる。


「もし本当に龍の素材を見つけるために禁を犯したというのであれば、その証拠を見せていただきたい!」

無礼にもヨーゼフの顔に向けて人差し指を突き出しながら、レムシャイト伯が証拠を求めると、幾人かは、確かに、と言うかのように軽く頷きながら、ヨーゼフに視線を送った。


「レムシャイト伯、落ち着かれよ。王太后陛下の御前であるぞ。」王太后の兄であるハルシュタット公が白く豊かな髭に覆われた口を開く。決して大きな声ではないが、重々しいその迫力に内務卿も矛を納めざるを得なかった。


「王太后陛下。王国の藩屏たる我らを御前にお召しあそばされたのは、何も辺境伯を吊し上げるためではありますまい。」ハルシュタット公は、黙り込んだレムシャイト伯から王太后に視線を転じ、この場にいる過半の者を代弁するように疑問を口にした。


「アルテンシュタット辺境伯が禁を犯し、その娘を王都から抜け出させ、その上、私を替え玉で欺こうとしたことには、大層腹も立ちました。」ごく穏やかな口調で王太后が語り出す。


「よりによって我が孫を罪人にしかねない上に、ろくな護衛も付けずに危険な旅をさせるとは、にわかには信じ難いことでした。」王太后は玉座からじっとヨーゼフを見下ろしながら、言葉を継いだ。


「何も知らない者が聞けば、短慮を通り越して、暴挙とも思える所業に及んだ理由がただ一度の夢枕と聞いて、私は目の前が真っ暗になる思いでした。しかし・・・」

王太后はその視線をヨーゼフから正面の扉に移した。


「クリスティーネ・フォン・アルテンシュタットをこれへ。」

王太后がそう命じると謁見の間と外を隔てる大きな扉がゆっくりと開けられ、その先には光沢のある絹の布に包まれた細長く少し湾曲した剣のような物を乗せた供物台を捧げ持つクリスティーネの姿があった。


クリスティーネは大事そうに供物台を眼前に掲げるように捧げ持ち、居並ぶ上級貴族の間をゆっくりと歩く。


(社交界へのお披露目を終えてから第二王女として、辺境伯爵夫人として何度も謁見の間には入ったけれど、こんな立場でここを歩くことになるとは想像もしなかったわ。)

すっと背筋を伸ばし、しずしずと進むクリスティーネだが、供物台を捧げ持つ両腕が限界に近い。


(あと10歩。)そう数えてクリスティーネは己を奮い起たせ、何とか夫のヨーゼフの半歩後ろまで辿り着くと、供物台から供物を落とさぬよう全身の力を籠めて、ゆっくりと片膝を突き、供物台をその前に丁寧に置いた。


「クリスティーネ、これは?」

「ヒルデガルトが持って帰ってきた物ですわ。」

「そうか。無事に帰ったか。」

辺境伯夫妻は跪き、神妙に頭を垂れつつ、周囲に分からぬよう小さな声で囁き合った。


王太后の侍従の一人がゆっくりと辺境伯夫妻の前に歩み寄り、膝を突いて、クリスティーネの前に置かれた供物台に手をかけ、恭しく持ち上げた。

侍従はそのまま回れ右をして、供物台を捧げ持ち、玉座から5歩ほど手前まで運ぶと王太后の正面になるように供物台を置き、掛けられていた布をゆっくりと剥ぎ取った。


「ほぅ!」

王太后に次いで間近で供物台を見たハルシュタット公とロートリンゲン公が感嘆の声を上げる。

供物台の上では、古龍の爪と鱗が白銀の光を燦然と放っていた。




今回もお付き合いくださり、ありがとうございました。

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