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龍宿りし乙女  作者: 村井喜久
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霊峰の主 その3

ブックマーク&評価、ありがとうございます。執筆の励みになります。


不定期の更新で恐縮ですが、引き続き楽しんでいただけたら嬉しいです。

雪と氷に閉ざされた真っ白な世界の中、山頂へと続く氷の階段をひたすら登っていくヒルデガルトとデルマ。そして、その上空をふわふわと浮かぶように飛んでいる白銀の龍エオストレ。


「まるで冬のような寒さですわね。」冒険者ギルドで借りてきた外套の襟を搔き合わせるヒルデガルトの吐く息が白い。


「こんな気候は王国の他の場所では見られないわね。北の霊峰でしか手に入らない薬草もたくさんあるのも納得だわ。」デルマも外套の襟をきっちりと合わせながら、一面が万年雪に覆われた霊峰の頂を興味深そうに見回す。


山頂がはっきりと見えるようになってきた頃、ヒルデガルトは違和感を覚えた。

「あのぉ、山の頂に黒い靄がかかって見えるのですけれど、あれは何でしょう?」

ヒルデガルトは立ち止まり、山頂を指差した。


「靄?私には見えないけれど、エオストレは見えるのかしら?」デルマはヒルデガルトが指差した方向に目を凝らしながら、空に浮かぶ龍に尋ねた。


「見えるわよ。嫌な瘴気ね。古龍のすみかに相応しくない。もしここが殺戮を好む紅蓮のメテオールのすみかであったとしても。」凶暴な紅い古龍の名を引き合いに出しながら、エオストレは不満げな声で応えた。

財宝と名声を求める数多の冒険者や古龍の力を得ようと企む魔族など数え切れない挑戦者を悉く返り討ちにし、血で染めあげられたメテオールのすみかであっても龍の炎で浄化され、一片の瘴気さえ漂うことはない。

古龍の存在それ自体が聖も魔も侵されない圧倒的で純粋な力そのものであるはずなのに、その古龍のすみかとされる山頂が瘴気に包まれているということは、少なくともそこに古龍の力は及んでいないことになる。


「アデルハイトの力の残滓は残っているけれど、それ以上に瘴気が強い・・・」

エオストレは長い首を左右に振りながら呟く。

「私がここにいるということは、アデルハイトの寿命は尽きているから、残されているのはその肉体だけ。それにしてもこうも容易く瘴気に侵されるものかしら?」

古龍の肉体、鱗の一枚や爪の一片であっても、そこに秘められた魔力が消え去るには何十年、時には何百年もの長い年月がかかる。生まれ変わった古龍が継承の儀式によって魔力を引き継がれなければ、元の古龍の巨大な骸から魔力が失われるまでには気が遠くなるような時間が費やされるはずだ。


(誰かが骸を封印したか、あるいは解体して持ち去ろうとしているか・・・いずれにせよ、早くしなければ私が受け継ぐことができる力が奪われてしまう。)

誰かは分からないが、白銀の古龍アデルハイトの骸を我が物にしようと企む輩がいるようだ。人間の世界では龍についての噂を少しも聞くことが無かったから、人間ではなく魔族かあるいな亜龍の類いか?


「ヒルダ、デルマ、気を付けて。山頂に良からぬ輩がいるとみて間違いなさそうよ。もしかしたら、さっきの飛び蜥蜴もそいつらに使われていたのかも。」エオストレはヒルデガルトたちの頭上から注意を促した。


「瘴気が漂っているってことは、只者じゃないわよね。」少し緊張した面持ちでデルマは荷物袋から黒い玉を取り出した。一頭目の翼竜に大きなダメージを与えたデルマ特製の爆薬だ。


「デルマ先生。先生は素晴らしい魔法の使い手でいらっしゃるのに、その爆発する玉をお使いになるのですか?」

「そうよ。魔法はあまり得意じゃないし、魔法への耐性が強い相手だとこんな物理的な武器の方が役に立つかもしれないじゃない?魔法はヒルダに任せるからよろしくね。」

「は、はい。エオストレのためにも頑張りますわ!」

期待と信頼に満ちたデルマの笑顔に、ヒルデガルトは思わず大きな声で返事を返してしまい、慌てて両手で口を押さえた。


ヒルデガルトの声に気付かれたのか、山頂の瘴気の靄が揺らめく。


「来るわ!」鋭くエオストレが注意を促したのと同時に山頂からヒルデガルトとデルマをめがけて真っ黒な矢が2本飛んできた。

正確に自分たちを狙う矢を躱そうとデルマはヒルデガルトを突き飛ばしつつ、自身も横に倒れ込む。


一瞬前までヒルデガルトとデルマが立っていた空間を虚しく通り過ぎた矢は地面に当たるとそのまま霧散した。

「その矢は瘴気の塊よ。当たったら怪我だけじゃなく、呪いも受けてしまうかも。気を付けて!」

そう言うとエオストレは翼を羽ばたかせ、白銀に煌めく光の粒を色濃くヒルデガルトたちの周りを舞うように振り撒いた。


山頂から再び黒い矢が飛んでくる。今度は4本同時だ。2本は正確にヒルデガルトとデルマが倒れ込んでいる位置を狙い、残りの2本は二人から少しずれた所を狙っている。下手に身を躱すとそちらの矢に当たってしまうだろう。


『氷の盾』そう唱え、ヒルデガルトは自身とデルマの前に氷の板を出現させるが、矢は氷の盾に届くことなく、エオストレが振り撒いた白銀の光の粒の広がりに触れた瞬間に消滅した。


(ふう、こんな呪いめいた魔法を操る敵に遭うなんて、ちょっと舐めていたかなぁ。)そんな思いを抱きながら、デルマは体を低くして山頂を目指し、ヒルデガルトも気を張った表情で後に続く。


エオストレの援護も受けながら、山頂を指呼の間に臨む所まで近づいた時、デルマは手にした黒い玉に火を点けて、山頂目掛けて力一杯放り投げた。

「耳を塞いで、体を低くして!」デルマはそう言いながら、ヒルデガルトの上から覆い被さるようにして地に伏せた。


一瞬の間を置いて、山頂で耳をつんざく爆音が鳴り響き、砕けた無数の氷の破片が飛び散った。

氷の欠片は二人が伏せている辺りにまで届き、ヒルデガルトの上に覆い被さったデルマの外套を切り裂く。

(痛たたた。こんな風に戦うなら、やっぱり胸甲くらい着けとかなきゃダメね。)


「デルマ、あなた、なかなかやるわね。」エオストレが感心してデルマに語りかける。

「山頂にいた奴らは吹き飛んだみたいよ。あの黒い玉も霊薬なの?」


「霊薬ではなくて、木の炭と火山の黄石にある場所の土から抽出した塩硝を混ぜれば作れるわ。」事も無げに答えるデルマを、エオストレは面白そうに見た。

「あなたは、勿体ぶらないのね。よく見る人間はさも有り難げに『木の精霊を閉じ込めた炭と火の精霊が産み出した黄石と大地の精霊の力を宿した塩を融合して云々』みたいな事を言いそうだけど。」


「何でも魔力とか魔術で片付けるのは好きじゃないの。私も薬師だから、薬草に魔力を流し込んで霊薬を作るけど、だからと言って魔力が無きゃ何もできないとは思わないわ。」

「なるほどねぇ。やっぱり、デルマ、あなたは面白いわ。」エオストレはくすくすと笑った。





今回もお付き合いくださり、ありがとうございました。

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