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龍宿りし乙女  作者: 村井喜久
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妨害

今回もお読みくださり、ありがとうございます。

今回は少し長くてまどろっこしくなってしまいましたので、後日、大幅に手を入れるかもしれませんが、楽しんでいただけたら嬉しいです。

「ふぁ~、うぅん。」

早駆けの疲れと赤葡萄酒の酔いで食事が終わるか終わらないかで眠りに落ちてしまったデルマが目を覚ましたのは夜がすっかり更けて月が高く昇った頃だった。


「デルマ先生、お目覚めになりましたか?」

穏やかな声とともに、前の席に座ったヒルデガルトが安堵の微笑みを見せた。

店にいた客はみんないなくなり、目の前の食卓もきれいに片付けられている。宵の口に店に入り、食事を済ませた時間を考えると3刻は眠りこんでしまったようだ。


「ご、ご、ごめんなさい、ヒルダ。私ったらすっかり眠りこけてしまって・・・」

一緒にいたのが、年下の女性のヒルダで良かった。これが冒険者の男だったりしたら、今頃、寝台の上で組み敷かれていたかもしれない。

(まあ、こんな化粧っ気もない年増をどうこうしようっていう物好きはいないだろうけど・・・)少し自虐的な思いがデルマの頭の中をよぎったが、貞操だけでなく、稀少な素材が入った荷物を盗まれてしまっていたかもしれないと思うと、慣れない旅先で眠りこんでしまったのは迂闊だった。


「デルマ先生。先生も随分お疲れのご様子ですし、今晩はここで一夜の宿を探しませんか?」

「そうね。この時間から泊めてくれる宿があると良いんだけど。」

そんな会話をしながら、デルマは立ち上がり、厨房で翌日の仕込みをしている店主夫妻に声を掛ける。

「すみません。お勘定をお願いします。」


「あらあら、もうお帰りですか。大したおもてなしもできなくて、ごめんなさいね。」エプロンで手を拭きながら店主の妻が厨房から出てきた。


「こちらこそ、こんな時間まで眠り込んでしまって、申し訳ありません。」

「いいのよ。今日はお客さんも少なかったし。」

にこにこと笑顔を見せる店主の妻に、思わずデルマの顔も緩む。

前に来た時にも感じたが、やはり家庭的な温かい雰囲気が心地好い。これで料理も美味しいのに、裏通りに店を構えているせいか地元客しかおらず、表通りの喧騒から離れているのもありがたい。


「どうもご馳走さまでした。とっても美味しくて、旅の疲れも吹き飛びました。」

「本当に美味しかったですわ。ご馳走さまでした。」

二人は素朴だが心尽くしの温かさの籠った料理に賛辞の言葉を述べ、満ち足りた想いで店を後にした。


**********


「ヒルデガルト・フォン・アルテンシュタット辺境伯爵令嬢でいらっしゃいますな。」

食堂を出て、裏通りを歩いていると前から歩いてきた紳士然とした身形の男がヒルデガルトの正面を遮るように立ち止まると断定するかのように彼女の名前を告げた。

心の裡を探るかのような鋭い三白眼に特徴的な鉤鼻を持つ、その男は腰に凝った装飾が施された小剣を帯びており、賤しからざる身分の出であることは明らかであった。


「このような夜更けに突然女性を呼び止め、自ら名乗りもしないのは失礼にも程があるのではないかしら?」

すっとヒルデガルトを庇うように一歩進み出ながら、デルマは固い口調で男に反論した。


「これは失礼。私はブルーノ・フォン・デトモルト。国王陛下よりこのテルミッツの街をお預かりしております。」

男は低く落ち着いた声でゆっくりと自らの名を名乗ると、胸の前に右腕を掲げて軽くお辞儀をする。


よもや国王の代官として街を治めるブルーノ本人が出てくるとは思っても見なかったデルマは内心激しく動揺したが、口にしたのは別の言葉だった。

「それで、領主様がこんな夜更けに何の御用かしら?」


「いえいえ、領主ではありませんよ、デルマ師。ここは国王陛下の直轄領。私は領主ではなく、代官として国王陛下からこの街をお預かりしているに過ぎません。」

慇懃な口調でブルーノは訂正しながら、じろりとデルマに視線を向けた。無知なふりをして、「領主」とかまをかけ、叛意ありとの揚げ足を取ろうとしてきたデルマを油断ならない人物と認識したようだ。


他方、自身の名を呼ばれたデルマの心の中でも危険信号が明滅していた。まだ社交界への御披露目が終わっていないとは言え、辺境伯の令嬢であるヒルデガルトのことを知っているのはまだしも、一介の街の薬師に過ぎない自身の名を知っているということは、今回の騒動に合わせて辺境伯の周辺を調べ上げており、自分たちを捕縛するなり、王都への帰還を妨害する意図を持っている可能性が高い。

そして、有力な貴族の令嬢であるヒルデガルトは丁重に扱われるだろうが、平民の自分がどのように扱われるかは不透明だ。貴族間の争いは好きなようにやってもらって構わないが、そこに自分が巻き込まれるのは御免こうむりたい。


「まぁ!デトモルトの方でいらしたのですね。アルトゥールのおじさまはお元気でいらっしゃいますか?」ヒルデガルトがこの場の緊張にそぐわない、明るい口調でブルーノに話しかけた。


(能天気・・・この子は空気が読めないのかしら?)デルマは危機感の無いヒルデガルトの声に力が抜ける。

対するブルーノも空気を読まないヒルデガルトの質問に困ったように苦笑するしかなかったようで、見えない火花を散らしていた二人の間の緊張が一瞬緩んだ。


「労りのお言葉、痛み入ります。おかげさまで父は息災に暮らしておりますよ。最近、王都も色々と騒がしいようで、生き生きとしているのではないでしょうか。」

ブルーノは、ヒルデガルトの父親である辺境伯の軟禁をちくりと皮肉るように応えたが、ヒルデガルトには響かなかったようだ。


「それは何よりですわ。それで、このような夜更けにブルーノ様は何の御用でいらっしゃいますか?」

「いえ、大したことではございませんよ。大急ぎでシュネーベルクから駆けてこられて、今宵の宿所も定まっていないご様子。我が邸宅にお泊まりいただければと思いまして。」

「まあ、それはお心遣い、ありがとうございます。」

無邪気なヒルデガルトに、ブルーノも苦笑するしかない。


「デルマ先生が大変お疲れのご様子ですので、少し休ませていただけたら助かりますわ。」

「ちょ、ちょっとヒルダ・・・」

あまりにも不用心なことを言い出したヒルデガルトを、デルマが慌てて遮ろうとする。

デトモルト家は、辺境伯爵家の令嬢であるヒルデガルトが密かに王都を脱け出したのを見越して、王宮に呼び出した王家の家宰だ。その屋敷に出向くなど、捕まえてくれと言っているようなものだ。


そんなデルマの思いを知ってか知らずか、ヒルデガルトがさらに言葉を続ける。

「明日の早朝にはこの街を発って、荒野を駆け抜けなければなりませんの。大変申し訳ありませんが、朝一番で早馬を使えるように取り計らってくださいませんか?」


「何と!ヒルデガルト嬢とデルマ師の女性お二人で荒野を抜けるおつもりですかな?」

魔物も出る荒野を女性二人で早駆けするなどという無謀としか思えないことを口にしたヒルデガルトに驚き半分、呆れ半分の目を向けるブルーノ。


「ええ。急ぎ王都に戻らなければなりませんの。馬車ではなく馬で駆けねば間に合いませんわ。」

「荒野には魔物も出ます。女性二人ではあまりに無謀でしょう。私の方で馬車と護衛をご用意しましょう。」


(禁を破った貴族令嬢を捕らえ、王都に護送するつもり・・・)

冷たい目をしたブルーノを全く信頼できないデルマは、ブルーノの言葉にそんなことを想像し、口を挟む。

「お代官様、お心遣いはありがたいけど、ヒルダと私はそこら辺の魔物には遅れは取らないわ。」


(平民ふぜいが差出口を叩くな。)

じろりと蔑むような視線をデルマに向けたブルーノだったが、何も言わず、ヒルデガルトに向き直る。


「ブルーノ様、お心遣い感謝いたします。ただ、馬車ではあまりにも時間がかかってしまいますので、ご辞退させていただきますわ。」


あくまでも馬車ではなく、馬での早駆けに拘るヒルデガルトにブルーノは肩をすくめた。

「やれやれ、ヒルデガルト嬢も存外聞き分けのない方ですな。王都を出ることを禁じられている辺境伯の令嬢が逃亡しないよう、王都まで護送するのが王家の直臣たるデトモルト家の使命・・・」

そう言うとブルーノはヒルデガルトの方に一歩足を踏み出した。


ブルーノの言葉に、それまで柔らかだったヒルデガルトの周りの空気が冷気を帯び、ピンと張り詰めた。少なくとも横に立つデルマにはそう感じられた。


「やはりそういうおつもりでしたか。であれば、ここを突破し、一刻も早く王太后陛下にお目通りしなければなりません。」


「慌てずとも王太后陛下にお目通りして釈明できますよ。貴女は禁を破った不届き者として護送されるのですから。」

そう言ってブルーノがさっと手を振ると、細い路地からわらわらと警備兵が飛び出してきた。


「失礼の無いように屋敷までお連れしろ。」

ブルーノの指示を受けて、警備兵たちはヒルデガルトとデルマを囲む輪を縮めてくる。


「王家の直臣の子息に過ぎない貴方が、国王陛下の従姉たる私を捕らえるとおっしゃるのですね?」


「くっくっ。捕らえるとは人聞きの悪い。危険な荒野を越えるのにしっかりとした馬車をご用意するだけですよ。護送馬車をね。」


(まずい。こんな所でこの子が魔法を暴発させたらたいへんなことになるわ・・・)デルマは、ヒルデガルトからひしひしと伝わる圧力を受けて、背中に冷たい汗が流れるのを感じた。そうなる前に自分が何とかしないと・・・


「・・・ヒルダ、私が合図したら目を瞑って、息を止めて、鼻と口を布で覆うのよ。」

デルマはヒルデガルトに素早く耳打ちすると、荷物袋に手を突っ込んだ。


「ヒルダ、今よ!」

デルマはそう叫んで、手にした大きめの瓶を地面に叩きつけた。瓶が粉々に割れたかと思うと、そこから少し赤みがかった煙が立ち上る。


「げほっ、げほっ!」

警備兵とブルーノが激しく咳き込む声を頼りに、デルマは目を瞑ったままヒルデガルトの手を引いて、ブルーノの横を走り抜ける。


「ま、待て!げほっ、げほっ!」

両目から涙を流し、激しく咳き込みながらヒルデガルトの方に伸ばした手が虚しく空を切った。


お生憎様、とでも捨て台詞を残していきたいところだが、今喋れば催涙性の赤い煙を吸い込むことになるので、ぐっと我慢してデルマは走った。


**********


「急いで馬を2頭用意して!」

早馬を使うための鑑札を見せながら、デルマが駅亭に駆け込むと、そのただならぬ様子に一人で番をしていた初老の係官は慌てて立ち上がり、鞍の準備を始めた。

辺境伯爵家の鑑札を持つ者がここまで慌てているとは国境で何か有事が発生したのか、そんなことを思う一方で、なぜ馬で乗り付けず、街中の方から走ってくるのか・・・疑念がちらりと脳裏をよぎる。


「待て!」

ヒルデガルトとデルマが馬に跨がり、脚を入れようとした、まさにその時、ブルーノと警備兵たちが駅亭の出口に立ち塞がった。


「あっ!デトモルト様!」駅亭の係官はブルーノの顔を見て、驚きの声を上げると、馬上のヒルデガルトとデルマを振り返る。


ごめんなさいとの謝罪の言葉とともに係官の顎をしなやかな脚で蹴り上げた。

不意を突かれた係官は、もんどり打って倒れ込み、ヒルデガルトの馬がその上を越えていった。


「待て!待たんと辺境伯の令嬢と言えど無事では済まさんぞ!」そう叫ぶとブルーノは立ち止まり、精神を集中させた。その右の掌の上に火の玉が浮かび上がり、ブルーノはヒルデガルトの馬に狙いを定める。


ブルーノが火の玉を放とうとした瞬間、ヒルデガルトの影から伸びた白銀に輝く長い尾がブルーノの脇腹を鋭く打って地面に叩き伏せる。

ブルーノの掌の上にあった火の玉が警備兵たちの真ん中に落ちると、警備兵たちの髪や服に火が燃え移り、その火を消そうと警備兵たちが地面を転げ回っているのを尻目に、ヒルデガルトとデルマの馬は速度を上げる。


「お生憎様・・・」ブルーノを叩き伏せた白銀の古龍の声が夜の闇に消えていった。



今回もお付き合いくださり、ありがとうございました。

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