王太后の力
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カチャリ。
アルテンシュタット辺境伯ヨーゼフが王宮内で軟禁されている部屋の扉の鍵が鈍い音を立てた。
分厚い木の扉が開き、部屋に入ってきた人物を見て、ヨーゼフは反射的に膝を突き、頭を垂れた。
「アルテンシュタット辺境伯、面を上げよ。」
部屋の奥にあるソファに悠然と腰を下ろしたヴィンター王太后は威厳のある声でそう告げた。
「昨日の茶会では久しぶりに孫の顔が見られると思うておったが・・・残念なことじゃ。」ふわふわとした鳥の羽で縁取られた黒い扇で口許を隠しながら、さも残念そうに王太后はヨーゼフに話しかける。
「申し訳ございません、王太后陛下。娘は病に伏せっており、やつれた姿で御前に伺候することは無礼かと愚考致した次第にございます。」
「何、病とな?であれば王家に伝わる霊薬を遣わそうものを。」
「いや、それには及びませぬ。ゆっくりと養生することが一番かと存じます。」
「ほう。」
パチリと音を立てながら扇を畳みながら、王太后は目を細めた。
ヨーゼフに向ける眼光は鋭く、並の貴族であれば言葉を失うであろう。
「王家秘伝の霊薬は役に立たぬと?」
「何もそのようなことは・・・」
追求の手を緩めない王太后に、恐縮した体で頭を下げ、表情を隠すヨーゼフ。
「じゃが、王家の秘薬では治らぬから、わざわざ北の霊峰にまで出向いておるのであろう?」
「北の霊峰でございますか?」
「左様。辺境伯の所縁の者が北の霊峰シュピッツェに向かったと聞いておるぞ。」
「私も軍を預かる身。戦場で傷付いた騎士たちを癒すための霊薬を作るため、常に多くの素材を必要としております。それはご理解いただけるかと。」
淡々と釈明するヨーゼフを見下ろしながら、王太后は軽く扇で膝を打った。
「なるほど。確かに戦地に赴く騎士たちのために霊薬はいくらあっても足りぬ物。素材選びに薬師を派遣するのももっともな話じゃ。のぅ、辺境伯。」
ニヤリと言うよりもニタリと言った方がしっくりときそうな、獲物を捕らえる獣のような笑みを浮かべて、王太后はヨーゼフに向けて扇を突き出した。
「ご賢察、痛み入ります。」
「・・・しかし、王都に白金の髪を持つうら若い薬師がおるとは初耳じゃな。」
「薬師も弟子を取りましょう。」
じわじわと追い詰めてくる王太后の言葉に、ヨーゼフの背中に冷たい汗が流れる。
「辺境伯の申すとおり、薬師に弟子がおっても不思議ではない・・・が、よもや平民に貴族が弟子入りすることはあるまい?」
「お言葉ですが、我がアルテンシュタットの魔導学院の院長は平民にございます。才があれば誰であれ、それに相応しい役割を与えるべきであり、その薬師も一流の腕を持つのであれば、その技術を才のある弟子に伝えるべきでありましょう。」
「ふむ。辺境伯の申すことは一々もっともじゃ。だが、国王を頂点とした国の秩序を乱すのは感心せぬのぅ。それにしても、我が孫は魔法の才が無く、幼き頃に大神官の鑑定を受けることも無かったと聞くが、賦与魔法の才はあったようじゃな。」
「それは・・・」
厳しい王太后の断定にヨーゼフは言葉を失った。事実を掴んだ上での追求を躱しきるのは至難の技だろう。
(有力な侯爵家を簡単に潰した力は伊達ではないと言うことか。)娘婿だろうが孫娘だろうが、一切甘い顔を見せない王太后に、ヨーゼフは自身の甘さを思い知らされた気分だった。
「あえて我が孫の才を隠しておったのかどうかは知らぬが、それはまあ良い。我が可愛い孫のヒルデガルトが王都に戻ってきたら、改めてヒルデガルトから話を聞くこととしよう。それまで婿殿にはこちらに滞在してもらおうか。」
そう言い残すとヴィンター王太后は青いドレスの長い裾を翻し、部屋を後にした。
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「急なお目通りをお許しくださり、恐悦に存じます、王太后陛下。」ドレスの裾を持ち上げ、深々と淑女の礼を取ったのは、ヨーゼフの妻、アルテンシュタット辺境伯爵夫人クリスティーネである。
「何を他人行儀な。私の可愛いクリスや。顔を見せておくれ。」目を細めながら穏やかな声で呼び掛ける王太后にクリスティーネは顔を上げた。
「変わりはないか?レオンハルトやヒルデガルトは息災か?」
「おそれいります、陛下。おかげさまでレオンハルトはアルテンシュタットに下向し、領都の騎士団に入って鍛えられております。ヒルデガルトは・・・私から申し上げなくともご存じでいらっしゃいましょう?」
「おや、クリスもそんな物言いをするようになったんだね。一人前の貴族の夫人におなりのこと。」
「お褒めにあずかり、恐縮でございます。」
固い声でそう言うと、クリスティーネは再び頭を下げた。
「して、今日は何用で訪ねてきたのかえ?」
白々しくさえある母の言葉に、クリスティーネはキッと顔を上げ、じっとその瞳を見つめた。
しばらく二人の間に無言の重い空気が流れたが、娘の視線に根負けした王太后がゆっくりと口を開く。
「婿殿にはしばらくの間、王宮内に滞在していただく。そう、本物のヒルデガルトが私に会いに来てくれるまではね。」
「夫に会うことは叶いませんか、母上?」
「全てはヒルデガルトが王都に戻ってからだね。娘の願いとは言え、他の貴族に示しがつかない。」
自身の母であるよりも国の王太后であることを選んだ目の前の女性の言葉に、クリスティーネはそっと嘆息した。
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