古龍の継承 その1
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「屍龍よ。我が僕よ。贄を喰らい、更なる力を我に与えよ。」
不死僧が白く滑らかな「壁」に描かれた紋様に魔力を注ぎ込むと、「壁」に細かな鱗状の模様が浮かび上がった。
鱗の隙間から嫌な瘴気が感じられる。
「むぅ。我が魔力だけでは足りぬか!」不死僧が怒りの声を漏らす。
「せめて、こやつらだけでも倒せ。そうすれば贄を得て魔力を蓄えられるものを。」
不死僧は自らの体が足元から灰になりつつあるのにも構わず、魔力を注ぎ続ける。
不死僧の体が腰の辺りまで灰になった時、白い「壁」が前触れもなく突然揺れたかと思うと、地面を抉るように白い巨木のようなものが立ち上がり、不死僧を弾き飛ばした。
「おお、伝説の古龍を屍龍として動かし得たぞ!我こそが最高の死霊術師だ!時間と贄さえあれば、前足だけでなく完全に動かし得たものを・・・」
歓喜とその後に悔しさを滲ませながら不死僧は粉々に砕け散り、灰となって霧散した。
白い巨木のごとき巨大な前足はそれ自体が意思を持った物のようにヒルデガルトやデルマ、黒ずくめたちの居所を探るように動く。
「ヒルダ、デルマ、気を付けて。それはアデルハイトの左の前足よ。死霊術によって動く屍のようになっている。ぐっ、かはっ!」
大蛇の霊に巻き付かれ、絞め上げられながらエオストレが注意を促すが、さすがに苦しいのだろう、喘ぐように息を吐いた。
アデルハイトの腕は高位の魔物を一撃で霧散させるだけの力を持っている。ひ弱な人間に過ぎないデルマなどひとたまりもないだろう。デルマは左腕と距離を取ろうと、じりじりと後ろへ下がるが、狭い洞窟の中だ。逃げるにしても限度がある。充分に離れる前に背中が洞窟の壁にぶつかってしまった。
その間にも巨大な前足が黒ずくめたちを薙ぎ倒し、エオストレに迫る。
大蛇の霊に絡みつかれたエオストレも動きが束縛されてしまい、誰彼構わず本能的に倒そうと動く屍龍の前足をよろめきながら辛うじて躱している有り様だ。
『氷の盾!』
白く巨大な腕がエオストレに殴りかかるのを防ごうとヒルデガルトが魔法を使うが、直撃を逸らすのが精一杯で鋭い爪がエオストレの右前足を切り裂く。
「ああっ!」叫び声を上げたのはヒルデガルトだ。左手で押さえた右の二の腕から赤い血が滴り落ちる。エオストレが受けた傷がヒルデガルトにも影響しているのだ。
エオストレとヒルデガルトの体の大きさに比例して、傷の大きさも小さくなっているが、もしエオストレが直撃を受けていたらヒルデガルトも無事では済まなかっただろう。
「ヒルダ、大丈夫?」デルマが駆け寄って、ヒルデガルトの傷口に霊薬を振りかける。血こそ止まったものの、ぱっくりと開いた傷口が痛々しい。
「デルマ先生、ありがとうございます。」痛みを堪えながら、気丈にも笑顔を見せてヒルデガルトはデルマに礼を述べるとすぐにエオストレに視線を向ける。
「このままではエオストレがあの鋭い爪の餌食になってしまいますわ!」動きが鈍っているエオストレに迫る屍龍の鋭い爪にヒルデガルトは戦慄する。
「ヒルダ、まずはエオストレに巻き付いている蛇を何とかしてあげないと。自由に動けたら、エオストレは自分で自分の身を守れるでしょ。」
猛威を振るう屍龍の前足に気を取られてしまっているヒルデガルトに対してデルマが助言する。
「デルマ先生のおっしゃるとおりですわ。」
デルマの言葉で冷静さを取り戻したヒルデガルトが「なるほど」と言わんばかりに目を輝かせた。
「万物を遍く照らす光よ。迷える死者に安らかな眠りをもたらしたまえ。『永遠の安息』!」
生に執着する大蛇の霊への憐れみを籠めて、柔らかな金色に輝く光の珠を創り出し、その珠でエオストレを包み込んだ。
金色の光に包まれた大蛇の霊が苦しげにその長い体をくねらせ、束縛が弛むとエオストレが自らの長い尾を蛇と自身の体の間に差し込み、力任せに引きほどいた。
「助かったわ、ヒルダ。」
エオストレは体をほぐすように翼を羽ばたかせながら、迫ってきた屍龍の前足を白銀に輝く息吹で押し返す。
「エオストレ、無事で良かった。」力を取り戻した白銀の古龍に、ヒルデガルトは胸を撫で下ろす。
「まだ、終わってないわよ、ヒルダ。」そう言うとデルマは折れた杖を投げ捨てて、不死僧が使っていた短杖を拾い上げた。
「良い杖を使ってるじゃない。さすが不死僧になるだけの魔導師ね。」感心した声でそう言いながら、デルマは目の前でのたうっている大蛇の霊に短杖を押し付けた。
「万物の理を司る魔力よ。炎の槍となって敵を貫け!」
さすがに短杖が密着した状態からだと的を外すこともない。蛇の頭から尻尾をまっすぐ串刺しにするように短杖から吹き出した炎が蛇の体を焼いていく。
「さあ、炎に浄められてここから消え去りなさい。」炎を維持しながらデルマが呟く。
大蛇の霊は灰になることもなく、徐々に消滅していく。瘴気を吸い込んで実体化し、エオストレを縛り付けていたとはいえ、まだ受肉するには至っていなかったようだ。
「ヒルダ、あなたの力でアデルハイトに描かれた禍々しい紋様を消し去って。」
屍龍の前足を躱しながら、エオストレがヒルデガルトに声を掛ける。
「でも、エオストレ、どうすれば?」
「あなた、『清浄』の魔法は使えるでしょ?」
「ええ。初歩的な生活魔法ですから、それくらいなら。でも、それであの紋様を消すことができるのですか?」
「残念だけど『清浄』であれを消すことはできないわ。あなた、ヒルダは『清浄』を使う時、どんな心象を頭に思い浮かべてる?」
「それは・・・」エオストレの言葉にヒルデガルトは自身が『清浄』の魔法を使う時のことを思い返した。
「そうですわね。水が汚れを洗い流す心象かしら。」
「その水を光に、汚れを影に変えて、影を照らして消し去って。」
「水を光に・・・」
エオストレに言われた心象を頭に思い浮かべると、ヒルデガルトよ口から自然と言葉が紡ぎ出される。
「万物を遍く照らす光よ。闇を照らし、邪を祓い、影を退けよ。」
その言葉とともにアデルハイトの前足が柔らかな金色の光に包まれると、そこに描かれた邪悪な紋様から白銀の光が放たれた。
白銀の光の眩しさに、ヒルデガルトだけでなく、デルマやエオストレも思わず目を瞑る。
目を閉じてなお眩しさを感じる光が消えたのは心臓の鼓動が5拍くらい打った後だろうか。
猛威を振るっていた屍龍の前足はだらりと力無く横たわり、壁に貼り付くように鳴りを潜めたデルマ、前足の攻撃を躱そうと身構えたエオストレ、両手を胸の前で組み、祈るような姿勢で目を瞑っているヒルデガルト、そして前足に薙ぎ倒され、呻き声を上げている黒ずくめたちの姿があった。
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