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龍宿りし乙女  作者: 村井喜久
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テルミッツの街にて その1

ブックマーク&評価、ありがとうございます。執筆の励みになります。


不定期の更新で恐縮ですが、引き続き楽しんでいただけたら嬉しいです。

夜明けとともに馬の嘶きが荒野に大きく響く。


馬車の中で寝ていたヒルデガルト、デルマそして巡礼者の妻のケーテも目を覚まし、皆が軽く伸びをして、狭い車内で固まった体をほぐす。

3人は目覚めの挨拶を交わした後、軽く衣服を整えて馬車から降りるとヒルデガルトが準備した手桶と水で顔を洗い、口を漱ぐ。


さらにデルマは自分の荷物袋から薬草を漬けた化粧水を取り出すと布に染み込ませて、顔に馴染ませた。普段から化粧っ気の無いデルマはこれで済ませてしまう。

霊薬作りの際に不純物を混ぜないため、とは本人の弁だが、きちんとお化粧をすればもっと華やかさが加わって、その美しい顔立ちが映えるのにとヒルデガルトは残念に思う。


もっとも、ヒルデガルトはヒルデガルトで、自身はまだ子どもとの意識もあって、紅も差すわけでもなく、デルマと同じく軽く化粧水をつける程度だ。

それでも艶やかなヒルデガルトの肌を見て、デルマは溜め息とも感嘆ともつかない声を上げる。


「やっぱり若さよねぇ。この肌のキメと張り。羨ましい。」

じっと肌を見つめるデルマの視線にヒルデガルトはほんのりと頬を染める。

「デルマ先生こそ大人の魅力に溢れていらっしゃいますわ。私なんてまだまだ幼くて。」

そう言って頬に手を添えるヒルデガルトは名匠の手による一幅の絵画のようで、背景が荒涼とした荒れ野であることを忘れさせてくれる。

「まぁまぁ、お二人ともそれぞれにお美しくあられますよ。」そう口を挟みながら、ケーテはほっほっと笑った。


女性3人がそんな他愛もない話に興じていると、御者が声を掛けてきた。

「すぐにでも出発したいんで、早く朝飯を済ませてくれ。昼までには町に着きたいんでな。」


「あらあら、旦那のご飯を用意しなきゃ。」

そう言ってケーテが袋の中から固いチーズと黒いパンを取り出し、そそくさと連れ合いの方へと行ってしまうと、後に残されたヒルデガルトとデルマも背負い鞄からパンと砂糖で煮詰めた果物で朝食を取った。


**********


馬車はひたすら荒野を進み、陽が頭の上に昇る頃には周りの風景の中にちらほらと緑が混じるようになってきた。


「そろそろ荒野を抜けて、街道に入るわね。この調子なら街で買い物する余裕はありそうね。」外の風景を眺めながらデルマは呟くと、視線をヒルデガルトに移した。

「残り十日の道程だから、次の街で買わないといけないものを考えておいてね。」


「はい、デルマ先生。」明るい笑顔で頷いたヒルデガルトは、自身の鞄の中からローレンツ学院長にもらった旅の手引き書を取り出して、頁をめくった。

そんな二人の様子は、「かわいい子には旅をさせよ」の言葉どおりに見聞を広めるための旅に出た世間知らずのお嬢様とその付き添いの家庭教師を思い起こさせる。


**********


途中、昼食のための休憩なども取りながら、一行を乗せた馬車がテルミッツの街に着いたのは、陽が少し傾いて午後の柔らかな光を投げ掛け始めた頃だった。


この馬車に乗るのはここまでということで、馬車を降りたヒルデガルトとデルマは御者と護衛のマリウスに道中の礼を述べに行くと、逆に二人から灰色狼を退治したことに対して深く感謝された。

「狼の群を退治してもらって、その上、大切な愛馬の怪我まで治してもらったんだ。こちらこそ礼を言わねえと。」そう言って御者は深々と頭を下げる。


「お気になさらず。旅は一蓮托生だもの。事が起きれば、みんなで対処するのが当然だし、私たちは自分たちにできることをしただけだから。」

「デルマ先生のおっしゃるとおりですわ。他者のために己のできることを為すのは『高貴なる者の努め』ですもの。」

デルマもヒルデガルトもそう言って、御者の頭を上げさせる。


(ふむ。嬢ちゃんは良家の娘だとは思っていたが、よもや貴族だったか。薬師先生も下賎の出ではないな。)マリウスは御者と二人のやり取りを聞きながら、改めてヒルデガルトとデルマを観察した。

見るからに令嬢といった風情のヒルデガルトはともかく、化粧っ気も無く、ぞんざいな言葉遣いをしているデルマもただの街の薬屋ではなさそうだ。30そこそこの若さで高い製薬技術を持ち、海千山千の冒険者を相手に商売をしている上に旅慣れていることから、手広く商売をしている商家か有名な工房の家系に繋がっているのかもしれない。


**********


テルミッツの街は荒野を含む国王の第一直轄領の都市で、北に向かって放射状に広がる街道の結節点となっている交通の要衝であり、北方の各地方の産物を王都に運ぶ荷馬車や各都市を結ぶ駅馬車が集まることから商業都市として栄えている。


国王の代官として街を治めるのは、王家の家宰を代々務めるデトモルト家の当主の兄弟か息子とされており、現在は家宰アルトゥール・フォン・デトモルトの長男であるブルーノが派遣されている。

ちなみに家宰であるデトモルト家は、貴族に列されてはいるものの、その立場はあくまでも王家の私的な面と経済的な面の差配を行うものであって、爵位も固有の領地も持っていない。宮廷にも出仕はせず、表立って政治には関与しない。

もちろん王家の直臣の筆頭であることから隠然たる力を持っており、貴族の中にはデトモルト家に取り入ろうとしたり、姻戚関係を結ぼうとする者も少なからずいるが、現当主のアルトゥールは極めて慎重に身を処し、貴族からの影響を排除している。王家あってのデトモルト家ということをわきまえており、特定の貴族に力を持たせ、相対的に王家の力を削ぐような愚かな振る舞いはしないということだろう。


**********


御者たちに別れを告げたヒルデガルトとデルマは、馬車の駅亭で明朝の北行きの馬車の出立の時刻を調べた後、今宵の宿を探しに街中へと移動した。

夕刻というにはまだ早い時間帯でもあり、まだ街に到着していない馬車も多いことから、人出はまだ少ない方であるのだろうが、それでも油断しているとはぐれてしまいそうになる。


「昨夜は狭い馬車で一晩過ごしたので、今夜はきちんとお風呂の付いた宿にしましょう。」

そんなことを話ながら、ヒルデガルトとデルマは人波を縫うように歩き、大きな宿が立ち並ぶ通りに辿り着いた。

時間が早いこともあり、客引きの姿はほとんど無く、どの宿も軒先に空き部屋があることを示す札が掛かっている。


デルマは宿の前の道の清掃具合や従業員の服装、窓から見える客室の様子などを観察し、女性二人でも安全かつ快適に泊まれそうな宿を探す。


何軒か見て回った末にデルマが選んだのは、「青い鳥の止まり木亭」という一階が食事もできる酒場で二階と三階が客室になっている宿屋だった。


「ごめんください。今夜、一部屋お借りしたいのですが。」

宿の中に足を踏み入れたデルマが声を掛けると、奥の方から白い前掛けをした若い女性がぱたぱたと帳場に出てきた。女将というにはまだまだ若く、おそらく従業員だろう。


「いらっしゃいませ。何名でお泊まりですか?・・・お二人様ですね。少々お待ちください。」宿の女性はデルマの後ろにいるヒルデガルトにちらっと視線を送りながら、デルマに向かってそう答えると、帳場の戸棚から宿帳を取り出した。


「三階の奥の通りに面したお部屋はいかがでしょうか?それほど広い部屋ではありませんが、女性お二人なら十分だと思います。」

「三階ね。一度、部屋を見せてもらって良いかしら?」

「かしこまりました。それでは、付いてきてくださいますか?」

「ありがとう。ヒルダも一緒に見に行きましょう。」

「はい、先生。」


食堂の奥の階段を上り、3階に行くと、そこは廊下に沿って4つの扉が並んでおり、女性はその中の一番奥の部屋の前まで行って、扉を開けた。


その部屋は、白を基調にした小綺麗な部屋で、寝台を2台置いているため、それほど広くはないがヒルデガルトとデルマが一晩泊まる分には十分なものだった。

「良いお部屋ね。こちらで一晩おいくらかしら?」デルマが笑顔で訪ねると、宿の女性は間を置かずに素泊まりで小銀貨8枚、朝食付きで大銀貨1枚だと答える。

少し高い気もするが納得のいく価格だったので、デルマはこの部屋に泊まることにした。


「お泊まりくださり、ありがとうございます。朝食はご入り用ですか?」

「素泊まりでお願いします。」

「かしこまりました。」

そうしたやり取りを交わして、デルマは小銀貨8枚を手渡した。


宿の女性がそれを数えて「確かに」と小袋にしまい込んだタイミングを見計らって、デルマがにっこりと笑いながら一言、

「汗を流す湯は付けてくださるんですよね?」と尋ねる。

疑問形を使ってはいるが、支払が終わり、宿の女性としても断りにくいタイミングでねじ込むところがデルマの上手いところだ。

宿の女性は、苦笑しながら大きなたらい2杯分の湯を運ぶことを約束した。


こうして今宵の宿が決まると、デルマはヒルデガルトとともに街の商店街に向かった。

「ヒルダ、あと10日の旅で必要な物を補充するわよ。」

「はい、先生。王都以外でお買い物をするのは初めてなので楽しみですわ。」

「うんうん。旅の荷物を補充したら、ほかのお店も見て廻りましょう!」

「はい!」

王都でもほとんど買い物に出たことのないヒルデガルトは、満面の笑みを浮かべながら、デルマの手を引っ張って街の中へと歩いていった。




今回もお付き合いくださり、ありがとうございました。

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