王宮への招待
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ヒルデガルトが王都ゴルトベルクのアルテンシュタット辺境伯邸を出て10日後、テルミッツの街を出て一路シュネーベルクに向かっている頃、辺境伯邸に王宮から一人の使者が訪れていた。
「娘は今、病に伏せっているおりまして。」使者の前に片膝を突き、神妙な顔でそう応えるのはヒルデガルトの父であるアルテンシュタット辺境伯ヨーゼフその人である。
王宮からやってきた使者が伝えたのは、王太后が自身の孫娘に当たるヒルデガルトを宮中の茶会に招待するとの言葉だった。
まだ、社交界へのお披露目を済ませていないヒルデガルトが王宮内で開かれる茶会に呼ばれることは異例であるが、王太后の血縁でもあり、ごく近しい者だけを集めた催しということなのだろう。
「王太后陛下は孫であるご令嬢の顔をみたいと仰せです。その思し召しを叶えて差し上げないのは、いかに陛下の女婿たる辺境伯と言えど・・・」使者は慇懃だが、譲らぬ口調でヨーゼフの言葉を押し返す。王国の実質的な最高権力者である王太后の命を受けて訪れたのだから、それも当然だろう。
「いや、しかし、病でやつれた姿を御前に晒させるのは忍びなく。」
何とか翻意を促そうとヨーゼフは言葉を継ぐが、使者はあくまでも己の任務を果たすべく、次の手札を出してきた。
「もし病とおっしゃるのであれば、慈悲深い王太后陛下にあらせられては、ご令嬢の病を癒すための霊薬をきっと賜ることでしょう。」
ここまで言われては、さすがに断ることもできず、ヨーゼフは頭を垂れた。
「王太后陛下のお召し、謹んで承ります。」
「お受けいただけて安心しました、辺境伯。では、7日後、王宮西側の白亜の間にお運びくださるよう、また、くれぐれもお体を労られるよう、ご令嬢にお伝えください。」
役目を果たせ、表情を緩めながら、使者は労りの言葉を残し、王宮へと帰っていった。
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「さて、どうしたものか・・・」使者が帰った後、ヨーゼフは客間で独り言ちた。
通常の例であれば、ヒルデガルトは間も無く15歳であり、社交界への御披露目も誕生日と前後して行われるであろう。そうすれば、何も慣例を破らずとも宮中の茶会に招待できるものをわざわざこの時期に呼び立ててきた王太后の意図を勘繰ってしまう。
(もしかして、人質たるヒルデガルトが王都を抜け出したことを察知されたのか?)
白銀の古龍が夢枕に立ったと言って、北の霊峰シュピッツェへと向かった娘の顔を思い浮かべながらヨーゼフは思案を巡らせた。
王都からシュピッツェへと向かうには途中、国王の直轄都市であるテルミッツを通る。そのテルミッツを治めているのは、王家の家宰デトモルト家の長男ブルーノだ。
(あの小才子め。ヒルダに気付いて、点数稼ぎに王太后に密告したか?)
一度だけ王宮で顔を合わせたことのある、ブルーノの鼠のような小狡そうな容貌を思い出し、ヨーゼフは苦虫を噛み潰したような顔になった。
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「ハンナを書斎へ。」
ヒルデガルトのお付きの侍女であるハンナを呼ぶよう告げると、ヨーゼフは書斎の椅子にどっかりと腰を下ろした。
「旦那様、お呼びでございましょうか。」間も無くハンナが書斎を訪れ、扉の外から声をかけた。
「うむ。入りなさい。」そうヨーゼフが応えると、緊張した面持ちでハンナが書斎に入ってきた。動きがぎこちないのはかなり緊張しているからだろう。
書斎に入り、扉のすぐそばに立ったハンナは左手の甲に右手を重ね、それを下腹の辺りに軽く当てて、少しお辞儀をするような姿勢で屋敷の主の言葉を待つ。
「ヒルデガルトに王太后陛下から宮中の茶会に参加するようお召しがあった。」
重々しいヨーゼフの言葉にハンナがハッと顔を上げた。その表情を不安で満たしながら、ヨーゼフの次の言葉を待っている。
「お前も承知しているとおり、ヒルデガルトは『病に伏せっている』が、王太后陛下のお召しとあれば参上せぬわけにはいかぬ。」
「お、奥方様にお取りなしいただくことは・・・」
「この件に関してクリスティーネを当てにしてはならぬ。母たる王太后陛下とヒルデガルトの板挟みにはしたくない。」
ハンナの質問を言下に却下したヨーゼフは軽く咳払いをして、彼女に向き直った。
「そこでだ。ハンナ、お前にヒルデガルトの替え玉として王宮に行ってもらいたい。ヒルデガルトのそばに付き従っていたお前ならあの娘のちょっとした癖なども分かっているだろう。」
「そのような恐れ多いことは・・・」
ヨーゼフの提案にハンナは顔色を失った。
「『変装』の魔法をかけた上で、病身ということでベールなども纏い、体調を理由に早々に辞去すれば何とかごまかせるだろう。」
「・・・仰せのままに。」
ヒルデガルトの替え玉になることを命じられ、悲愴な顔をしたハンナが頭を下げると、ヨーゼフはうむと頷いてハンナを書斎から下がらせた。
独りになったヨーゼフは机に向かい、一通手紙をしたためた。
「『伝令』」精神を集中させて呟くと、窓の外から真っ白な鷹が飛んできて、書斎の机の横に立つ止まり木に止まった。
手紙を丸め、小さな筒に入れて封をすると、それを鷹の脚にくくりつけ、「行け!」と鋭く命じながら北の空を指差す。
白い鷹は心得たとでも言うかのように、一声鋭く鳴き声を上げた後、勢い良く飛び立って北の空へと消えていった。
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