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龍宿りし乙女  作者: 村井喜久
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古龍の継承 その3

ブックマーク&評価、ありがとうございます。執筆の励みになります。


不定期の更新で恐縮ですが、引き続き楽しんでいただけたら嬉しいです。

巨大としか言いようの無い白銀の古龍アデルハイトの頭部を調べるヒルデガルトとエオストレだったが、色違いの鱗がどのような物かも分からず、どの辺りにどのような形で生えているのかの情報も無い中、少し手間取っていた。


「ほかの鱗の下に生えていたり、とても小さな物だったりはするのでしょうか?」

「うーん。それがよく思い出せないのよ。肉眼で見つけられないような極小の物とは考えにくいんだけど。」

眼を凝らしながらアデルハイトの鱗を調べていたエオストレが頭を上げて、ヒルデガルトを振り返った。


「よいしょっと。」

ヒルデガルトは、アデルハイトの顎の先から頭によじ登り、目と指先を使いながら鱗を探す。

ざらざらとしたアデルハイトの鱗を指先でなぞるようにしながら調べていることもあって、すべすべだった指先がささくれてしまっていた。


「それにしても伝説の古龍の頭に乗っているなんて、少し前までは想像さえできませんでしたわ。」

アデルハイトの眉間の辺りを調べながら、ヒルデガルトが呟いた。

古龍と出会うことさえ困難を極め、その前に立てたとしても無事でいられる保証はない。それが遺骸とはいえ直接触り、あまつさえ頭部によじ登っているのだ。


「エオストレ。色の違い以外に何か特徴はありませんの?」

「うーん・・・」

ヒルデガルトの質問に必死で己の前身の記憶を辿るエオストレ。


「色が違うんだったら、帯びている魔力の質も違うんじゃないの?」

エオストレからもらった古龍の一部を検分していたデルマがいつの間にかヒルデガルトたちの近くに来ていた。


「たとえば、もし、その鱗が黒かったら闇の属性を帯びているとか、赤かったら火の属性とか。」そう言いながら、デルマは古龍の鼻先に手を当てて、精神を集中した。

「『魔力探知』」 デルマの手がうっすらと光を帯びる。


ほんの数呼吸ほどして、デルマは手を離し、ヒルデガルトとエオストレの方を振り返った。

「顎の下の方に異質な魔力が感じられるわ。ものすごく重そうな頭だけど、顎の下が見えるように引っくり返せるかしら?」


「デルマ、あなた、なかなか知恵者ね。」エオストレは感心したように言い、ヒルデガルトとデルマに古龍の頭から離れるよう促した。


エオストレが前足で大地を力強く叩くと、洞窟の外で翼竜を倒した時と同じように地面から氷の柱が生え、古龍の頭を持ち上げた。

「これで良く見えるでしょ。」得意げに首をもたげたエオストレに、ヒルデガルトがすごいですわと手を叩く。


二人と一頭が持ち上がった古龍の顎の下に眼を凝らすと、それはちょうど下顎の中央にあった。

「ありましたわ!白銀の鱗の中に一枚だけ・・・」

真っ白な雪に一滴だけ墨を落としたかのような黒色の鱗。


「アデルハイトが併せ持っていたのは闇の属性だったのね。」感慨深げにエオストレが呟いた。

古龍はその種族として本来持っている属性だけでなく、併せて他の複数の属性を兼ね備えることが多い。

一つには血の契約を結んだ相手の属性を取り込むこと、もう一つには継承の儀式によって前身となる古龍の属性を受け継ぐことによる。

エオストレ自身は元々「雷」の属性を持ち、そこに「水」と「光」の属性を持つヒルデガルトの血を飲んだことで、「雷」「水」「光」の属性を兼ね備えている。そこにアデルハイトの持つ闇の属性が加わることにより4つの属性を持つことになる。

「雷」と「水」の属性は隣り合う属性とされ、その効果が増幅される方向に働くが、全く逆の性質を持つ「光」と「闇」の属性を帯びるとどうなるのか。

エオストレに連なる古龍の記憶の中にもそのような事例はなく、属性が打ち消し合うのか、それとも干渉しないのか、継承の儀式を終えて初めてその結果が分かる。


エオストレはその長い首をもたげ、白銀の古龍の白く輝く鱗の中に一枚だけある漆黒の鱗をくわえると、躊躇無く引き剥がした。

その瞬間、巨大な白銀の古龍の遺骸の艶やかな輝きが鈍くなり、光を失っていく。


「さあ、ヒルダ。古い記憶を呼び起こして。かつてアデルハイトがその前身から力を継承した時まで。」エオストレは黒い鱗をくわえたまま、念話によってヒルデガルトの心に話しかけた。


その声無き声に促され、ヒルデガルトは眼を瞑って記憶の糸を手繰り寄せていく。

数千年の長い長い記憶の奔流を遡る中でヒルデガルトは自身の記憶と自我を引き裂かれ、飲み込まれそうになりながらも自身にすがりつき、必死で耐える。

(私は龍ではない。私は人間。私は・・・私は・・・ヒルデガルト・フォン・アルテンシュタット!)


悠久の時の流れを旅したヒルデガルトが辿り着いたのは、エオストレの前身である白銀の古龍アデルハイトが継承の儀式によってその力を取り戻した時の記憶だった。


古龍の記憶を旅していた時間はごく僅かなもので、デルマたちからはヒルデガルトが一瞬放心したようにしか見えなかっただろう。


「エオストレ・・・その黒い鱗をください。」ふわふわと手許も覚束ない様子のヒルデガルトに促され、エオストレは口にくわえた黒い鱗を彼女の手に握らせた。


遠い目をしたヒルデガルトの瞳に映っているのは、今のエオストレの姿かそれとも遥か昔のアデルハイトの姿だろうか。

鋭利な刃物のような黒い鱗の縁を薬指にすっと走らせるとそこから赤い血が滲み出る。

「さあ、エオストレ、こちらへ。」どこか遠くを見ているような表情でヒルデガルトがエオストレを呼ぶと、幼い白銀の古龍はヒルデガルトの前にそっと顔を寄せた。


「我が血の契約に基づき、汝エオストレに命ず。途切れざる古の血脈を受け継ぎ、力を解き放て。紫電を纏い、天を駆け、大地を足下に従えよ。」

ヒルデガルトは高らかにそう告げながら、自らの血に濡れた黒い鱗をエオストレの顎の下に突き立てた。


エオストレの顎から黒い鱗を伝って血が滴り、ヒルデガルトの血と混じりあった刹那、鱗は淡い白銀の光を放ち、吸い込まれるようにエオストレの下顎の鱗の列に収まった。


「あっ!デルマ、ヒルダを連れて、早く私から離れて。」

エオストレは自らの中に溢れる力を感じ、慌ててデルマを呼ぶ。


「えっ!何!」急に声を掛けられて、戸惑いながらもデルマはヒルデガルトに駆け寄って、その手を引いて急ぎエオストレから遠ざかった。


「これが古龍の本当の力・・・」エオストレがそう呟いた時、白銀の体からこれまでにない力が溢れ出す。

他の者を寄せ付けない、強力な圧を感じさせるその力によってエオストレの足許の大地はひび割れ、砕けた石が宙に浮かび上がる。

その石礫がぴしっと音を立てて砕け散り、時折、白銀の体の周りを小さな稲妻のような光が閃いている。


(おおおおっ!)内なる力によって体が膨れ上がるような感覚にエオストレは体を震わせ、全身の鱗を逆立てた。

その鱗の隙間から白銀の光が吹き出し、あまりの眩しさにデルマとヒルデガルトは目を瞑り、顔を背けた。


**********


「まあ、エオストレ。また大きくなりましたのね。しかも頭の角も立派になって・・・」

普段の様子に戻ったヒルデガルトが目の前の白銀の古龍を見上げながら、のんびりとした口調で言うのを聞いて、デルマは内心半分呆れていた。

(いやいや、一瞬で大きくなるってありえないでしょう?それもヒルダ、あなたが儀式を行ったのよ。覚えてないの?)


「ヒルダのおかげで記憶も魔力も取り戻せたわ。これでわたしも正真正銘の古龍よ。」

伝説の古龍がその力を取り戻すのを目の当たりにして恐れ戦くデルマの心を知ってか知らずか、自信に満ちた様子のエオストレが首を高くもたげて身を震わせると、圧倒的な威圧感と溢れ出る古龍独特の魔力が洞窟を満たす。


涼しい顔をして白銀の古龍エオストレを見上げるヒルデガルトの隣で、デルマは古龍の放つ魔力と圧力に息が詰まりそうだ。

(やはり私はこの子を手伝うべきではなかったのかしら。力を取り戻したとはいえ、まだごく幼い個体でこれだけの力を持つ古龍が人間の近くにいることが後々人類の存在を脅かすのではないかしら。)


畏怖に満ちた眼で自分を見るデルマに気が付き、エオストレは首を下げ、デルマを正面から見つめる。

「デルマ、あなたのおかげでもあるわね。お礼を言うわ。あと、そんなに心配しなくても、古龍の伝統として積極的に他種族に関わるつもりはないわ。」

穏やかな声でそう告げたエオストレだが、声にならないような小さな声で「ただし、ヒルダと私に仇をなさない限りはね。」と呟いたのはデルマの耳にもヒルデガルトの耳にも届かなかった。



今回もお付き合いくださり、ありがとうございました。

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