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龍宿りし乙女  作者: 村井喜久
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霊峰の主 その4

ブックマーク&評価、ありがとうございます。執筆の励みになります。

不定期の更新で恐縮ですが、引き続き楽しんでいただけたら嬉しいです。

霊峰シュピッツェの頂に辿り着いた二人と一頭が目にしたのは、黒く焼け焦げて露になった岩肌と爆風でバラバラに散乱した数体分の骨であった。


「何でこんな骨が?瘴気の矢を放った奴らはどこ?」目の前に広がる光景にデルマが思わず疑問を口にする。


「あの爆弾では生身の肉体を骨にするまでの威力は無いわ。逃げられてしまったのかしら?」

デルマは警戒しながら周りを見回した。もし、逃げられていたら、また瘴気の矢を打ち込まれないとも限らないからだ。


「安心して、デルマ。あなたが吹き飛ばしたのは山頂を覆っていた氷とあの骨だから。」

「あの骨・・・」

まだ腑に落ちないデルマは首をかしげる。


「もしかして、あの骨が動いて、瘴気の矢を放ってきたのでしょうか?」

あまりに素直な、しかし突飛な考えを口にしたヒルデガルトをデルマは怪訝そうに見つめた。


「えっと、あの、以前読んだ書物に『動く死体』やそれを操る悪い魔導師のお話が載っておりましたの。」デルマの視線に、変なことを言ってしまったかとヒルデガルトが少し顔を赤らめながら説明する。


「死霊術ね。でも、それを実際に使えた人間は歴史上、一人もいなくて、空想の域を出ないとされているわ。」

「そうなのですか?私、てっきり実際にあったお話だと思っておりましたわ。」 デルマの指摘にヒルデガルトが益々顔を赤らめる。


そこに割って入ったのはエオストレだ。

「あら、デルマは他人の言うことを鵜呑みにするの?それとも自分の目で見ないことには信じられないのかしら?」


「そ、それはどういう意味かしら?」エオストレの言葉にデルマが反応したが、それは怒ると言うよりも、戸惑っているようだ。少し声がうわずっている。


「そのままの意味よ。ここで死霊術が使われたみたいね。」

「死霊術が!?」白銀の龍の言葉を繰り返したデルマだが、少し青ざめているようだ。


「デルマ先生、ご気分がすぐれないのですか?お顔の色が悪いようですけれど。」

「顔色が?ぜーんぜん、全然大丈夫よ。ホホホッ。」

心配そうに見つめるヒルデガルトに向かって、デルマは両手をヒラヒラさせて否定しながら、わざとらしく笑う。


「あっ!デルマの後ろ!ほ、骨が!」エオストレがさも焦ったかのような口調でデルマを驚かす。


「ひぃ!」デルマは顔をひきつらせて、隣にいるヒルデガルトを盾にするように回り込み、隠れるように身をすくめた。


「骨がバラバラになって、デルマの後ろに落ちているわよ。」クスリと笑いながら、平然とした声でエオストレが告げる。


「だめ、だめ、だめ!」泣きそうな声を出しながら、デルマは両手で耳を塞いでしゃがみこんだ。

「私、霊薬の素材として骨とか扱うけど、幽霊とかそういうの、ほんとにだめなの・・・」


「大丈夫ですわ、デルマ先生。一つも動いている骨などありませんわ。」ヒルデガルトはかばうようにデルマの肩を抱き、エオストレにキッとした視線を向ける。

「エオストレ!あまりからかってはなりません。デルマ先生がこんなに怖がってしまわれたではありませんか。」


「ごめん、ごめん。苦手そうだなぁと思ったけど、ここまで怖がるとは思わなくって。」右の翼で長い首をさすりながらエオストレが頭を垂れた。


**********


デルマの爆弾によって氷河が砕かれ、黒い岩肌が見え隠れしている霊峰の頂に立った二人と一頭は、中央の火口と思われる窪地の途中でぽっかりと口を開けた横穴に向かう。


「白銀の古龍アデルハイトは、この洞窟の奥で暮らしていたのでしょうか?」ヒルデガルトがエオストレにそう尋ねるのを耳にしたデルマは少し引っ掛かるものを感じた。


「そうとも言えるし、そうでないとも言えるわね。」ふわふわと空に浮かびながらエオストレが答えた。

「見てもらえば分かるように、その穴は体の大きな古龍がかろうじて通れる大きさよ。さすがに『生活』するには狭いでしょ?」

ヒルデガルトもデルマも実際に古龍を見たことなど無いのだから、この横穴が大きいのか小さいのか分からないが、エオストレが言うからには狭いのだろう。


「この横穴は通路よ。本当の入口はその奥。ただ・・・」エオストレが説明しながら、途中で言い淀んだ。

「ただ、今のこの穴からは瘴気が漂ってくる。中に禍々しい気配を感じるわ。」


「それって・・・」洞窟の入口を見やるデルマの目は不安そうだ。


「中に山頂にいた骸骨を操っていた元凶がいるってことよ。デルマ、あなた、外で待ってる?」


エオストレの言葉に逡巡するデルマだったが、外で独り待っている時に山の民の男たちに見つかれば、ただでは済まないだろう。何より、もし、散らばっている数体の骸骨が再び動き出したりしたら。

そこまで考えたデルマは、自分もついていくと覚悟を決めた顔で告げた。死霊術で操られた動く死体だの幽霊だのは、見るのも恐ろしいが、翼竜の群を一撃で屠った白銀の龍の力を思えば、独りで残されるよりはるかに心強い。


「そう。じゃあ、一緒に行きましょう。」エオストレはそう言うとヒルデガルトを振り返った。


「ヒルダ、あなた、『聖結界』を張ることはできる?あなたたち人間があの瘴気に直接触れたら、長くは立っていられないわよ。」

「『聖結界』ですか?」初めて聞く魔法の名を、ヒルデガルトは繰り返した。

「そう。『聖結界』よ。ヒルダは光の属性を持っているから使えると思うんだけど?」

「残念ですけれど、使ったことはおろか、習ったこともありませんの。」申し訳なさそうにうなだれるヒルデガルト。

「うーん。記憶を手繰ってみて。深く深く、ずーっと深く。」

エオストレはヒルデガルトの瞳を真正面から見つめながら、暗示をかけるような言葉に合わせて、ヒルデガルトの瞳が虚空を眺めるかのように焦点が定まらなくなってきた。


「あなたの記憶は私の記憶。私の記憶はあなたの記憶。」エオストレが穏やかな口調で囁く。

その言葉に導かれるように、ヒルデガルトは記憶の糸を手繰る。その糸は一本だけではなく、2本の糸が縒り合わさっていくようだ。


魔術の修行をする自分、王宮の図書室で書物を読む自分、春の祝祭に行く自分、さらに幼い頃の自分、そんな自身の姿を遡っていきながら一瞬記憶が途切れたかと思うと、ヒルデガルト自身の記憶には無い「記憶」が奔流のように流れ込んでくる。

まだ、靄がかかったように曖昧な、はっきりしない映像がほとんどだが、そんな中でも白銀の古龍が自ら魔法を操り、敵を屠り、魔を退ける姿が見える。


「万物を遍く照らす光よ。闇を退け、我が身を護らん。」焦点が定まらない瞳のまま、ヒルデガルトの口から魔法の詠唱が紡がれる。その言葉に合わせて、金色の光がマーブル状に混じりあった白銀色の光がヒルデガルトから溢れ出し、彼女自身だけでなく、デルマ、更にはエオストレをも包み込んでいった。


「さあ、ヒルダ。戻ってきなさい。」そう言いながらエオストレが自らの額をヒルデガルトの額に押し当てると、ヒルデガルトの瞳に光が戻ってきた。


「あぁ、エオストレ。とても不思議な夢を見ましたわ。エオストレ、あなたにそっくりな、でもあなたの何倍も大きな白銀の龍の体から光が溢れて、周りを包み込んでいく・・・」まだ、少しぼんやりとした表情でヒルデガルトが呟く。


「ヒルダ、その感覚を覚えておいて。必ずあなたの役に立つから。」エオストレは噛んで含めるように、優しくヒルデガルトの耳許で囁いた。



今回もお付き合いくださり、ありがとうございました。

おかげさまで60回目に到達しました。

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