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龍宿りし乙女  作者: 村井喜久
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王太后

ブックマーク&評価、ありがとうございます。執筆の励みになります。


不定期の更新で恐縮ですが、引き続き楽しんでいただけたら嬉しいです。

シュタイン王国の王都ゴルトベルクの象徴である王城「北の華」。

その白亜の城の一角にある四阿から聞こえてくるのは、色とりどりの花と見紛う貴族の令嬢たちの笑い声だ。

社交界への御披露目が終わったか、その直前のうら若い令嬢たちは、王都で流行っている菓子や音楽の話題で盛り上がっているが、心から楽しんでいるかといえば決してそうではない。


「王太后陛下がおわします。」侍女頭がそっと告げると、令嬢たちはおしゃべりをやめて、すっと立ち上がる。しゅるりと響く衣擦れの音がやけに高く感じられるのは、それだけ場の空気が張り詰めているためかもしれない。


ヴィンター王太后は単に現国王カール3世の祖母というに留まらず、王国における実質的な最高権力者であり、王家と実家のハルシュタット公爵家のために権謀術数を巡らせ、数多の貴族と渡り合う女傑であった。

その王太后の茶会に招かれたことは、光栄であり、誇らしいことではあるが、一度不興を買えば、自身はおろか実家にまで類が及びかねない。社交界への御披露目が終わっていようがいまいが、貴族の子女としてそれくらいのことは幼い頃から叩き込まれており、粗相をしないようにとの緊張感は並大抵のものではない。


王太后があと十歩で席に到着するというタイミングで令嬢たちは一斉にドレスの裾を摘まんで膝を折り、さらに深く頭を下げる。淑女の礼の中でも最敬礼とされる形である。


「皆の者、大儀である。」王太后がそう声を掛けると令嬢たちは一斉に膝をさらに曲げ、王太后に敬意を示した。

「王太后陛下にはご機嫌麗しく。本日はお招きにあずかり、心より感謝申し上げます。」

令嬢たちを代表して口上を述べたのはロートリンゲン公爵の孫娘アレクサンドラである。

アレクサンドラは今年12歳。社交界への御披露目はまだ済ませていないが、実家の序列がこの場にいる令嬢たちの中で最上位ということもあり、暗黙の了解で筆頭として扱われている。


王太后は頭を下げている令嬢たちを眺めると満足そうに笑みを浮かべ、再び口を開いた。

「そなた、名は何と申す?」

「ロートリンゲン公爵家のアレクサンドラにございます。」

「アレクサンドラじゃな。そなたの祖父ロートリンゲン公爵には良く国を支えてもらい、ありがたいことじゃ。」

女性にしては低めで落ち着いた声で王太后はそう言ったが、実際のところ、ロートリンゲン公爵と王太后の実家ハルシュタット公爵家を継いだ兄のレオポルトは権勢を競うライバルであり、決して心を許せる間柄ではなく、あくまでも社交辞令である。


その後、ミュールハイム侯爵家のエレオノーラ、アルテンシュタット辺境伯爵家のヒルデガルトと順に自己紹介が進み、最後の6人目、ファーレンハイト子爵家のシャルロッテまで名乗り終えるとようやく全員が顔を上げた。


ヒルデガルトが名乗った際、エレオノーラは思わず声を上げそうになったが、ぐっと息を飲んで堪え、顔を上げてからも動揺を王太后に悟られないよう、ヒルデガルトの方に視線を向けなかった。

(この娘は誰?ヒルダに似ているけど、この娘はヒルダじゃない!)


エレオノーラの洞察力を知っていたら、ヒルデガルトの父であるアルテンシュタット辺境伯も替え玉を使うことを躊躇っていたかもしれない。滅多に会うことの無いヒルデガルトの祖母である王太后の目をごまかすよりも友人として普段から一緒に過ごすことが多いエレオノーラを騙す方が遥かに難しい。

幸いだったのはエレオノーラが友人のヒルデガルトに何かあったのではと察して、全てを飲み込んでくれたことだろう。


王太后が全員に視線を向けてから自席に腰を下ろした後、令嬢たちがそれぞれの席に座ったのを合図に、侍女たちが紅茶碗にお茶を注いで廻る。

上品な白い紅茶碗はごく薄くて軽く、光の加減でうっすらと模様が浮かび上がる技巧を凝らした物で、公爵家のアレクサンドラでさえ、その素晴らしさに溜め息を漏らした。


「素晴らしい紅茶碗でございますね。グラーツ王国の物でございますか?」アレクサンドラは王太后の長女が嫁いだ隣国の名を上げたが、それを聞いたエレオノーラは「あれ?」という表情でシャルロッテの顔を見た。

当のシャルロッテは紅茶碗が話題に上ってから少し緊張した面持ちで耳を側立てながら、紅茶碗を見つめている。


「グラーツにも有名な磁器の産地があるが、残念ながら違うのう。」孫娘のような年齢の公爵令嬢に告げる王太后の声に棘は無かったが、アレクサンドラは頬を赤くして視線をテーブルに落とした。


「この紅茶椀は、こちらのシャルロッテ様のお父上様の御領地で作られた物ではございませんか?」エレオノーラが斜め向かいに座っているシャルロッテに微笑みかけながら王太后に応えると、少し緊張がほぐれたのか、シャルロッテもおずおずと自領の工房の名前を口にした。

「我が父が治めますファーレンハイトのザンデル工房が製作した物と拝察いたします、王太后陛下。」


「よく領地のことを見ておるの、シャルロッテ。父君ファーレンハイト子爵も心強く思っていることであろう。エレオノーラもよく気が付いたのう。」


(王国のこと、何より自身の領地のことを知っているのか、と言わんばかりね。)

優しげだが、相手の領地のことを熟知し、上の立場から見下ろす王太后に戦慄さえ覚えるエレオノーラ。

そのエレオノーラの視線を感じ取ったのか、王太后がエレオノーラに微笑みを投げかける。


「ミュールハイムは風光明媚な土地柄だそうじゃな。」

「はい。王太后陛下。森や湖に囲まれ、領民は明るく穏やかに過ごしております。本日は陛下にミュールハイムのレースをお召しいただいて恐悦に存じます。」

エレオノーラは王太后が着ているドレスの襟元や裾に見事なレースをあしらわれているのを見逃さなかった。ミュールハイムのレース織りは「布の宝石」と呼ばれ、シュタイン王国のみならず、周辺の国々でも珍重されており、領都に専門の学校をつくって、織り手の養成に努めている。


「まことに。ミュールハイムのレースは素晴らしい。我が国が誇る芸術品と言っても過言ではないのう。そなたの父君は学校をつくって領民に技術を学ばせているとか。王国全体に広げてもらえるとありがたいのじゃが。」

王太后が暗に「技術を寄越せ」と言ってきていることを理解したエレオノーラはどう躱そうか、短い時間で知恵を絞る。


「ミュールハイムのレースは、技術はもちろんでございますが、材料となる良質の亜麻糸があって初めてできあがるものでございます。ファーレンハイトの磁器にはファーレンハイトの土があってこそ、同様にミュールハイムのレースにはミュールハイムの亜麻糸があってこそと愚考いたします。」

「ふふ。エレオノーラはよく道理を弁えておるようじゃ。」

軽く頭を下げながら述べられたエレオノーラの意見を王太后は是とした。


半ば試問のような、半ば令嬢たちの実家の領地を誉めるような会話を交えながら茶会は進み、ヒルデガルト(に化けた侍女のハンナ)も何とか無事に領地の話を切り抜け、胸を撫で下ろしたところで茶会も終わりに差し掛かった。


「今日は皆の領地のことも聞けて面白かった。王都からなかなか離れることができぬ身でも色々な所に旅行ができたみたいじゃ。」そう言いながら王太后が席を立つと令嬢たちも一斉に立ち上がり、スカートの裾を摘まんで膝を折り、深く頭を下げた。


「では皆の者、大儀であった。」そう告げて、王太后は席を後にしたが、数步進んだところで急に立ち止まり、ヒルデガルト(に化けたハンナ)に声を掛けた。

「そうじゃ、ヒルダ、今度クリスにこちらに参るよう伝えてちくれまいか?」


「か、かしこまりました、陛下。奥方様っ!・・・お母様にそのようにお伝えいたします。」

茶会での会話を何とかこなして、後は王太后が退出するのを見送るばかりと油断していたヒルデガルト(に化けたハンナ)は思わず言い間違えてしまったが、すぐに言い直し、頭を下げ続けた。


「ふぅ。最後までボロを出さずに乗り切ることができたなら不問にしようと思うておったが・・・」そう呟くと王太后はさっと振り返り、手にした扇子を横に払った。

「我が孫を騙る、その娘を捕らえよ!」



今回もお付き合いくださり、ありがとうございました。

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