旅立ち
おかけさまで40話まで進めることができました。
これからも楽しんでいただけたら嬉しいです。
「シュピッツェの麓の町シュネーベルクまで順調に行って片道15日、町に3日滞在して帰ってくると33日。余裕を見て35日、一月余りの旅になるけど、荷物はどうするつもり?」
「幸い、魔術の先生から旅の手引きを頂きましたので、早速準備しようと思ってますの。」
にっこりと微笑みながらヒルデガルトは答え、少しくたびれた感じの書物を背負い鞄から取り出した。
「一月分の荷物よ。着替えや保存食、水袋、霊薬、護身用の武器その他諸々を揃えたらかなり嵩張るけど、そんな大荷物でお屋敷を抜け出せるのかしら?」少し意地悪な気持ちでデルマは尋ねたが、ヒルデガルトは満面の笑みでくるりと回って、デルマに背中を向けながら振り返った。
「『収納』の魔法がかかった背負い鞄を魔術の先生に頂きましたの!」
「それはそれは。ずいぶん気前の良い先生ね。」
嬉しそうに鞄を見せるヒルデガルトを微笑ましげに眺めながらデルマは言った。
「はい!先生が冒険者をされていた頃に一月分くらいの荷物が入るそうです。」
「そう。まあ、今回は馬車を乗り継ぎながら街道を進むし、夜は街の宿に泊まって本格的な野宿はしないから、それだけ荷物が入る鞄があれば十分ね。じゃあ、この際、外に旅の装備を買いに行きましょうか。長旅に向いた服や着替え、簡単な調理器具なんかもあると便利よね。」
「はい。よろしくお願いいたします!」
旅行が楽しみでたまらないといった風情で、ヒルデガルトはデルマに頭を下げた。
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(お父様、ヒルデガルトは白銀のアデルハイドを探す旅に出ます。しばらくの間は侍女のハンナが身代わりとして私の不在を誤魔化してくれましょう。早ければ一月、遅くとも秋には、秋の王宮でのお披露目までには戻ります。)
夜明け前のまだ闇に包まれた頃、ヒルデガルトは簡素な若草色のチュニック姿に『収納』の魔法がかかった背負い鞄を背負って、そっと部屋を抜け出した。
体のいい人質として、王都に留まることを求められている自分が王都を抜け出すことで、父である辺境伯に多大な迷惑をかけるかもしれないとの危惧はある。
一方で、自らを縛る王国の因習から自由になる解放感、更には偉大な古龍との約束を果たさなければ、自身はおろか家族や領地さらには国までも災厄に見舞われる、自分はその恐れを取り除くという使命を果たすのだという高揚感もある。
「万物の理を司る魔力よ、柔らかな霧となりて、安らかな眠りをもたらせ。」ヒルデガルトは寝ずの番をしている使用人や警備兵を眠らせようと魔法を唱え、廊下を『眠りの霧』で満たした。
(皆さん、ごめんなさい。風邪など召されませんように。)ヒルデガルトは心の中で謝りながら、壁にもたれて眠っている警備兵たちに厚手の布を掛けて、廊下を進んでいった。
カチャリ、と玄関の扉の鍵を外し、そっと扉を押し開けたヒルデガルトは、扉の隙間から滑り出るように外に出た。
空は一面に星が瞬き、背後の屋敷は深い眠りに落ちている。庭の先にある門の明かりが目に眩しい。
門番として立っているのはコールだろうか?
平民とはいえ、アルテンシュタットでも指折りの槍の使い手だったコールに果たして自分の魔法が通用するのか、少し不安はあるが、ここまで来ればやらざるを得ない。ヒルデガルトは覚悟を決めて軽く息を吸い込み、精神を集中した。
夜霧とは異なった乳白色の濃い霧に包まれるとコールは糸が切れた操り人形のように崩れ落ちた。
(大丈夫かしら。頭を打ったりされていないかしら?)そんなことを考えながら、ヒルデガルトは門番の詰所に近づいた。
コールは壁を背にずり落ちるように床に座って眠ってしまったようで、幸い怪我などはしていなさそうだ。
ヒルデガルトは背負い鞄から厚手の布を取り出してコールの肩に掛けると、足音を忍ばせて門の横に設けられた小さな扉をくぐり抜け、まだ闇に包まれている街の方へ消えていった。
**********
「これでよろしかったでしょうか?」
屋敷の外に出たヒルデガルトが見えなくなると、コールはおもむろに目を開き、立ち上がって門の横にある木の陰に向かって声を掛けた。
「ご苦労。猿芝居に付き合ってもらって悪かった。」そう言いながら木陰から姿を現したのは、この屋敷の主であるヨーゼフである。
「いえ。危うく本当に寝こけるところでした。魔法への耐性には自信があったのですが、お嬢様の魔力は大したものです。」
やられたな、といった感じでコールがヒルデガルトの魔法を褒めると、ヨーゼフは少し口を曲げ、機嫌が良いのか悪いのか分からない複雑な表情になった。
「あの子は、その力の使い方もよく知らなければ、世間の事にも疎い。こんなことになるのなら、もっと外の世界を見せておけば良かったか・・・」
「お嬢様の旅に同行するデルマとかいう薬師は信用できるのですか?」
「うむ、冒険者ギルドのゲルハルトによれば、デルマとやらは信用できそうだ。あとはハンナを替玉にしてどこまで王宮を騙し通せるかだな。」
「ハンナは顔を蒼くするでしょう。お嬢様の替玉と聞いて卒倒しないか心配です。」
確かに己の何も知らないところでヒルデガルトの替玉にされることになって、ハンナはいい迷惑だろう。
朝、ハンナがどんな反応をするか想像して、ヨーゼフとコールは互いに顔を見合わせて苦笑した。
今回もお付き合いくださり、ありがとうございました。
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