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龍宿りし乙女  作者: 村井喜久
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帰宅

今回もお読みくださり、ありがとうございます。


引き続き、頑張りますので、楽しんでいただけたら嬉しいです

早朝の生鮮品の荷入れが一段落し、喧騒が収まった王都ゴルトベルクの商業区域を歩く二人の女性。城壁の外の農村から作物を売りに来た姉妹だろうか。農作業の泥が跳ね、植物の汁が染み付いた服を着ており、顔にも乾いた土が付いている。持ってきた荷を売り捌いて、その金で何か買って帰るつもりなのだろうか。


二人は迷うことなく街区を歩いていく。

しばらく歩いて足を止めたのは、看板として薬瓶を吊り下げている店だった。

姉とおぼしき女が店の扉に付いた金具を叩くが中からの返事はない。


「娘さん、薬を買いに来たのかい?そこの薬屋はこのところ長らく不在だよ。」街区の見回りをしている警備兵が立ち止まり、声を掛けてきた。


「病の母さんの薬が欲しいんだけど、どうしよう・・・」

「北側の通りにも薬屋があるから、そっちに行ってみるといい。」

困った様子の女性に警備兵はそう言いながら、北の方を指し示すと、女性のお礼の言葉を背に受けながら、巡回を再開して歩き出す。

警備兵の姿が見えなくなるまで見送ると、女性はおもむろに背中に担いだ荷物袋を下ろし、中から鍵を取り出した。



「さあ、ヒルダ、店の中に入るわよ。」一度周囲を見回し、誰も見ていないのを確認すると、農婦の格好をしたデルマは素早く店の扉を開け、これまた農家の娘の格好をしたヒルデガルトを店の中に招き入れた。


**********


「ふぅ。帰ってきたわ。もしかすると、うちの店にも監視が付いているかと思ったけど、今のところは大丈夫みたいね。」

「無事に王都に入ることができたのもデルマ先生のおかげですわ。本当にありがとうございます。」

「これからどうするの?」

「まずはお屋敷に戻ろうかと思います。お屋敷にはお母様がいらっしゃいますし、王太后陛下へのお口添えを頂けるかと思います。」

「そうね。まずはあなたのお母様に状況を確認することね。」

そう相槌を打ちながら、デルマは荷物袋に手を突っ込む。


「これを持って帰りなさい。」

そう言ってデルマが取り出したのは、白銀の古龍アデルハイトの牙、爪、角、鱗、眼球、皮革そして尾の肉だ。

「どう使うかは、あなた次第よ。でも、単に王家の連中に巻き上げられないようにね。あなた、少しお人好しだから。」

妹を見守るような眼差しで自分を見詰めるデルマに、ヒルデガルトの頭が自然と下がる。


「デルマ先生、お心遣い、心から感謝いたします。」少し震える声でヒルデガルトは言い、二呼吸くらい置いた後、頭を上げて、古龍の素材を鞄の中に仕舞い込む。


「デルマ先生、ごきげんよう。」ヒルデガルトは右足を後ろに下げ、膝を曲げて淑女の礼をすると鞄を背負って、デルマの店を後にした。


**********


王城の北に位置するアルテンシュタット辺境伯の屋敷は、門の前に警備兵が立ち、さらに周囲を複数の警備兵が巡回するなど、厳しく監視下に置かれていた。

当然、こんな状況で訪ねてくる貴族はいない。下手に接触すると自身も謀叛の嫌疑を掛けられかねないと思えば、足も遠のくというものだ。

今は二日に一度くらい食材などを納入する商人が出入りするくらいでその商人も荷車や持ち物を念入りに確認されている。


(どうやってお屋敷に入ろうかしら?)そんな物々しい様子を遠巻きに眺めながら、ヒルデガルトは考えを巡らせたが、こうした場面を経験したこともなく、何も考えが浮かばない。そもそも自分の家に帰るのに、邪魔をされること等、これまで想像したことさえ無かったのだから。

結局、覚悟を決めたヒルデガルトは、堂々と正門に向かって歩き出した。



「止まれ!」辺境伯邸の正門の両脇に立つ警備兵たちが槍を交差させて、ヒルデガルトの行く手を阻む。

「ここは今、立ち入り禁止だ。さあ、帰った、帰った!」

警備兵たちは交差させた槍を互いに打ち付けて、音を鳴らして威嚇する。


自分を見下ろし、じろりと品定めをするように向けられる視線を正面から受け止めながら、ヒルデガルトは口を開いた。

「ここは私のお屋敷です。自宅に帰るのに、あなた方の許可は必要ありません。そこをお退きください。」

まっすぐに警備兵の一人を見詰めながら、きっぱりとした口調で告げるヒルデガルトだったが、警備兵は呆れたように大声で笑った。

「はっはっはっ!そんな汚い格好をした貴族の令嬢がいるものか?どう見ても農家の娘じゃないか!」

「農民が貴族の街区に入り込むとは身分を弁えない不届きな奴め。」

そう言うと警備兵の一人が槍の穂先をヒルデガルトの喉元に突き付けた。彼女が微動だにしなかったのを、怯えて体が動かないのだと思った警備兵は槍を左右に振りながら脅しつける。


「痛い目に遭わされたくなかったら、さっさと帰れ!それとも何か?俺たちと遊びたいのか?」

泥で汚れてはいるが、整った顔立ちをしているのを見て取って、警備兵が下卑た声を掛ける。


その時、門が開き、中から辺境伯家の門番カールが姿を現し、ヒルデガルトに突き付けられた槍の柄を素早く握って手首を返した。

大して力を入れたようには見えなかったが、警備兵は槍を掴んだまま、くるりと一回転して地面に倒れ込む。


「当家のお嬢様に対して無礼を働くことは許さん!」怒りで顔を朱に染めたカールが仁王立ちでそう告げると、正門を塞いでいた警備兵だけでなく、屋敷周りを巡回していた警備兵も集まってきて、一触即発の雰囲気に包まれた。


「反逆者が警備兵に逆らうのか!」

「主人が主人なら、家臣も家臣だ。」

「国王陛下に楯突く不届き者め!」

警備兵たちは口々にカールを罵り、一斉に槍の柄や石突きで殴りかかってきた。

ここで下手に反撃すれば火に油を注ぐと考えたカールは急所を外しつつ、腕や脚、背中で受け止めたが、さすがに手加減なしで殴られ、さらに足元を掬うように払われたため、たまらず尻餅をついてしまった。


「口ほどにもないな。」警備兵の一人が嘲笑しながら槍の柄を振り上げると、他の警備兵もそれに合わせて槍の柄を振りかぶる。


「!」

一斉に振り下ろされる槍の柄から庇うようにヒルデガルトはカールの上に身を投げ出した。

ヒルデガルトを襲う6本の槍の柄がその華奢な体を打ち据えるかに見えた瞬間、槍を振り下ろした警備兵たちは何かに弾き飛ばされて、ヒルデガルトたちの周りに仰向けに倒れてしまった。


「うぅ。か、体が動かない・・・」雷に打たれたかのように、体を痙攣させながら警備兵の一人が呻くように呟く。


「お嬢様、お怪我はありませんか?」抱き抱えるようにしてヒルデガルトを立ち上がらせながら、カールは確認する。


「まったく、無茶をなさいますな。お嬢様がお怪我を召されては旦那様に申し訳が立ちません。」安堵した様子でカールが言うと、ヒルデガルトは困ったような笑顔を向けた。

「私は大丈夫です。それよりもごめんなさいね、カール。私のために槍で打たれることになってしまって・・・」

「何の。急所は外れていますから大したことはありませんよ。それよりも、今のうちにお屋敷の中へ。」

「ええ。早くお母様にお目にかからねばなりません。」

辺境伯邸の門の前に倒れている警備兵たちを置いて、ヒルデガルトと門番のカールは屋敷の中に姿を消した。



今回もお付き合いくださり、ありがとうございました。

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