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龍宿りし乙女  作者: 村井喜久
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テルミッツの街にて その2

ブックマーク&評価、ありがとうございます。執筆の励みになります。


不定期の更新で恐縮ですが、引き続き楽しんでいただけたら嬉しいです。

昼下がりというには少し遅い時刻になっていたが、テルミッツの街の大通りは街の住民だけでなく、行商や交易、旅行など王国内の各地域から訪れたと思われる人々で賑わっていた。

これから夜にかけて、この街で一夜の宿を取り、翌朝には出発するであろう隊商たちが到着すれば、往来は人で溢れ返るだろう。

テルミッツの街を含めたこの地方の国王の直轄領は不毛の荒野を擁するため、広さの割に土地そのものからの収益は少ないが、テルミッツの街を中心に交易にかかる通行税や街中で商売するための登録料など、商業から得られる収益は莫大なものになっている。

王都との間に広大な荒野が広がっているため、多くの隊商や旅行者がテルミッツの街に立ち寄って旅程の調整をしたり、必要な物資を補給することも街の繁栄に繋がっている。

穿った見方をすれば、テルミッツの街を王国北部における交通の要衝たらしめるために、王室としても敢えて荒野の開拓を進めないのかもしれない。


そんな賑やかな街の中をヒルデガルトとデルマは、この先の旅で必要になる保存食、香草や薬草、デルマの夜の楽しみである麦酒や葡萄酒を買うために歩き回っていた。


「王都も賑やかだけど、テルミッツの街もそれに劣らないくらい賑わってるわね。王都には入ってこない北部の生鮮品も多いし、商業だけなら王都を上回っているかもね。」

「本当に賑やかですわ。人がこんなに沢山いる所に来たのは初めてですので、ちょっと怖いくらい・・・」

「はぐれないように気を付けてね。もし、見失ったら、下手に探そうとせずにまっすぐ宿に帰るのよ。」

「分かりました。デルマ先生にくっついて参りますわ。」

デルマがはぐれないようにと念を押すと、ヒルデガルトは街の活気に影響されたのか、はたまた周りの喧騒で声が聞こえにくかったのか、勢いよく返事をする。


その一方で、はぐれないようにデルマの服の左袖をそっと摘まんでくるところが可愛い。

(世の男性が『守ってあげたくなるような女の子が良い』というのが分かる気がするわ。女の私でも守ってあげなきゃ、ってなるもの。)

デルマはヒルデガルトがはぐれないように、普段よりゆっくり歩きながら、いくつかの店を廻って買い出しを進めたいった。


**********


保存食など旅に必要な物を一通り調達した後、ヒルデガルトとデルマは女性服や装身具を扱う店や菓子屋などを覗きつつ、街の雰囲気を楽しんでいた。

その中に薬師の店や霊薬などの素材を扱う店が入っているところが二人らしいといえば二人らしいかもしれない。


「こちらの店の方が素材の種類が豊富ねえ。王都よりも少しだけ価格も安いし。」

デルマはいくつかの店を廻って、品揃えや価格を確認すると感心したように何度も頷いた。

「一口に霊薬の素材と言っても、様々な物があるのですね。一度見ただけではとても覚えきれませんわ。」

素材屋の店主とデルマの会話を思い出しながら、ヒルデガルトは感心することしきりだった。

植物だけでも何十種類あって、しかも一つの植物でも茎や葉、根、花、種などそれぞれの部位によって使い道も違うのだ。それをデルマと店主は本も何も見ずに、使い方や効能、価格まで情報交換していたのだから、ヒルデガルトが驚くのも無理はない。


「でも、やはり龍の素材はどちらのお店にもありませんでしたね。」

ぽつりとヒルデガルトが呟いたのを、デルマは聞き逃さなかった。

「そうね。元々、龍の素材は希少だし、下等種の飛龍の目撃情報さえ最近は無いとの話だったから。」

「も、申し訳ありません。デルマ先生が色々と伺ってくださっていたのに、何もお手伝いできなくて。」

自分の中だけで小さく呟いたつもりが、デルマに返事を返されて、ヒルデガルトが頬を赤らめる。


「デルマ先生がいらっしゃらなければ、素材屋の方たちからお話を伺うことはおろかテルミッツの街に来ることさえままならなかったのに。先生には本当に感謝しておりますの。」

「まあ、それは私ができることをやっているだけだから。」

デルマは淡々と応えるが、内心、可憐な美少女に頼られて、母性本能か、はたまた騎士道精神なのか分からないが、心を揺さぶられて顔に赤みが差していた。


**********


陽が地平線の向こうに落ちる頃、テルミッツの街に次々と隊商や駅馬車が到着し、通りの人通りもさらに増えてきた。

酒場や食堂、宿屋の呼び込みの声も熱を帯び、昼間とはまた違った賑わいを見せる。


「必要な物は調達したし、軽くご飯を食べて、宿に戻りましょう。ヒルダは何か食べてみたい物はあるかしら?」

「食べてみたい物ですか・・・えっと、あの、王都では食べられないものを頂いてみたいです。」

「そうねぇ。じゃあ、北部地方の郷土料理のお店にしましょう。」

そう言うと、デルマはすたすたと大通りの一本横の通りに入っていった。ヒルデガルトもはぐれないようにその後を慌てて追いかけた。


その通りは、大通りとは違って、旅人よりも地元の住民が多く、立ち並ぶ店も大通りのような大きな店ではなく、どちらかと言うとこぢんまりとした素朴な店構えをしている。

デルマは店の表に掲げられている献立表を見て店を選びながら、ヒルデガルトに話しかけた。

「お肉料理で良いかしら?」

「はい!お肉、大好きです!」

「じゃあ、ここにしましょ。」

そう言って二人が入ったのは、趣のある少し古びた食堂だった。


「いらっしゃいまし。」落ち着いた少し低めの女性の声が二人を出迎えた。

店主の妻だろうか。店の奥から中年を少し越えたくらいの女性が出てきて、二人の前で軽くお辞儀をする。決して太っている訳ではないが、丸っこい印象を受ける。醸し出す雰囲気が柔らかいためかもしれない。

女性は二人を少し奥まったテーブルに案内すると、水の入った木のコップを2つ置き、注文を待つ。


「こちらのおすすめ料理は何ですか?」

デルマがさも楽しみといった笑顔で尋ねると、店員の女性も笑顔で応える。

「うちの名物は、赤牛の挽き肉を捏ねて焼いたのと猪の肉を赤い甘唐辛子と一緒に煮込んだのですよ。北部の田舎料理なんで、若い人のお口に合えば良いのだけど。」


「どちらも美味しそうね!じゃあ、その赤牛と猪を頂けるかしら?」

「かしこまりました。お肉を焼く時間を少し頂くので、その間に何か飲まれますか?」

さりげなく飲み物を勧めてくるところが、長年客商売をやってきている証だろう。ごく自然で、押し付けがましさがない。


「そうねえ。私は赤葡萄酒を頂くわ。ヒルダは何が良いかしら?」

「林檎酢の水割りは置いてらっしゃいますか?」

「ありますとも。せっかくだから炭酸水で割りましょうか?すっきりしますよ。」

「ありがとうございます。では、炭酸水割りを頂けますか?」

「かしこまりました。」

店員の女性はヒルデガルトにも微笑みかけながら、厨房の方に下がっていった。


**********


料理が来るまでの間、銀の杯に満たされた赤葡萄酒と木のコップに入った林檎酢の炭酸割りでヒルデガルトとデルマは乾杯した。

「荒野では色々とあったけど、何とかここまで来れたわね。ここからは街道沿いを進むから途中で狼なんかは出ないと思うわ。」

「荒野の狼は本当に恐ろしかったですわ。おとぎ話に出てくる狼はどこかとぼけたところがあるのに、本物はあんなに大きくて、猛々しくて。」

灰色狼に襲われた時のことを思い出して、身震いするヒルデガルト。


(容赦なく『氷の矢』や『眠りの霧』で攻撃された狼の方も災難だったと思うけど・・・)

灰色狼を怖がるヒルデガルトを見ながら、デルマは心の中で突っ込んだが、口に出したのは別のことだった。

「ヒルダの魔法は王都の魔導学院かどこかで学んだの?」

「いいえ。お父様の方針で魔術とは本当に縁が遠くて。つい一月ほど前に家庭教師の先生に教わったばかりですわ。」


「えっ、一月!」

デルマはむせかえって、思わず口に含んだ赤葡萄酒を吹き出しそうになった。

「一月って、あなた・・・」デルマはそう呟いて、目の前の可憐な少女の顔をまじまじと見つめた。

デルマが驚くのも無理はない。『氷の矢』で正確に狼の首を射抜き、『眠りの霧』で複数の狼だけでなく、熟練の冒険者まで眠らせてしまった魔法を使ったヒルデガルトがまだ魔術を習い始めてたったの一月だと言うのだ。


そんなデルマの動揺に気付かず、ヒルデガルトは続けた。

「魔術の先生は、初歩的な魔法なのにまだまだぎこちないから修練なさいとおっしゃられて。北の霊峰に行くまでに少しでも上達すれば良いのですけれど。」

そう言って眉尻を下げて困った顔をしたヒルデガルトは頼りなげで、これまたデルマの庇護意識を刺激する。


「ヒルダの魔術の先生は付与魔法や霊薬の製造法は教えてくれたの?」

「賦与魔法、霊薬・・・全然教わりませんでしたわ。今の初歩的な魔法を覚えるだけで私が精一杯だったから、先生も呆れていらしたかも。」

「そう。じゃあ、いつか時間があったら私の工房で一度霊薬を作ってみない?ヒルダは『回復』の魔法が使えるし、もしかしたら良い霊薬が作れるかもしれない。」

「本当ですか!もし、良い霊薬が作れたなら素晴らしいです。ぜひ、教えてくださいませ。霊薬があれば、魔法による治療を受けられない人たちを救うことをができますわ。」

「そうね。『回復』や『治癒』の魔法を使える魔導師は市井には少ないし、その分、治療費も高いから。」


二人が魔法や霊薬の話に夢中になっているうちに、赤牛の挽き肉を捏ねて焼いた物と猪の肉を赤い甘唐辛子と一緒に煮込んだ物が運ばれてきた。

赤牛の方は茶色がかったトロリとしたソースがかかり、ほかほかと湯気を立てていて食欲をそそる。

猪の方も肉と赤唐辛子に薬草が混じった芳香が心地好く鼻をくすぐる。


「どうぞ召し上がれ。お口に合うと良いのだけど。」料理を運んできた女性は満面の笑みで語りかけた。夫が作る料理が心から美味しいと信頼している顔だ。


「すごく美味しそうね。早速頂くわ。」とデルマ。

「とても良い香りですわね。私も頂きます。」とヒルデガルト。

二人は早速ナイフとフォークでお行儀よく食べ始めた。


「うーん、肉汁がたっぷりで美味しい!」

「お肉がとても柔らかくて、口の中で蕩けます。」

デルマもヒルデガルトもその美味しさに思わず顔がほころぶ。

「北部地方のお料理を初めて頂きましたが、とっても美味しいです。」


「そんなに喜んでくれて嬉しいねぇ。最近は手の込んだ華やかな料理が人気で、こういう素朴な料理はなかなか食べてもらえないから。」


「丁寧に筋を取り除いたり、肉の臭みを取るために薬草や香辛料を絶妙に使っていて、なかなか他では真似できない素晴らしい料理だと思います。調理をされた方が料理を愛されていることが感じられますわ。」

霊薬と料理の差こそあれ、人の口に入る物を作っているからこそ分かる細やかな手仕事やこだわりにデルマは心の底から感激していた。

隣のヒルデガルトも幸せそうな笑顔でうんうんと頷く。


「嬉しいねぇ。美味しい料理は人を幸せな気持ちにするってのがうちの人の口癖だから。お二人さんの笑顔を見ているとこっちまで幸せになるよ。」

料理の美味しさに笑顔がこぼれているヒルデガルトとデルマを見て女性は本当に嬉しそうだ。


結局、二人はそれぞれの料理を分け合って、赤牛と猪の両方を堪能した後、さらにデザートに巴旦杏の粉で作った焼き菓子に赤い木の実を煮詰めて作ったジャムをかけた物まで平らげ、まさに「口福」といった面持ちで最後の薬草茶を飲んで、テルミッツでの夕食を終えた。




今回もお付き合いくださり、ありがとうございました。

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