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龍宿りし乙女  作者: 村井喜久
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霊峰シュピッツェ その3

ブックマーク&評価、ありがとうございます。執筆の励みになります。


不定期の更新で恐縮ですが、引き続き楽しんでいただけたら嬉しいです。

ヒルデガルトとニコが万年雪の上にできた氷の階段を前に対峙していたその時、突然、大きな影が差し、ギャッ、ギャッと耳障りな鳴き声が響いた。

空を見上げた三人が目にしたのは、ワニのような体に大きな皮膜の翼をつけた怪物だった。


「翼竜よ、逃げないと!」デルマが大声で叫ぶ。

翼竜は「竜」と呼ばれるが、古龍や飛龍とは系統が異なる種族で、どちらかというと大型の角蜥蜴に近い。

ただ、人間の大人の倍以上の大きさで、長い口吻に鋭い牙が並んでいる姿は、人間にとって脅威でしかない。


「よ、翼竜?」ニコは見たことの無い奇妙な怪物を茫然とした顔で見上げている。


「走って!翼竜は知能は高くないし、小回りが効かないから、岩の陰に隠れるのよ。」

そう叫んで走り出したデルマを追いかけるようにヒルデガルトとニコも走り出した。


「はぁ、はぁ、何であんな化け物がいるんだ!」走りながら吐き捨てるようにニコが怒鳴ったが、デルマもヒルデガルトも応えている余裕は無い。


何とか人の背丈ほどの岩や立ち枯れた木が並ぶ場所まで逃れたが、追いかけてきた翼竜がその木をへし折りながら、頭の上を通り過ぎるとヒルデガルトとニコは頭を庇うようにしてしゃがみこんでしまった。


デルマはそんな二人を尻目に荷物袋から黒い玉を二つ取り出すと、翼竜の動きを目で追う。


翼竜は獲物を諦めるつもりは無いらしく、少し先で旋回すると、三人が隠れる岩に再び向かって飛んできた。


デルマは黒い玉の一つに火を着けて、翼竜を待ち構える。

翼竜はデルマを見つけると、ギャッ、ギャッと鳴き声を上げ、大きな口を開けて、一直線にデルマの方に飛んでくる。


「さあ、いらっしゃい。」翼竜に鋭く睨みながら、デルマは乾いた唇を軽く舐めると、黒い玉を翼竜の口めがけて投げつけた。

本能的に動く物に反応するのだろう。翼竜は自分に向かって飛んでくる黒い玉を避けるのではなく、大きな口で噛みついた。

翼竜の口に黒い玉が飲み込まれた瞬間、ドンという爆音が響き、翼竜が口から黒い煙と赤い血を撒き散らしながら、地面に落ちてきた。


地面に叩きつけられた翼竜は、深く傷付いたものの、まだ致命傷には至っておらず、大きく口を開けて、威嚇してくる。血に塗れ、牙の半分近くが折れてしまっているが、まだ人間を噛み殺すだけの力は残っていそうだ。

ただ、飛ぶのは得意ではないようで、翼を羽ばたかせるものの飛び上がるようには見えない。


「デルマ先生、お怪我はありませんか?」そう言って駆け寄ろうとするヒルデガルトを手で制止しながら、デルマはじりじりと後ずさった。


「翼竜は一度地面に落ちてしまうとその場では飛び上がれないわ。高い所から滑空しないといけないの。地上を移動するのは苦手だから、走れば追い付かれないと思うけど、近づくと危ないわ。」


山頂へと続く階段には、翼竜の目の前を横切らなければならず、進むに進めなくなったヒルデガルトとデルマ。


「おい、何でこんな化け物がいるんだよ。ここは白銀の古龍様の聖域じゃないのか?」

「それはこっちの台詞よ!あなたたち山の民が古龍様の聖域とやらを守ってたんじゃないの?」

ニコが震える声でぶつぶつと呟いているのを見て、デルマは半ば呆れつつ怒鳴るように応えた。


**********


「さっきの爆発音は何だ?」

毛長牛の背に跨がった、がっしりした体躯の男がヒルデガルトたちがいる場所まで上がってきた。


「角笛の音が聞こえたから来てみたが・・・おい、ニコ、ありゃ何だ?」

牙が生えた大きな口を開けて、威嚇してくる翼竜を指差しながら、男はニコに尋ねた。


「翼竜っていう化け物らしい。ちょっと前まで空を飛んで、俺たちを襲ってきたんだ。」

山の民の仲間の姿を見て落ち着きを取り戻したニコが説明した。


「それで角笛を鳴らしたのか。もしかするとあいつがザックを?」

「分からない。だけど、空を飛ぶ化け物であれだけの鋭い牙を持っているから、多分あいつだろう。」


「で、そちらのお嬢さんたちが今日の客か?」

「客っていうか、何て言うか。」

言い淀むニコを不審そうに一瞥しながら、男は毛長牛から降りると腰に吊り下げた山刀を抜き放った。

「事情は後で聞く。まずはあの化け物を退治してからだ。」


男の得物は分厚い刃を持つ短い刀で、叩きつけて押し切る物だ。これなら翼竜の頑丈な鱗も切り裂けるだろう。


男が山刀を構えながら、翼竜との間合いを詰めていくと、翼竜は口を開けて威嚇する。ニコやデルマではなく、この男こそが敵だと認識したようだ。


男は初めて見る翼竜の力を量るように、じりじりと間合いを詰める。

翼竜が牙を鳴らしながら首を振った瞬間、男は山刀を振りかぶって、翼竜に飛び掛かった。

振り下ろされた山刀が翼竜の長い口吻の中ほどに叩きつけられると固い鱗が弾け飛び、刃の半ばまで食い込んだ。


「しまった、抜けねぇ。」

山刀は翼竜の口吻の骨と固い肉に食い込んでしまい、男の動きが止まる。刃が骨まで達した痛みに、翼竜がギャーと大きな叫び声を上げて、力任せに頭を振り回すと、堪らず男は投げ飛ばされてしまった。


「ちくしょう、俺の山刀が!」翼竜の口吻に食い込んだままの山刀を見て、男は悔しそうに呻く。


仲間の男と翼竜の闘いを見て、ニコは再び角笛を吹いた。先ほどと違い、今度は鋭く3回音を鳴らす。山の民の中で危機を知らせる合図だ。


(まずいなあ。山の民と翼竜。前門の虎、後門の狼とはまさにこの事ね。)デルマはまだまだ力の衰えない翼竜とこれから集まってくるであろう山の民のことを考えると頭を抱えたくなった。

(これ以上手間取ったら、身動きが取れなくなってしまう・・・)



「ニコ、手伝え!」山の民の男は予備の短剣を構えながらニコに声を掛けた。

「分かった、オッド。」

一人では翼竜に怯えていたニコも山の民の仲間がいると心強いのだろう。オッドと呼ばれた山の民の男が持っていた物より少し短い山刀を構えて、翼竜を牽制した。


翼竜が口の中から血を流しているのを見て、時間を稼いで体力の消耗を図る作戦にしたのか、オッドとニコは交互に翼竜に攻撃する素振りを見せながらも翼竜の間合いには入らず、翼竜に首を左右に振らせるように動く。

翼竜が二人の姿を追って首を動かすたびに、その口から血が流れ出るのが見える。


そんな風に時間を稼いでいるうちに、さらに三人の山の民が集まってきた。

山の民たちは、昨日の被害も頭にあるのだろう。翼竜の周りを囲み、慎重に山刀で翼竜を傷付け、体力を奪っていく。


キシャー、とこれまでとは違う鳴き声で翼竜が叫び始めた。

「よし、だいぶ弱ってきているぞ。」山の民の一人が動きの鈍くなった翼竜を見て、仲間たちに告げる。


確かに翼竜の動きは鈍く、血が大量に失われたのか、出血も少なくなってきている。

それでも、なお、キシャー、と少し高い声で鳴き続ける翼竜にデルマは言い様の無い不安を覚えた。

(この高い声は遠くまで届きそうね。もしかしたら、仲間を呼んでいるのではないかしら?)


そう考えたデルマが周りの空を見回した時、突然ヒルデガルトが大声で叫んだ。

「翼竜の群が近づいてきています!」

まだ、翼竜の姿は見えないが、ヒルデガルトがそう言うということは、白銀の古龍エオストレが探知したのだろう。


「ヒルダ、翼竜の群はどこから来そう?」デルマが鋭い声で尋ねた。

「エオストレが言うには、西の下の方から上昇気流に乗って、こちらに飛んできているそうです。」


山の民たちもヒルデガルトの声に振り返り、不安げにヒルデガルトを見つめる。


「おいおい、一匹でもこんなに手こずっているのに、群だと?」山の民の一人がやけくそ気味にぼやいたのを皮切りに、山の民たちが目配せし合った。目の前の翼竜の追撃や新たに襲ってくるであろう翼竜の群からどうやって逃げるかの算段を始めたようだ。


(翼竜を捨て置いて逃げる、か。もしかしたら昨日、犠牲になったという観光客も山の民の山岳案内人に見捨てられ、囮にされたのかもね。)

デルマは山の民たちの様子を皮肉に満ちた目で観察しながら、自身とヒルデガルトが翼竜の餌にならないためにどうすべきか考えを巡らせた。

それにしても、もし昨日の山岳案内人が客を見捨てて囮にしたのなら、そんな人間を治療して命を救ったことが良かったのかどうか。その上、ここで自分たちも囮にされてしまったら、道化以外の何者でもないなあ、とデルマは独り苦笑した。




今回もお付き合いくださり、ありがとうございました。

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