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龍宿りし乙女  作者: 村井喜久
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霊峰の麓 その3

ブックマーク&評価、ありがとうございます。執筆の励みになります。


不定期の更新で恐縮ですが、引き続き楽しんでいただけたら嬉しいです。

「さて、エオストレ。」寝台に腰を掛けながらデルマはエオストレに話しかけた。

「あなたは見た目は小さな龍か巨大な角蜥蜴といったところだけど。」

「つ、角蜥蜴!?」エオストレが気分を害したように繰り返す。

「角蜥蜴ですって!この美しい翼を見て、よくそんなことが言えるわね!」

エオストレはそういうと部屋いっぱいに白銀色に輝く美しい翼を広げると、優雅に羽ばたかせて白く輝く光の粒を振り撒いた。


「あぁ、羽があるのね。それじゃあ、やっぱり龍なのかしら。飛龍にしては少し胴体が飛行向きじゃなさそうだけど。」

デルマ自身、これまで飛龍であれば実際に見たことがあるものの、それも遠目だったし、ましてや龍それも古龍となると図鑑の挿絵でしか見たことがない。しかも、その挿絵も多分に想像が加わったものであり、理想化あるいは誇張されたもので、目の前のエオストレとは似て非なるものだ。


「で、エオストレは龍の素材を取り込んで、自らその力を得たいと考えているのね?」

「取り込むのではなくて、取り戻す、と言った方が正確ね。」

「それは、私にとってはどちらでも良いことよ。それよりも、あなたのその我が儘でヒルデガルトを危険な旅に追いやったのね?」

デルマは、世間知らずで自らの身を守る術さえ覚束ないヒルデガルトを危険な霊峰にまで登るよう駆り立てたエオストレに少し腹を立てていた。


「そ、それは・・・ヒルデガルトは、力を取り戻せず、弱い存在である私を助けてくれると約束してくれたの。私の姉として、名付け親として、私を助けてくれるってね。」

エオストレはデルマの口撃に少したじろぎながらも反論した。いくら「弱い存在」といっても、明らかにヒルデガルトよりもエオストレの方が物理的な攻撃力はもちろん魔力でも勝っているのは明らかで、エオストレ自身もその自覚はあった。


「デルマ先生、あまりエオストレを責めないでくださいませ。私はエオストレの義姉妹として、自らの意思で彼女のお手伝いをしたいと思っているのです。」ヒルデガルトはやんわりとエオストレを庇う。


「ほら、ヒルダもこう言っているでしょ。デルマも手伝ってくれるのよね?」

「私はあなたを手伝うんじゃなくて、あくまでもヒルダを手伝うの。そこは勘違いしないで。」

デルマはエオストレと馴れ合う気はなく、なし崩し的にエオストレのペースに乗せられないように釘を刺す。


「ふーん。まあ、良いわ。」デルマの苛立ちを感じとったエオストレはこれ以上険悪な雰囲気にならないよう矛を収めた。


「ところで、エオストレ。あなたはやはり霊峰シュピッツェに登るのが良いと考えておいでなのですか?」話を本題に戻そうとヒルデガルトはエオストレに話しかけた。


「そうね。少し違和感はあるけれど、懐かしい力を感じるわ。」

「懐かしい・・・それは龍の存在でしょうか?」

「純粋なものとは少し違う気がする。波長が合わないというか、雑音というか。波動に乱れを感じるの。」

エオストレの表情は読めないが、人間であれば眉間に皺を寄せたような顔をしていたかもしれない。


「そうですか。」エオストレの少し不安げな答えにヒルデガルトも答えも少し沈んだ色を帯びる。


「でもね。目当てのものではないかもしれないけれど、大きな力の存在は感じるの。」エオストレがそう言って顔を上げる。

「だから、もし外れでも、ここまで遠出してきた価値はあると思う。」


「力ねえ。それって、街の入口で見た魔物騒ぎの原因じゃないかしら?伝説の白銀の古龍が暴れて霊峰に巣くっていた魔物が逃げ出してきたのかもよ。」山岳案内の男が「見たことのない魔物に襲われた」と騒いでいたのを思い出しながらデルマが口を挟む。


「そうね。デルマの指摘は良いところを突いているわ。魔物たちの力の均衡が崩れているのかもしれないわね。」デルマの言葉に首肯しながらエオストレはヒルデガルトにちらりと視線を送った。

(この薬師、なかなか知恵が回るわね。ヒルダの世間知らずを治す良い見本になるかもかもしれない。)


「デルマ先生。もし、山に登るのでしたら、山の民に許しをもらわなければならないのではありませんか?」

「そうね。山の民に案内をお願いする必要があるわ。明日の朝、山岳案内の組合に出向きましょう。」


「?」エオストレが不思議そうに首をかしげた。

「霊峰シュピッツェは白銀の古龍のすみかなのに、なぜ人間に許可を貰わないといけないの?」


「そうよ。山の民は遥か昔から白銀のアデルハイトを崇めていて、自分たちだけがその護衛あるいは召し使いとして仕えることを許されたと信じているからね。」

薬草の買い付けなどで山の民と交流があるデルマがそう解説すると、エオストレは鼻で笑った。

「ふん。要するに古龍が人間の些末な営みなど一顧だにしないのを良いことに、勝手に古龍の使徒と名乗っているだけね。」

エオストレ自身あるいは前身のアデルハイトが預かり知らないところで己の威を借り、山を独占しようとする山の民に呆れたような声を出した。


「まあ、私たちが聖堂で神を崇め、聖堂を汚す者に腹を立てるのと同じように、山の民は霊峰で古龍を崇め、山を汚す者を排除する。そこに山の恵みの利権も付いてくるといったところでしょうね。」

冷静にデルマは応えるが、龍の形をしたエオストレが龍を崇める山の民を鼻で笑うのを訝しく感じていた。


「まあ、何にせよ、無駄ないざこざを起こさないためにも、もし、山に登るのであれば明日の朝に山岳案内の組合に出向いて話を聞きましょう。」

デルマはそう締め括ると、ヒルデガルトたちに向かって夕食の話をし始めた。


**********


翌朝、山岳案内の組合が開く時間にヒルデガルトとデルマは組合に出向いていた。エオストレはまたヒルデガルトの影の中に隠れてしまったようだ。


「ごめんください。山に、シュピッツェに登って氷河を見たいのですが、案内をしてもらえないでしょうか?」デルマは受付らしき所に座っている女性に声を掛けた。


「今日、シュピッツェに登られるんですか?」受付の女性は少し驚いたようだが、すぐに確認のように繰り返した。


(外から来た観光客のようだけど、昨日の魔物騒ぎを聞いていないのかしら?まあ、魔物が出たという確証もないし、観光客がいなくなったら、うちも商売上がったりだから、助かるんだけど。でも、昨日の今日で山に登ってくれる案内人がいるかしら?)

そんなことを思いながら、受付の女性は山岳案内人の名簿をめくった。


「お客さんはお二人で観光ですか?」

「ええ、こちらには始めて来たんですが、山に登るには案内人が一緒でないといけないと宿の人に言われまして。」

「そうですね。シュピッツェは聖なる山で入山が厳しく規制されていますし、何より真夏でも雪が残っていて、遭難の危険もありますから、案内人をつけていただくことになっています。」

「素人でも万年雪が残っている所まで登れますか?」

「そこは熟練の案内人がお手伝いしますので。真夏でも雪が見られたと皆様にご満足いただいていますよ。」

そう言いながら、受付の女性はデルマとヒルデガルトの頭から足先まで見ながら、その服装を確認した。

「その服装では山の上では寒さに震えることになりますね。荷物になりますが、厚手の外套が必要です。ご入り用なら一着小銀貨3枚で貸し出していますよ。」

受付の女性も商売ということで巧みに外套を勧めてくる。


「あちらに貸し出し用の外套を吊るしてますので、大きさなど確認なさってくださいね。では、私は案内人に声を掛けてきますので。」受付の女性はそう言ってたくさんの外套が吊るされた棚を指差してから奥の方に入っていった。


**********


「ヒルダ、今の話を聞いていた?昨日、ここの案内人が大怪我を負って下山してきたのに、何事も無かったかのように話していたわ。油断は禁物ね。」小さな声でデルマはヒルデガルトに耳打ちした。

「はい、デルマ先生。」ヒルデガルトは小さく返事をすると、切り替えるように外套の棚を指差しながら声を少し大きくした。

「それにしても、山の上は夏でも外套が必要なくらい寒いのですね。お話を伺っていて驚きましたわ。」

「山は高くなれば高くなっただけ気温が下がるから。だからこそ、真夏でも雪が残っているのよ。」

「そうなのですね。王都にいては見られないこと、分からないことがたくさんありますのね。」

デルマの説明にヒルデガルトは感心して頷いている。

王国でも北に位置し、標高も高いシュピッツェだからこそ真夏でも雪が見られるのであって、王都に閉じ込められたままであれば、ヒルデガルトが真夏の雪山を見ることは一生無かったかもしれない。




今回もお付き合いくださり、ありがとうございました。

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