嫌疑
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「アルテンシュタット辺境伯爵ヨーゼフ殿でいらっしゃいますね。」
王宮の東側の二階にある軍務省幹部の執務室で書類を確認していたヨーゼフは、突然声を掛けられて顔を上げた。
軍務省の最高幹部の一角を占める辺境伯に対して執務を中断させるような形で声を掛ける者は、本来、王族か少なくとも同格の者以外はあり得ないが、ヨーゼフの視線の先にいたのはまだ若い貴族であった。
「近衛第3連隊所属ノルトハウゼン子爵であります。」若い貴族は左の腰に吊り下げた小剣の柄に手を添えながら、自らの名を名乗る。
軍関係の人間があえてヨーゼフの名前を確認し、さらに帯剣に手を掛けていることが好ましくない事が起こったことを示している。
「ふむ。ノルトハウゼン子爵。それで何の用件かね。」
ヨーゼフは平然とした態度で若い貴族の目をまっすぐに見据えながら口を開いた。軍の後輩に対し、穏やかに微笑んだ表情ではあるが、その瞳は決して笑ってはいない。
「失礼しました。」ノルトハウゼン子爵は小剣から手を離し、一旦直立の姿勢を取ると近衛隊の制服の胸ポケットから一枚の書類を取り出し、目の前で広げた。
「王命により、アルテンシュタット辺境伯を謀反の嫌疑で拘禁すべし。」
ノルトハウゼン子爵はそう読み上げると書類を裏返し、両手で広げながらヨーゼフの眼前に示した。
「ほう。謀反の嫌疑か。」ヨーゼフは左の眉を軽く上げ、目の前に立つ若い子爵の言葉を繰り返した。
「よろしい。王命もあれば従おう。どうすれば良いのだね?」
「こちらへご同行願います。」
緊張した面持ちでノルトハウゼン子爵はヨーゼフを先導して執務室を後にした。
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ノルトハウゼン子爵の先導でヨーゼフが連れてこられたのは王城の南にある塔の一室であった。
「帯剣をお預かりします。」
子爵の言葉にヨーゼフは腰に吊り下げていた剣を鞘ごと外し、手渡した。
「嫌疑が晴れるまでこちらに滞在いただきます。」そう言ってノルトハウゼン子爵はヨーゼフを部屋に残して外に出て、扉に鍵を掛けた。
失礼しますとの言葉を残し、部屋の前から去った若い子爵の足音が聞こえなくなると、ヨーゼフはどっかりとソファに腰を下ろした。
王城内で問題を起こした貴族を拘禁するために用意された部屋らしく、それなりに豪華な内装ときちんとした家具が一式揃えられている。一見、客室のようでもあるが、大きな違いは、扉が内側からは開けられないこと、そして何より窓に鉄格子がはまっていることだ。
(さて、何日拘束されるのやら。いずれにしてもヒルダの替え玉にしたハンナが王太后に見破られたということか。)
ヨーゼフはそんなことを考えながら窓の外を見る。まだ昼下がりの強い日差しに庭の緑が映えるが、鉄格子越しだとそれも色褪せて見える。
『伝令』ヨーゼフは自邸に連絡するために魔法を使おうとしたが、部屋の中に結界が張られてあるらしく、魔法は発動しなかった。
(まあ、逃亡を防ぐためにも結界くらいは張ってあるだろうな。)
特に慌てるでもなく、ヨーゼフは魔法を使うことを諦めて、ソファに再びその身を沈めた。
王太后の娘婿でもある自分がそう簡単に処断されるとは思わないが、同時に必要があれば躊躇することなく命を奪われるだろう。
王太后は決して甘くはない。息子であり国王であった先王フリードリヒ4世が暗殺された際、即座に妻であったアンネ王妃を幽閉し、さらにその実家であるリンツ侯爵家を滅ぼして事態を収拾したことからもそれが分かる。
(王太后による裁定が下される前に、ヒルダが何らかの成果を持ち帰ってくれることを祈るしかないか。)そう考えた時、これまで庇護の対象でしかなかった一人娘に頼らざるを得ない状況になっていることに思い至り、ヨーゼフは独り苦笑した。
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アルテンシュタット辺境伯が王宮内で拘禁されたとの報は瞬く間に王都の貴族社会を駆け巡り、衝撃をもって受け止められた。王太后の娘を娶り、侯爵への陞爵も取り沙汰されていた軍の実力者が突然謀反の嫌疑を掛けられ、捕らえられたのだから。
王太后主催の茶会に、病身の娘の替え玉を出席させ、王太后の逆鱗に触れたとか、 娘を領地に戻し、戦の準備を始めたといった噂が駆け巡ったが、確かな話は伝えられず、王宮内の貴族たちは情報収集に追われた。
それは王宮の重鎮である財務卿ミュールハイム侯爵も同じである。
「それで、アルテンシュタット嬢の偽者は茶会の席で拘束されたのだな?」
「はい、お父様。王太后陛下は『ボロを出さずに乗り切ることができたなら不問にしようと思っていた』と仰せにございました。」
娘のエレオノーラは茶会でのやり取りを父であるミュールハイム侯爵に説明した。
「ほう。王太后陛下は最初から替え玉に気付いておられたか。」
「私でさえ違和感を覚えましたので、お身内の王太后陛下であれば、すぐにお気付きになられたかと。」
「それにしても、アルテンシュタット辺境伯も迂闊というか、彼らしくない詰めの甘さだな。」
(・・・あるいは王太后と辺境伯がつるんでの茶番か・・・)
ヨーゼフが聞いたら怒り出しそうな感想を述べながら、ミュールハイム侯は考えを巡らせた。
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実際のところ、御披露目前のヒルデガルトと祖母の王太后は立場上、年に一、二回しか会う機会がなく、髪粉などの化粧品を駆使して姿を似せた上、さらに『変装』の魔法が賦与された首飾りや王家に伝わる指輪などを身に付けたことで、ヒルデガルトと替え玉のハンナの区別がつかなかったはずだ。
もし、変装したハンナを見て替え玉だと気付くとしたら、毎日顔を合わせている辺境伯爵家の屋敷の中の者かごく親しい友人であるエレオノーラくらいだっただろう。
ヨーゼフの誤算は、ヒルデガルトが王都を抜け出したことを王太后が把握した上で、茶会に招待してきたことである。
病に伏せっているとの言い訳を一蹴して、参加を強いてきた時点で王太后との駆け引きに半ば負けていた。
(さて、ここからどう挽回するか?)
今ある手札は、王太后の娘である妻クリスティーネ、第5順位の王位継承権を持つ息子レオンハルト、精強で忠誠心溢れる領軍、手塩にかけて発展させた領地、そして白銀の古龍との接点を持つ娘ヒルデガルトである。
このうち、現時点で最も有力なのは妻クリスティーネだろう。何といっても王国の最高権力者である王太后の娘である。だが、母である王太后に対して、夫である自分あるいは娘であるヒルデガルトをどこまで庇ってくれるか、母子の力関係次第のところが見通せない。
息子のレオンハルトは、男子が少ない王家にとって、重要な存在ではある。その意味では切り札になり得るが、如何せんまだまだ年若く、何より現国王と年齢が近く、逆に排除の対象となりかねない。現国王と同じ孫とはいえ、相手はあの王太后であるのだから。
(ヒルデガルトは辺境伯の娘とはいえ、王族の、そして王太后の血を引いているということで、王太后を甘く見過ぎたか・・・クリスに子煩悩で娘に甘いから陥穽に嵌まったと叱られるな。)
そんなことを考えながら、ヨーゼフは寝台に体を投げ出した。
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