荒野を越えて その3
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「この荒野では灰色狼は少ないんで油断していたが、おかげで命拾いしたよ。」
「馬車が転倒して売り物が少し壊れたかも知れないが、命あっての物種。助かったよ。」
「この馬車に乗り合わせたのも神の配剤というもの。神の御加護に感謝します。」
馬車の護衛であるマリウス、行商人の護衛のテオ、それにヒルデガルトとデルマが灰色狼の襲撃を撃退するところを馬車の陰から見守っていた御者や行商人、巡礼者の夫婦は感謝の表情で4人に口々に礼を述べる。
「まずはみんな無事で良かった。ちょっとドジって怪我をしちまったが、それもそこの薬師先生に治してもらえたしな。」頭を掻きながらマリウスが言うのを聞いて、思い出したようにデルマが口を出した。
「馬車が転倒した時に怪我をされた方がいれば、痛み止などもありますが、大丈夫ですか?勿論お代はいりません。旅は道連れですから。」
デルマの申し出に御者と巡礼者の夫婦は遠慮がちに打ち身や擦り傷を見せ、デルマは治療薬の軟膏を擦り込んでいった。
行商人の中年男は、灰色狼の襲撃前にデルマに「自分の身は自分で守れ」とえらそうに言った手前、バツが悪そうにしていたが、事情を知った御者に「途中で具合が悪くなったら逆に皆の迷惑になる」と言われ、小さくなりながら捻った手首と脚の打ち身をデルマに治療してもらった。
「馬車がぶつかった馬はどんな具合かしら?」デルマが御者に尋ねると、馬の様子を見ていた御者が振り返った。
「実はあまり良くない。狼に噛まれた前足の怪我もひどいが、馬車と一緒に転倒した時に後ろ脚を骨折したみたいだ。添え木をして何とか次の街までは行きたいが、今みたいに途中で獣や魔物に襲われたら逃げ切れない。」いつも一緒に仕事をしてきた相棒の馬の怪我に御者の顔が曇った。
「困ったわね。人間用の霊薬がどこまで馬に効くか分からないし・・・」デルマも顎を軽く摘まみながら思案顔になる。
「あのぉ。もしかしたら『治癒』の魔法であれば、種族の隔てなく、少しは良くなるのではないでしょうか?」自信なさげに申し出たヒルデガルトの顔を見つめて、デルマはにっこりと笑った。
「そうね。薬と違って魔法の方が確実よね。もし完全に治らなかったとしても、薬のような副作用や予想外の効果も無い分、安心かも。」
ヒルデガルトに微笑みかけた後、デルマは御者に向き直った。
「それでどうかしら?」
「そうだな。今より悪くなることが無いんなら、試してもいい。」大切な商売道具であり、長年の相棒でもある馬の背をを撫でながら御者はヒルデガルトとデルマの申し出を受け入れた。
「大事な相棒だ。よろしく頼む。」
「かしこまりました。できるだけのことをさせていただきますわ。」ヒルデガルトは御者に軽く頭を下げると横になっている馬の隣に膝を突き、右の掌で優しく馬の後ろ脚を撫で、骨折箇所を探す。
「こんな大怪我をして、痛いでしょうね。今治してあげるから、少しだけ我慢してくださいね。」
安心させるように優しく馬に声を掛けながら馬の後ろ脚に触れている掌に魔力を集中させるとヒルデガルトの右手の周りがうっすらと金色がかった白い光に包まれる。
『治癒』ヒルデガルトがそう唱えると、その光が馬の脚に吸い込まれるように消えていく。
痛みが消えたのか、馬が嬉しそうにブルルと息を鳴らして、その黒い瞳でヒルデガルトを見つめた。
ヒルデガルトは自分を見つめる馬の瞳に優しく微笑みかけると頬に振りかかった絹糸のような髪をかきあげ、灰色狼に噛まれた馬の前足の方に体の向きを変える。
ぶらぶらと力なく揺れる馬の前脚に掌をかざし、『清浄』の魔法をかけると、血や狼の唾液に汚れた傷口がきれいに清められ、赤い肉が現れる。そこには噛み砕かれた骨が白く突き出て痛々しい。
ヒルデガルトは両方の掌で馬の傷を包み、力強く馬車を引っ張って走っていた脚を心の中に描きながら魔力を注ぎ込む。すると金色がかった白い光が傷付いた前脚を包んだ後、傷口に吸い込まれていった。同時に砕けていた骨が組み合わさりながら、それを新しい肉が包み込み、更に元通りの毛皮に覆われた脚へと姿を変えていく。まるで逆送りの映像を見ているかのような魔法の力に、周りで見ていた御者たちは感嘆の声を上げた。
「おお、これが魔法の力か!」
「神の奇跡を見られるとは何とありがたいことか!」
「大したもんだ。あの怪我をここまできれいに治せるなんて。」
そんな周りの声など聞こえない様子でヒルデガルトは馬のたてがみを撫でる。
「まだ痛い所はありますか?自分の力で立てますか?」そんなヒルデガルトの呼びかけに応えるように馬は軽く身震いをして前肢で地面を支え、一気に立ち上がった。
急な馬の動きに驚いたヒルデガルトが横座りのままポカンと馬を見上げていると、馬は元気にヒヒンと嘶き、ヒルデガルトの前に頭を垂れる。
「良かった。元気になったのですね。」安堵の笑みを浮かべながら、ヒルデガルトが目の前の馬の頬を優しく撫でると馬は嬉しそうにその手に頬を押し当てた。
「おお、ノア、良かった、良かった。」御者は涙を流さんばかりに立ち上がった愛馬の首を抱き締めた。
「あんた、大した魔法使いだな。本当にありがとよ。」
「さてさて、馬も治ったことだし、早く出発してもらえないか?こんな荒野で野宿する羽目になるのを想像するとぞっとする。」元気になって調子を取り戻したのか、中年の行商人が騒ぎ出した。
「昼間でもこんな狼の群が襲ってくるんだ。夜になったらどんな魔物がでるか。早く出発してくれ。」
「そうだな。あんたの言うとおりだ。」御者は愛馬との感激の瞬間に水を差され、少しムッとしたかもしれないが、それは顔には出さず、平静に応えた。確かに御者としてもまた獣や魔物に襲われるのは極力避けたいところだろう。
「まずは倒れた馬車を何とかしないとな。マリウス、手伝ってくれ。」御者は倒れた馬車の周りを廻って、壊れた箇所が無いか点検し、屋根に少し割れ目が入ったものの、それほど大きな破損ではなかったことに胸を撫で下ろしながら護衛の冒険者に声を掛けた。
「合点だ。とはいえ、これを起こすのは骨だな。」冒険者のマリウスは馬車の乗客たちにも聞こえるように応え、困り顔で男性の乗客たちに視線を向けた。
「俺たち二人じゃどうにもならねえ。力のある奴は手伝ってくれ。」
「な!乗客にこんな力仕事をさせるつもりか。その分、代金は負けてくれるんだろうな、おい。」行商人は苦虫を噛み潰したような顔で御者の方を見る。
「すまねえなあ。しかし、馬車を戻さないとどうにもならねえんでね。」
御者が行商人をなだめるように言い、男性陣が揃って馬車を元通りに起こすために押し出した。
「思ったより重いな。」馬車を押しながらテオが愚痴るように呟く。
横倒しになった馬車を前に悪戦苦闘している男性陣を見かねて、デルマが声を掛ける。
「力任せに押すんじゃなくて、車輪の下を少し掘って、そこを支点にして梃子の原理を使って起こすのよ。」
「ああ、なるほど、それは気付かなかった。」マリウスはデルマに向かって親指を立てると、馬車の修理用に積んでいた板を両手で器用に使って馬車の下の土を掘り出した。
結局、全ての復旧作業が終わって馬車の旅が再開されたのは、陽が大きく傾いてからだった。この調子だと荒野を抜けられるのは、夜半過ぎになるかもしれなかった。
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