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龍宿りし乙女  作者: 村井喜久
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魔術の修練 その2

アルテンシュタットの魔導学院長ローレンツ・ヘクスターが王都にあるアルテンシュタット辺境伯の屋敷にたどり着いたのは、ヨーゼフから王都に呼び出す旨の手紙を受け取った7日後の昼下がりだった。


「あーっ!やっと着いた。お尻も腰も痛いったらありゃしない。」

乗合の駅馬車を乗り継げば15日はかかる行程を、辺境伯領の公式の馬車に乗って5日で走破したために体の節々が痛いローレンツは馬車から降りると、伸びをしたり、脚を屈伸したりしながら小さくない声で呟いた。


「ようこそお出でくださいました、学院長様。」

出迎えた屋敷の使用人は、礼儀を気にしないローレンツの姿に眉をひそめつつも、公式の馬車に乗ってきた客人ということで丁寧に屋敷の客間の一つに案内する。その居間は屋敷の中で二番目に格式の高い客間で、主に貴族階級の客人をもてなす部屋であることから、調度品や装飾も豪華で、部屋に入った瞬間、ローレンツもほうっと目を見張る。

(魔導卿は出入りの商人が入るような部屋にしか入れてくれなかったなあ。まあ、あの時は魔導卿と平の研究員だったから仕方ないか。)そんなことを思いながら、ローレンツはソファの一つに腰を掛けて、屋敷の主人を待った。


「ヘクスター学院長、遠路ご足労をおかけした。」ローレンツに少し遅れて、部屋に入ってきたのは辺境伯その人である。その姿にローレンツも立ち上がり、右の拳を左肩に当てる礼をする。

「ローレンツ・ヘクスター、お召しにより参上しました。」

「そうかしこまらなくて良い。学院長殿には領民の生活の向上と騎士団の強化で一方ならぬ世話になっているのだから。」


(いやいやいや、そこはきちんとしないとマズイでしょう。上から数えた方が速い辺境伯と平民ですよ。)心の中でそう思いながらも無下にするわけにもいかないので、ローレンツは軽く姿勢を楽にしてみせた。


「今回のお召しはお嬢様への魔術の指導のためとのことでしたが。」

「まあ、そう慌てずとも。まずは茶でも一杯・・・いや、長旅で疲れているだろうから、葡萄酒の方が良いかな?」こちらから口火を切る前に用件を聞いてきたローレンツに苦笑しながらヨーゼフはソファに腰掛けるよう促しつつ、侍女にワインを持ってくるよう命じた。


「魔術の発展に!」

「お家の繁栄に!」

ヨーゼフとローレンツは赤ワインが注がれたグラスを掲げて乾杯した。


「いやぁ、長時間、馬車に揺られた後のワインは沁みますね。」ワインを一息に飲み干したローレンツはにっこりと笑顔を見せながらワイングラスをテーブルに置いた。

「良い飲みっぷりですな、学院長殿。よほど喉が乾いておられたと見える。」労うように声をかけながら、ヨーゼフはそのグラスに赤ワインを注ぐ。

「伯爵自らお注ぎくださるとは恐縮です。」そう口では言いながら、全然恐縮した風でもなく、ローレンツはグラスを取り上げ、今度は半分くらいワインを口に含んだ。


「此度、遠路アルテンシュタットから来ていただいたのは他でもない、私の娘ヒルデガルトに魔術を指導してやってもらいたい。」ワインを飲んでローレンツが人心地ついたのを見計らって、ヨーゼフが改めて今回の招請の目的を告げると、ローレンツもグラスをテーブルに戻して、ヨーゼフに向き直った。


「それは仕事ですからもちろんお引き受けしますが、一つ質問しても良いですか?」

「答えられることであれば。」

「王族や貴族の方々は我々平民よりも強い魔力を持っていて、幼い頃から魔術の修練をするものだと思っていましたが、お嬢様は魔術の修練はしていなかったんですか?」

「それは、まあ何と言うか。親として、これまで娘には魔術は必要ないと考えていたが、娘が多少なりとも魔法を使えるようになりたいと言い出してね。」


少し歯切れの悪いヨーゼフの言葉に、ローレンツは出発前に秘書と話したのを思い出した。

(やはり、魔術の素質が無いわがまま令嬢が父親に駄々をこねたのか?)


「失礼ですが、お嬢様は今、おいくつでしょうか?私の記憶違いでなければ、確か今年15と聞いた記憶があるのですが。」

「そう今年15になる。娘も全く魔法を使ったことが無いわけではなく、簡単な生活魔法であれば使えなくもない。」

「そうですか・・・」

(うーん。これはマズイかも。いくら俺でももうすぐ成人するような年齢の初心者を教えるのは初めてだ。そこまで大きくなってから体の中の魔力の流れを感じたり、操ったりできるか分からないぞ。)


「魔術は比較的幼い頃、肉体が理性よりも感性に支配されている時から修練を始めないと、自分の内なる魔力を捉えきれないと言われてます。もうすぐ成人するような年頃のお嬢様がどこまで上達されるか保証はできませんが、それでもかまいませんか?」ローレンツは言葉を選びながら自分に課せられる責任を減らしにかかった。

「それはかまわぬ。娘を魔術から遠ざけていたのは事実だからな。だが、先日、大神官殿に会わせた時には魔力を右手と左手に動かせていたようだから、全くの落第生と言うわけではないと思う。少なくとも持っている魔力自体は人並み以上あるようだから、それを少しでも上手く扱えるようになれば。」

「ほぅ。」ヨーゼフの言葉を聞いて、ローレンツはその言葉の意味を推し測るように目を細めた。


「いずれにせよ、全ては娘を見ていただいてからご判断いただこう。ヒルデガルト!」ヨーゼフは廊下ではなく隣の部屋に続く扉の方に声を掛けると、ほどなく、コンコンと扉を叩く音がした。

「お父様、お呼びでございますか。」扉の外から鈴を転がすような澄んだ声が響いた。


その声に向かってヨーゼフは部屋に入るよう促すと、静かに扉が開き、白金の髪に白磁のような白い肌の美しい少女がしずしずと姿を現した。

少女はスカートの裾を摘まんで、右足を引いて腰を沈めてお辞儀をした。

「ヒルデガルト・フォン・アルテンシュタットと申します。学院長様にはお初にお目もじ仕ります。」


「いや、これは・・・」想像と違って、穏やかで優美な少女の姿にローレンツは一瞬言葉を失った。

(今頃になって魔法が使えるようになりたいなんて無茶を言うから、もっと高慢ちきなわがままお嬢様かと思っていたが・・・)


「あ、ローレンツ・ヘクスターです。アルテンシュタットの魔導学院で学院長をしております。」気を取り直してローレンツは立ち上がって自らの名を名乗ると、ヒルデガルトに歩み寄った。


「はじめまして。」そう言いながらローレンツはヒルデガルトに向かって右手を差し出した。

「なっ!」男性からしかも平民のローレンツが不躾に愛娘に手を差し出すのを見て、ヨーゼフは渋い顔をする。

この国の作法としては、女性から手を差し出さない限り、男性から手を差し出すのは失礼とされており、また、同性であっても身分の高い者が先に手を差し出すこととされているからだ。


ヒルデガルトも突然差し出されたローレンツの手に戸惑いの表情を見せ、一瞬ヨーゼフに視線を送ったものの、おずおずと揃えた指をその掌の上に軽く乗せた。


その瞬間、ローレンツは自らの掌の上に乗せられたヒルデガルトの白く華奢な指を包み込むように軽く握る。

「きゃ!」ヒルデガルトは驚いて手を引こうとしたが、ローレンツはそれを許さず、そのまま握りしめた。


「!」その様子にヨーゼフは思わず立ち上がりかけたが、何とか思いとどまり、二人を見守る。


ローレンツは握ったヒルデガルトの手に自らの魔力を流し込む。ヒルデガルトが体の中の魔力を動かせるかを確かめるためである。

もし、ヒルデガルトが為す術無く、ローレンツの魔力を受け入れられなければ、その魔力は二人の手の間からこぼれ落ちるだけだ。


「あ!」ヒルデガルトはローレンツの掌からほんのりと温かな力の流れを感じ、小さく声を上げた。

(ふむ。魔力の流れを感じることは出きるようだ。)ローレンツはヒルデガルトの反応を見て、さらに流し込む魔力を強めた。


「熱っ!」火の属性を持つローレンツの魔力はそのままであれば火傷をするくらい熱を帯びる。

「逆らわずに受け入れなさい。」ローレンツはヒルデガルトに声をかける。

「受け入れる・・・」その言葉でヒルデガルトは手に感じる熱い魔力の流れに意識を合わせ、その流れを己の中に取り込もうと集中した。

すると今まで感じていた熱さは無くなり、温かな流れが自身の中に流れ込んでくるのが感じられた。


「分かりますか。今、私の魔力があなたの中に流れ込んでいます。」

「はい。温かな流れを感じます。」

「その流れをもう片方の手に持っていって、掌の上に炎の球が浮かんでいるところを強く想像してください。」

「分かりました。」

ローレンツの言葉に従い、ヒルデガルトは自身の右手から流れ込んでくるローレンツの魔力を左手に移し、言われたように掌の上に炎の球を思い描く。

「もっと強く。炎の球。想像だけだと難しいのなら『火球』と言葉に出してもいい。」

「火球!」ヒルデガルトが復唱するかのように口にした瞬間、彼女の左の掌の上にごく小さな火の玉が燃え出した。

「よし、そこまで。」ローレンツはそう言って、握っていたヒルデガルトの手を離し、宙に浮いている火球を素早く両手で包み込むように捕まえた。


「魔力を操作することはできそうですね。」ローレンツは捕まえた火球の魔力を吸収して消火しながら、感心したようにヒルデガルトに声をかけた。

「異質な魔力を受け入れて、それを動かせるなら少しはマシな魔法が使えるようになるでしょう。」


「ありがとうこざいます。」集中したせいか、額ににじんだ汗に白金の髪を数本張り付かせながら、ヒルデガルトはローレンツに笑顔を向けた。


「学院長殿、娘の指導を引き受けてもらえますかな?」ハラハラしながら二人を見守っていたことなど感じさせない落ち着いた口調でヨーゼフがローレンツに確認すると、ローレンツは振り返りながら、謹んでお引き受けしますと快諾した。



今回もお付き合いくださり、ありがとうございました。

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