契約 その2
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不定期な更新で恐縮ですが、楽しんでいただけたら幸いです。
古龍の血。それは数千年を生き長らえる古龍の力を宿す。
不老長寿を求める王侯貴族や永遠の若さを手に入れるために世の女性が血眼になって探し求める霊薬。
それを飲んだ者は龍の生命力と魔力を手にし、伝説では古龍の返り血を浴びた勇者が不死身の体を手に入れたと言われる。
伝説の白銀の古龍アデルハイトの生まれ変わりであるエオストレの血を口にし、血の契りを結んだヒルデガルトはまばゆい光の中で体の奥底から温かな力が湧き上がってくる感覚に包まれる。
ヒルデガルトの長く美しい髪がふわりと持ち上がる。
恍惚の表情を浮かべたヒルデガルトを見て、エオストレは嬉しそうに囁いた。
「私たち、相性がすごく良かったみたい。あなたの血は私に大きな力をもたらし、私の血はあなたにすんなりと受け入れられたようね。」
エオストレは、陶然として倒れそうになるヒルデガルトを長くしなやかな尾で支え、自らの額をヒルデガルトの白い額に優しく押し当てた。
「あっ!」雷に打たれたかのように、ヒルデガルトは体を硬直させた。頭の中に奔流となって押し寄せる莫大な記憶がヒルデガルトの精神を圧迫する。
それはまだ靄がかかったかのような朧気な塊であったが、それでも15年も生きていないヒルデガルトが持つ知識や記憶の何十倍もの量になる。
「まだ、全ての知識を受け入れられるほど成長はしていないようね。こんなに若いのだからそれも当然かしら。」そう呟くとエオストレはヒルデガルトから額を離した。
意識を失ったヒルデガルトが崩れ落ちそうになるのを、エオストレは長い首としなやかな尾で優しく受け止め、その場に横たえた。
「強く、賢く成長してね。私が継承の儀式を終えれば、今よりもはるかに強大な力と膨大な知識があなたに流れ込むのだから。」エオストレは慈しむような声でヒルデガルトの耳許で囁くと、嬉しげに翼を羽ばたかせ、煌めく光の粒子をふりかけた。
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「う、うん・・・」小さく息を漏らして、ヒルデガルトは目を覚ました。
(ここは・・・)周りを見回すと、そこはエレオノーラと別れた後に座っていた林の中の樫の根元だった。
(エレオノーラを待っている間に眠ってしまったみたいね。)空を見上げると、陽の光が明るく射し込んでいる。まだ、それほど時間は経っていないようだ。
(不思議な夢でしたわ。白銀のアデルハイトが現れるなんて。)ヒルデガルトは白銀の古龍の生まれ変わりであるエオストレに噛まれた指先を見た。そこには傷一つ無く、滑らかな指先があるだけだ。
(やはり、夢でしたのね。)そう思いながら、ふと足元に目を向けた。
(あら?足の痛みが引いているわ。)挫いた後に走ったためにかなりの痛みがあったはずのに、それが消えてしまったことを不思議に思って、ヒルデガルトはそっとスカートの裾を上げて足首を見る。
「え!」ヒルデガルトは思わず声を上げる。先ほどまで赤黒く腫れていたはずの足首が普段のすらりとした姿に戻っていた。
**********
「ヒルダァ、どこにいるのー!」林の外からエレオノーラが自分を呼ぶ声が聞こえてきた。
「迎えに来たわよー」
「エレオノーラ、こちらにおりますわ。」返事をしながらヒルデガルトは立ち上がり、林の入り口に向かって歩きだした。
「良かった、ヒルダ。無事で本当に良かった。あの酔っ払いたちは来なかった?」エレオノーラは安堵の声を上げながら、ヒルデガルトの両肩に手を置いて揺さぶった。
「ありがとうございます、エレオノーラ。わざわざ馬車を呼んできてくださって。」ヒルデガルトは笑顔を浮かべ、お礼を言う。
「私は大丈夫ですわ。少し休んだら、元気を取り戻せましたし。それよりも、エレオノーラがせっかく楽しみにしていた聖フリューゲルの日の祝祭でしたのに、私のせいで。」
「何を言っているの、ヒルダ。悪いのはあの酔っ払い。あなたが謝ることじゃないわ。」申し訳なさそうに謝ろうとするヒルデガルトの言葉を遮ってエレオノーラは首を振った。
「それよりもヒルダ。あなた、足は大丈夫なの?さっき見た時はずいぶん腫れていたけれど。」
「それが、不思議なことに休んでいたら腫れも引いてきて、痛みも治まってきましたの。」
「え!かなり赤く腫れていたけど・・・」
「それが、ほら。」そう言ってヒルデガルトはスカートの裾を少しだけ持ち上げて、挫いていたはずの足首を見せた。
「本当に!お薬なんて持ってきてなかったわよね。不思議なこともあるものだわ。もしかしたら、ヒルダがあんまりにも可愛いから妖精が魔法で治してくれたのかも。」エレオノーラは冗談めかして軽く探りを入れてみた。
「それが全く心当たりがありませんの。うたた寝をしてしまったみたいで、夢の中で不思議な方にお会いしたのですけれど。」ヒルデガルトは頬に軽く手を当てて、首をかしげた。
「え!あなた、林の中で眠っていたの?危ないじゃない!」うたた寝という言葉にエレオノーラは敏感に反応した。
「もしかしたら、うたた寝をしている時に、親切な村人が手当てしてくれたのかも知れないけれど、それが悪い人だったらどうするの!」
「ごめんなさい。」エレオノーラが心から心配してくれていることが分かるからこそ、ヒルデガルトは小さくなって謝った。
「本当に気を付けるのよ!」素直に謝るヒルデガルトに少し拍子抜けした感じでエレオノーラは釘を刺した。
「何にせよ。まずはヒルダのお屋敷に戻りましょう。ヒルダのお父様がお城から帰ってこられる前に。」エレオノーラはそう言ってヒルデガルトの手を取り、連れてきた馬車へと歩いていった。
ふわり。
ヒルデガルトの長い髪が風に揺れると、二人の少女の後ろに白銀にきらめく鱗粉のような光が舞った。陽の光に紛れて、それに気付く者はいなかったけれど。
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