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龍宿りし乙女  作者: 村井喜久
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王都からの手紙

今回もお読みくださり、ありがとうございます。

引き続き、頑張りますので、楽しんでいただけたら嬉しいです。

ヒルデガルトとデルマが霊峰シュピッツェの山頂の洞窟で一夜を明かし、朝から山を下って麓の街シュネーベルクに帰りついたのは、陽がかなり傾いた夕方近くのことだった。


街の大通りは住人や観光客で溢れ、いつもと変わらぬ活気に満ちている。そんな風景を見て、デルマは「気楽なものね」と溜め息をついた。山頂に至るまでに翼竜の群に襲われたり、大の苦手の死霊と戦ったりして、心底疲れていたのだろう。


「仕方ありませんわ、デルマ先生。」ヒルデガルトは穏やかな笑みを湛えながら、デルマを振り返った。

「私だって王都のお屋敷におりました頃は、魔物や死霊なんて物語の中の存在でしかありませんでしたもの。」


(一番の驚きは、こんな魔物とは縁の無さそうな女の子が古龍と義姉妹だということだけどね。)


そんなことを話ながら二人は雪の頂亭にたどり着いた。

翌朝一番の馬車で王都に向かうことなどを決めながら宿の中に入ると片田舎の宿に似つかわしくない紳士然とした男が二人を待ち構えていた。


「ヒルデガルト・フォン・アルテンシュタット様でいらっしゃいますね。」そう言って頭を下げた後、男はヒルデガルトの前に手紙を差し出した。

「父君アルテンシュタット辺境伯爵様から御手紙を預かっております。」

「まあ、お父様から。あなたにせよ、お父様にせよ、私がこのような北の山を訪れていることが、よくお分かりになりましたのね。」


(あっ!また、この子、不用意に・・・)

あっさりと身許を明かすような返事をしたヒルデガルトにデルマは内心舌打ちした。本来、王都の外に出ることを禁じられている辺境伯の娘としては、もっと慎重であるべきなのだ。


「突然女性を訪ねてきて、名も名乗らない礼儀知らずが何の御用かしら?」デルマは、ヒルデガルトと手紙を持ってきたという男の間に体を割り込ませながら少し固い声で質問した。


「これは失礼しました。王都でも一番と評判の薬師デルマ様ですね。」慇懃な口調で応える男をデルマはじっと見つめる。

「お世辞は結構よ。こちらの質問に答えてくれるかしら?」


「私はヴィントと申します。各地での連絡役として辺境伯爵家に仕える者の一人です。役目柄、何ら身分を示す物は持ち合わせておりませんが、聡明なデルマ様にはご理解いただけるかと。」

「それで信じろと言われてもね・・・じゃあ、その手紙をこちらに渡して、あなたは向こうの離れた席で待っていてもらえるかしら。」

「かしこまりました。」ヴィントと名乗る男は手紙をデルマに手渡すと一礼して、ヒルデガルトたちから10歩ほど離れた窓際の席に腰掛けた。


「デルマ先生、何もそこまで警戒なさらなくても。」

「ヒルダ、あなたはもっと警戒心を持ちなさい。そんなことでは老獪な貴族どもに手玉に取られるだけよ。」

父から届いたという手紙に気を取られているヒルデガルトは少し不満げだが、デルマはぴしゃりと撥ね付けた。


「『鑑定』・・・特段の毒や魔法は仕掛けられていないようね。」デルマは手紙に魔法をかけ、害をなす仕掛けがされていないか確認した上で、ヒルデガルトに手紙を渡した。


受け取った手紙の封をもどかしげに開くと、ヒルデガルトは急いで手紙に目を通す。


手紙を読みすすめながら、ヒルデガルトの表情が少し固くなったのをデルマは見逃さなかった。

「ヒルダ、何か問題が起きたのかしら?」

「あっ、いえ、デルマ先生・・・何でもありませんわ・・・」

「嘘おっしゃい。王都で何かあったのね。」


優しげな、しかし嘘を許さない真っ直ぐなデルマの視線にヒルデガルトは観念した。


「私に王宮から御召しがあったそうです。父は私が病に伏せっていると誤魔化そうとしてくださいましたが、許されず、御召しを受けざるを得なかったと。」

「それって、もしかして、あなたが王都を抜け出したことがバレて問題になっているってこと?」

「・・・おそらく・・・」


「そう。それで、呼び出されたのはいつ?」

「明日、王宮に行かなければならないと・・・」

自分のわがままが父である辺境伯の立場を悪くしていることを改めて自覚し、ヒルデガルトは消え入りそうな声で応えた。


「分かったわ。急いで王都に帰るわよ。ヒルダ、あなた、馬には乗れるわよね?」デルマはそうヒルデガルトに尋ねながら、ヴィントに顔を向けた。

「ヴィントさん、すぐに馬は用意できる?貴族なら早馬を使えるでしょ。」


デルマから声を掛けられて、ヴィントはすぐにそばに寄ってきた。

「駅亭に既に用意してございます。ただ・・・」

「ただ、何?」

「この先、何らかのお咎めがあり、利用できなくなる可能性はございます。」

「それは明日以降、心配すれば良いことよ。今は戻れる所まで戻るのよ。」

「かしこまりました。では、この鑑札を持って駅亭にいらしてください。それで貴族家の伝令として馬をお使いになれます。」

そう言ってヴィントは一枚の金属の板を差し出した。その板には馬の絵とアルテンシュタット家の紋章が刻み込まれ、上部に開けられた穴には丈夫そうな黒い革紐が通されている。


ありがとう、と礼を言いながらデルマは鑑札を受け取ると、宿の受付で今夜の宿泊を取り止める旨を告げ、急なキャンセルのお詫びに銀貨を2枚支払った。


「ああ、そうだ。」思い出したようにデルマは呟き、自身とヒルデガルトの外套を受付の女性に渡して、山岳案内の組合に返却してくれるよう依頼した。

山岳案内と山の民がした仕打ちを思えば、面と向かって叩き返して、ついでに違約金も取りたいたいところだが、時間が無いのでそれはあきらめた。


駅亭で馬を2頭借りると、そのうちの大きい方の葦毛の馬にデルマが、少し小さい鹿毛の馬にヒルデガルトが跨がった。

「じゃあ、ヒルダ、一気に駆けるわよ!」

「はい、デルマ先生。ヴィント様、ありがとうございました。」

そう言って二人は脚を入れて、馬を駆け出させた。


一気に速度を上げて、二人が南に向かって走り去るのを見送りながら、ヴィントはヒルデガルトが帰路に着いたことを王都の辺境伯爵邸に報告するために伝令の鷹を呼び寄せるのだった。



今回もお付き合いくださり、ありがとうございました。

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