霊峰の麓 その2
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冒険者ギルドを後にし、宿屋に戻ったデルマはヒルデガルトに向き合った。
「ヒルダ、ようやく辿り着いた北の霊峰だけど、あまり状況は良くないわ。山には魔物が出るし、それを退治するはずの冒険者ギルドは魔物ではなく熊だと言い張っている。」
デルマはギルドの受付の女性がことさらに「赤羆」と強調していたのを思い出して、眉間に皺を寄せた。
「やはり、山岳案内の方は熊ではなく魔物に襲われたのでしょうか?」魔物も普通の獣も区別がつかないヒルデガルトは困ったような顔をしながら疑問を口にする。狼による咬み傷しか見たことがないヒルデガルトに傷口の違いが分かるはずもないだろう。
「あの時、背中についていた傷口は熊によるものにしては深すぎるのよ。しかも彼は『観光客が魔物に喰われた』と言っていた。大怪我をして瀕死の状況なのに嘘をつく必要があるのかしら。」
デルマは血と汚れを洗い流しで観察した傷口と、実際に傷口を塞ぐため使った霊薬の量をから、少なくとも通常の熊の爪による傷の倍の深さだと判断していた。
「でも、急に襲われて怖かったでしょうし、見間違いということもあり得ますわ。」
「そうね。恐怖によって実物よりも大きく見えてしまったり、血にまみれて熊らしくない色になっていたかもしれない。だからこそ、彼の怪我が治ったら、彼に改めて確認しないといけないし、襲われた現場を検証することも必要よ。でも、ギルドの人たちはそうした確認もせずに『赤羆』と断定していたわ。何かを隠しているのか、それとも魔物が出たとなると観光客を呼べなくなるから誤魔化しているのかもしれない。」
「確かに誰も『赤羆』を見たわけではないですし、唯一の目撃者である山岳案内の方は『魔物』とおっしゃっていましたものね。先生のおっしゃるとおり、検証が必要ですわね。」
「そうよ。だから明日の朝一番に山岳案内の組合を訪ねましょう。今日、治療を施した彼が入れば話を聞けるし、そうでなくても被害にあった観光客の話が聞けるでしょう?」デルマはヒルデガルトに向かってそう説明するが、望みは薄いのではないかと考えていた。
観光客が減って困るのは山岳案内組合も同じだろう。とすれば、隠すか誤魔化すか、そのどちらかの対応が普通だろう。
こんな遠くまでヒルデガルトを連れてきたが、身の安全を考えれば、何も収穫が得られなかったとしても王都に引き返すのが正解かもしれない。
「ヒルダ、王都を出る時の約束だと私が着いてくるのは、このシュネーベルクまでで、その後はあなた自らの判断に委ねるつもりだったけれど・・・」デルマは少し言いづらそうにヒルデガルトの瞳を見つめた。
「デルマ先生、王都から霊峰シュピッツェまでの旅にご同行くださって本当にありがとうございました。」
言い淀むデルマの言葉を引き取るようにヒルデガルトは話し始めた。
「私はこれまで王都の外に出たこともなく、本当に世間知らずで、先生にご一緒していただけなかったら、このシュネーベルクにも辿り着けなかったと思います。」
「それは・・・気にしないで、シュネーベルクまで一緒に来ることを決めたのは私自身だから。でも、ここから先は・・・山には魔物が出るかもしれないし、街の人間も信用できない。場合によっては、山に魔物が出るという噂を撒き散らす者として嫌がらせを受けるかもしれない。」
「・・・はい。」
デルマの心配そうな声音にためらいがちに頷くヒルデガルト。
「悪いことは言わないわ。霊峰シュピッツェに登るのはあきらめて、街の中で龍の素材を探すだけにして、王都に帰りましょう。」
年下の旅の道連れを損得抜きに心配するデルマの瞳にヒルデガルトも心を動かされ、「一緒に帰る」と言ってしまいそうになる。
「デルマ先生」ヒルデガルトはデルマの名を呼び、自身の両手でデルマの右手を包み込むように握る。
「温かいお心遣いに本当に感謝いたします。私一人であれば、ご忠告に従って王都に帰ることが先生の真心にかなうのかもしれません。」
ヒルデガルトはこれまでの優しく、でも頼りなげな瞳ではなく、決意を秘めたまっすぐな眼差しでデルマを見つめた。
「私の親友エオストレは、この北の霊峰に来るという私の判断に従ってくださいました。そして、今のこの状況でも異を唱えておりませんわ。それは少なくともこの霊峰が調べてみる価値があるからだと思っております。」
普段、それほど口数が多くないヒルデガルトが珍しく長々と話す。それは自分自身に言い聞かせ、さらに姿の見えない「親友」に語りかけているのかもしれない。
「先生にこの街まで連れてきていただいたことには本当に感謝しています。先生とのお約束はこの街まで。ここからは私とエオストレが乗り越えるべき壁ですわ。」
そこにいるのは世間知らずののんびりとした深窓のお嬢様ではなく、まさに武勇をもって鳴る辺境伯の娘だった。
「ヒルダ、あなた・・・」凛としたヒルデガルトの姿に、デルマは一瞬言葉に詰まったが、すぐに気を取り直した。
「ヒルダ、あなたの決心はよく分かったわ。でも、『はい、そうですか』とは言えないわ。第一、その親友のエオストレはどこにいるの?魔物が出て、よそ者を好まない山の民がいる所に、あなた一人を行かせるわけにはいかないわ。何かあったら悔やんでも悔やみきれない。分かった。私もついていくわ。」
(あぁ、私もお人好しだなあ。)デルマは心の中でそう苦笑しつつも自らの言葉に後悔は無かった。
その時、二人を包むようにたくさんの白銀の光の粒が煌めいた。
「ヒルダ、私の親友にして名付け親。ようやく自らの意思で私と共にあることを選択してくれたわね。」
床に落ちたヒルデガルトの影が割れ、白銀の古龍エオストレがその白銀に輝く優美な姿を現した。
「り、龍?」デルマはポカンと口を開けて自分の背丈よりも上にあるエオストレの顔を見上げた。
「あなたがヒルダのお友達・・・」
「初めまして、デルマ。ヒルダをここまで連れてきてくれてありがとう。可愛い子には旅をさせろと言うけれど、あなたのおかげで本当にヒルダは成長したわ。」エオストレはデルマの目の前まで頭を下げ、デルマの瞳を覗き込むようにして礼を述べた。
「龍・・・にしては小っちゃいわね?」ぼそっとデルマが呟いた。思いのほか素早く我を取り戻すところがデルマのデルマたる所以だろう。突然現れた龍を前にして、一瞬呆気に取られたが、すぐにエオストレを観察している。
デルマの呟きを聞き咎めた、エオストレは再び頭を上げた。
「デルマ、あなた失礼ね。ここで大きくなったら宿屋が壊れてしまうでしょう!それとも、あなた下敷きになりたいの?」
気分を害したのか、いささか棘のある口調でエオストレが反論してきた。
「デルマ先生、エオストレはこれでもかなり大きくなられましたのよ。初めてお目にかかった時はとてもお小さくて両方の掌に乗せられるくらいでしたの。」出会った時のことを思い出し、ほのぼのとした表情で両掌に大きな珠を乗せる格好をするヒルデガルト。
「でも、その後、瞬く間に私と同じくらいの大きさになられて、それはそれは驚きました。それにしても、また大きくなられましたのね。私3人分くらいあるかしら?」
少しピントがずれたヒルデガルトの言葉に、エオストレとデルマが脱力した。
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