霊峰の主 その1
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傷付いた翼竜を取り囲み、攻撃していた山の民の男たちは、ヒルデガルトの「翼竜の群が近づいてきている」との言葉に動揺し、お互いに目配せし合っていた。
一頭の手負いの翼竜にさえ苦戦しているのに、飛行している翼竜の群に襲われたら、結果は火を見るより明らかだろう。
男たちは、ちらりとヒルデガルトとデルマに視線を送る。
その視線に、デルマは自分たちに向けられた悪意を感じ取ると怖気が走り、身震いした。
(この感触は久しぶりね。ここまであからさまな悪意は。)
「ヒルダ、あとどれくらいで翼竜の群が襲ってきそう?」
「もう間も無くですわ。」
そう平然と応えるヒルデガルトに違和感を覚えたデルマ。
「ヒルダ、あなた、翼竜の群が怖くないの?」
「もちろん怖いですわ。でも、私も戦いますし、エオストレも一緒に戦ってくれるとおっしゃっていますの。」
そう応えてにっこりと笑ったヒルデガルトだが、すぐにまゆをくもらせ、小声でデルマに告げる。
「私は翼竜の群よりも、あの方たちの悪意の方が恐ろしいのです。」
(あっ、この娘も人の悪意とか強い感情を感じ取ることができるのね。)
デルマはヒルデガルトの瞳を一瞬覗き込み、さらに山の民たちをちらりと一瞥した。
「ヒルダ、もちろん私も一緒に戦うけど、本当に命の危険を感じたら遠慮無く逃げるから、あなたももう無理だと思ったら、私のことは放っておいて逃げるのよ。」
「デルマ先生・・・」
ヒルデガルトは一瞬瞳に真剣な光を宿してデルマの瞳を見つめ返すと、すぐに笑顔になった。
「大丈夫ですわ、先生。私の親友エオストレはとっても強いんですのよ。」
半分は強がりかもしれないが、厳しい闘いを前に笑顔を見せられるまでになったヒルデガルトにデルマも笑顔を返した。
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「よし、そろそろ退くぞ!」リーダー格の男がそう告げると、山の民の男たちは一斉に翼竜と距離を取り、じりじりと後退を始めた。
「おい、ニコ!」リーダー格の男がニコに呼び掛けながら、顎をしゃくって、ヒルデガルトとデルマを差した。
その見下したような視線と侮蔑的な態度に、デルマが一瞬身を固くする。
(いよいよ、やる気ね。でも甘く見ていると痛い目を見るわよ。)
「恨まないでくれよ。白銀の古龍様の聖域を侵そうとしたあんたらが悪いんだから。」そう言ってニコは腰にぶら下げた狩猟用の縄を手に取った。縄の両側に石がくくりつけられており、目標に当たると勢いで巻き付いて、自由を奪う物だ。
「ふぅ。観光客の、それも女子供を囮というか、生け贄にしようなんて、山の民はさぞ誇り高い一族なんでしょうね。」半ば呆れた顔で皮肉を言うデルマだが、すぐに表情を引き締めた。
「私とヒルダは翼竜と戦う。誇り無き負け犬は邪魔をするな!」
戦で一騎討ちの名乗りを上げるかのごとき迫力と大音声でデルマが一喝すると、思わずニコは得物を取り落とした。
「なっ、」デルマの勢いに飲まれて立ち尽くすニコ。
対するデルマは力強く地面を踏みしめて、すっくと立ち、荷物袋から先の曲がった長い杖を取り出した。袋の大きさに明らかにそぐわない長さの杖が入っていたということは、この荷物袋にも『収納』の魔法がかけられているのだろう。
先端近くに紅玉がはめられた杖をデルマが一振りすると、炎が軌跡を描き出した。
「あんた、薬屋じゃなかったのか?」驚愕の声を上げるニコ。山の民の男たちも杖が描き出した炎の軌跡に驚きと怯えの表情を見せる。
杖を振るうだけで炎が噴き出すということは、デルマ自身の魔力が高いのか、杖に強力な魔力が賦与されているのか、あるいはその両方であろう。
「私は薬屋ではなく、薬師よ。」デルマは杖を振り回して、炎で模様を描きながら、ニコの言葉を訂正した。
この国では、薬師とは自ら霊薬を調合できる者を指し、薬屋は単に仕入れた薬を売るだけの者で、そこには厳然たる違いがある。
薬師は霊薬を調合する際に魔力を注ぎ込むことから、デルマが魔力を操れることに不思議はない。
ヒルデガルトはデルマが描く炎の軌跡を眩しそうに目で追った。
「デルマ先生はやはり凄い方でしたのね。様々な霊薬をお作りになられるだけでなく、魔法も操られるなんて!」
ヒルデガルトの眼差しが尊敬と憧れで満たされる。
「私の本業はあくまで薬師であって、攻撃魔法は苦手だから。」そう言いながらデルマは杖を山の民に向ける。
「手加減できないから、巻き込まれて黒焦げになりたくなかったら、さっさと逃げなさい!」
そう凄むデルマの言葉は半分は本当で半分ははったりだ。攻撃魔法そのものは並の魔導師など相手にならないくらい強力なものを操れるが、その魔法を細やかに制御する技術はなく、力任せに『大火球』などを使って周りにも被害を及ぼしてしまうのだ。
デルマのはったりが効いたのか、山の民の一人がデルマたちに翼竜を足止めさせているうちに逃げようと言った言葉をきっかけに、山の民たちは女性二人を残して、逃げ出そうとした。
しかし、時既に遅く、上昇気流に乗って下から昇ってきた翼竜の群が姿を見せ、山の民たちに襲いかかった。
「うわー、く、来るな!」山の民の一人が山刀を無茶苦茶に振り回しながら翼竜を追い払おうとするが、頭上から何頭ものを翼竜に襲われたらひとたまりもない。
あっという間に腕を喰いちぎられた男は悲鳴を上げて地面を転がり回る。
「バラバラになるな!一ヶ所に固まって互いの背中を守るんだ!」リーダー格の男がそう命令すると山の民たちは背中合わせに円陣を組み、頭上に山刀を振りかざして翼竜たちを牽制した。
翼竜たちは円陣になった山の民たちの頭上で旋回しながら、襲いかかる隙を狙っているようだ。
逃げ始めた山の民たちと距離があったおかげで、ヒルデガルトとデルマは翼竜の群が山の民の男に襲いかかるのを見て、自分たちも戦う準備を始める。
「万物の理を司る魔力よ。燃え盛る爆炎となり、敵を焼き尽くせ!」デルマが呪文を詠唱し、杖を横薙ぎに振るうと先にはまった紅玉が一際強い光を放つ。
その刹那、翼竜の群の上に一抱えほどの炎の球が現れ、爆音とともに爆発すると、翼竜たちに無数の小さな火球が降り注いだ。
「あー、やっぱりだめね。群のど真ん中で爆発させようと思ったのに、逸れてしまったわ。」デルマは悔しそうに呟いた。
先ほどははったりで山の民たちに「黒焦げになりたくなかったら」などと言ったものの、さすがに巻き込むのも後味が悪かろうと思ってしまったために、炎の球を随分上空に出現させてしまったのだ。
翼や体に火傷を負ったものの、翼竜たちの勢いは衰えず、一頭ずつ滑空しながら山の民たちに襲いかかった。
山の民たちは山刀で翼竜の攻撃を受け止めたり、身を躱したりしているが、完全には防ぎきれず、少しずつ傷を負っていく。
『氷の矢』ヒルデガルトが魔法を放ち、5本の氷の矢が翼竜たちの翼に突き刺さるが撃ち落とすには至らず、手負いになった翼竜たちは益々いきり立った。
「さすがは翼竜、と言ったところかしら。そう簡単にはいかなさそうね。」デルマはそう呟くと再び精神を集中して、呪文の詠唱を始めた。
「万物の理を司る魔力よ。渦巻く炎となって大地を駆け抜けよ!」そう唱えて、デルマが杖を振るうと、燃え盛る竜巻が出現した。
「その場から散り散りに逃げなさい!」山の民に向かって叫びながら、杖の先を向けると炎の竜巻が揺れながら翼竜と山の民たちがかたまっている方に進み始めた。
人間の背丈の5倍にもなろうかという炎の竜巻は地面を焼き焦がしながら進んでいき、2頭の翼竜を炎の渦に巻き込み、地面に叩き落とした。
地面に落ちた翼竜がキシャーという叫び声を上げる。さらに仲間を呼んでいるのだ。
「また仲間を呼んでいるみたいね。いったいこの山にどれくらいの翼竜がいるの?」そう呟きながらデルマは再び精神を集中させ、魔法を発動させる準備に入った。
その隣ではヒルデガルトが盛んに氷の矢を翼竜の群に撃ち込んでいる。
(ヒルダ、大したものね。あれだけ魔法を放っても息一つ切れていない。)氷の矢一本一本はそれほど魔力を消費するようなものではないが、何度も5本同時に矢を放つヒルデガルトを横目で見ながら、デルマは舌を巻く。
ヒルデガルトとデルマの魔法で最初の翼竜の群をほぼ無力化された頃、次の群が飛来した。先ほどの群よりも大きく20頭はいそうだ。
「もうだめだ。俺たちはここで喰われるんだ・・・」自分たちの身を守るだけで精一杯の山の民の男たちは、絶望したように呻き声を上げる。
「ふう、こんなに翼竜がいるなんて。これまでよくシュネーベルクの街が襲われなかったわね。」呆れたようにため息をつくデルマ。
「デルマ先生・・・」隣のヒルデガルトも翼竜の群の大きさに顔色を失っている。
不安げな瞳でデルマを見上げるヒルデガルトに、デルマは笑顔を見せる。半分は強がりだが、ここで弱気になったら、ヒルデガルトを不安にさせるだけだし、何より自身の心が折れてしまいそうな気がするからだ。
今度の群は前のよりも知恵が回るのか、腰砕けの山の民たちを後回しにして、まだ闘争心を失っていないヒルデガルトとデルマに狙いを定めたらしく、二人の頭上で旋回を始める。
デルマは自分たちの頭上を守るように大きな炎の輪を浮かべ、翼竜たちを牽制するが、隙を見せれば一斉に飛びかかってきそうな気配に気が張りつめる。
二人の頭上を回っていた翼竜たちが旋回を止め、翼を羽ばたかせながら空中で静止した。いよいよ一斉に襲いかかってくるつもりなのだろう。知能の低いはずの翼竜がここまで統率の取れた行動をすることにデルマは驚きを禁じ得ない。
(さすがにこの全てが一斉に襲いかかってきたら防ぎきれない。)デルマは頭上の炎の輪にさらに魔力を注ぎ込み、単なる輪から周囲を取り囲む炎の壁へと燃え立たせるが、勢いのついた翼竜を防ぎきる自信はない。
ヒルデガルトも自身とデルマの前に厚い氷の盾を創り出し、翼竜の攻撃に備えるが、その顔は緊張でこわばっていた。
ギャッ、ギャッ、と翼竜の一頭が鳴き声を上げると、20頭の翼竜が一斉に急降下して、ヒルデガルトとデルマに襲いかかってきた。
「回れ、炎の壁」そう命じながらデルマは頭上に差し上げた杖で円を描く。すると周りの炎の壁がその動きに従って回り始め、さらに火勢を強めた。
この炎の壁によって半数の翼竜が弾き飛ばされ、それをくぐり抜けた翼竜のうち4頭も氷の盾にぶつかり、炎の中に落ちていった。
しかし、壁と盾をくぐり抜けた翼竜たちがヒルデガルトとデルマに襲いかかる。
「間に合って!」そう叫びながら、デルマが杖を振るうと杖の先にはめられた紅玉が砕け散り、その欠片が炎となってヒルデガルトに向かう2頭の翼竜に降りかかる。
魔法を使う際に呪文を詠唱する必要があるデルマにとって、唯一、無詠唱で使える奥の手は、翼竜たちを怯ませこそすれ、撃退するには力が不足していた。複数の翼竜に分散したために威力が落ちてしまったのだ。
ヒルデガルトも2枚の氷の盾をデルマの背後に移動させ、翼竜を防ごうとするが、防ぐことができたのは2頭だけだった。
もはやこれまでか。防ぎ損ねた2頭の翼竜の鋭い牙が迫る中、そうデルマが覚悟を決めた瞬間、ヒルデガルトの影から白銀に輝く細かな粒子が吹き荒れ、翼竜たちを吹き飛ばした。
「お・ま・た・せ~!」気が抜けそうになる気楽な言葉とともに吹き荒れる白銀の粒子が集まり、一つの形を取っていった。
「エオストレ!」ヒルデガルトが親友にして義姉妹となった古龍の名を呼ぶ。
「もう!遅いですわ!生きた心地がしませんでしたわ。」珍しく怒った声でヒルデガルトが声を上げると、龍の形を取り始めた白銀の粒子の頭に当たる部分が左右に揺れ動いた。
「真打ちは最後に登場するものよ。それに麗しい師弟愛を観ることができて感動したわ。」そんな声とともに白銀の光の粒が凝集し、一際強い輝きを放つと、そこには一頭の美しい龍の姿があった。
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