鑑定 その2
大神官ユリウスとヒルデガルトはソファから執務机へと座を移し、机を挟んで向かい合って座った。
「アルテンシュタット嬢は何か使える魔法はあるかの?」
「はい。『点灯』や『清浄』、『加熱』などの初歩的な生活魔法でしたら使うことができます。」
「よろしい。では、ここで『点灯』を使ってみせてくれまいか。」
「かしこまりました、大神官様。」
ユリウスからの求めに応じて、ヒルデガルトは『点灯』の魔法を使うべく、意識を右手の人差し指に集中する。体の中の魔力の流れを感じながら、指先に集まった魔力に「光る球」のイメージを与えていく。
「点灯!」ヒルデガルトは右の人差し指を軽く突き出して、そっと呟いた。するとその指先から掌に乗せられるくらいの金色がかった白い光の球が浮かび上がる。
「ふむ。」ユリウスがふわふわと宙に浮いている光の球とヒルデガルトの指の間に手を差し出し、光の球を掬い上げるようにして掌に乗せると、光の球は空気が抜けるかのように萎んで、ユリウスの掌の中に消えてしまった。
「ふむふむ。」ユリウスは光の球が消えた掌を見つめながら、独り納得するかのように呟くと、再びヒルデガルトに視線を戻す。
「では、今と同じことを左手の、そうじゃな、左手の薬指でやってもらえるかの?」
「かしこまりました。」
ユリウスの要望に応え、ヒルデガルトは今度は左手の薬指に意識を集中して光の球を出現させる。
「利き手でないと少し時間がかかるようじゃが、体の中の魔力の流れを掴んでおるな。」ユリウスは目を細めて光の球を見つめた。
(ヒルデガルトはどこで魔力の操作を覚えたのだ?)ヨーゼフは娘が利き手以外の指から光の球を出現させたのを見て、内心首を傾げた。体の中の魔力を操作することはもちろん、そもそも魔力がどのように体内に存在しているかさえ教えていないはずなのに・・・
「次は、」そう言いながら、ユリウスは机の引き出しから大きな水晶球を取り出し、幾重にも畳んだ黒い布を敷いて執務机の真ん中に置いた。
「この水晶球に手を添えて、体の中の魔力を掌から注ぎ込んでもらえるかの?」
「申し訳ありません。手から水晶球に魔力を注ぎ込むとはどのようにすればよろしいのでしょうか?」これまでやったことの無いことを要求され、ヒルデガルトは戸惑うように尋ねた。
「なんと。それもやったことが無いのか?」ユリウスは少し呆れたような声を出しつつも分かりやすく説明してくれた。。
「アルテンシュタット嬢、おとぎ話で魔法使いが魔法の杖を使う話を聞いたことがあるじゃろ?あれはまさに杖を体の一部として己の魔力を注ぎ込んで、術を発動させているのじゃ。そなたが今、体の中の魔力を右の人差し指や左の薬指の先に動かしたように、この水晶球を手の延長だと思って魔力を移してみなされ。」
ユリウスの説明を聞いて、ヒルデガルトは水晶球にそっと手を乗せると目をつむり、掌とその先の水晶球に意識を集中した。錯覚かもしれないが、体内に温かい流れを感じ、それが掌に到達すると掌と水晶球の間で熱を帯び始めた気がする。
「ほう。」水晶球に滔々と流れ込むヒルデガルトの魔力を感じ、ユリウスはヒルデガルトの顔を見直した。
「そのまま儂が止めるまで注ぎ続けよ。」ユリウスは、ヒルデガルトがどこまで魔力を注ぎ込めるか確かめたくなり、方針を変えて魔力を注ぎ続けさせた。
大量の魔力を注ぎ込まれた水晶球は、その中に映す景色が歪み出し、やがてその景色も消えて内側からぼうっと金色がかった白色の光を放ち始めた。
「まだ魔力が尽きないのか!」驚きを隠せないユリウスは思わず感嘆の声を上げた。
「む?」ヒルデガルトが水晶球に魔力を注ぎ込み始めて、しばらく経った時、ユリウスは違和感を覚えた。
(魔力の質が変わった?)ユリウスは何度も水晶球とヒルデガルトを見比べた。気付くと水晶球から放たれる光が金色がかった白色から白銀色に変わっている。
"ピシッ!"注ぎ込まれる魔力に耐えきれなくなったのか、水晶球が音を立てる。
「魔力を注ぎ込むのを止めよ!」ユリウスが慌てて、ヒルデガルトを制止した。
「は、はい。」ヒルデガルトは声に従って、魔力を止めたが間に合わず、バキッ、と大きな音を立てて水晶球は真っ二つに割れてしまった。
「何と言うことじゃ。この水晶球が抱えきれぬほどの魔力を注ぎ込めるとは!」ユリウスは驚きを超えて、恐れさえ覚えながら、割れてしまった水晶の半球をそれぞれ左右の手に取った。
「この水晶球の容量を超える魔力の持ち主といえば、我が国の中でもロストック魔導卿や儂のほか、ごくわずかしかおらぬ。」呻くような声でユリウスは呟き、ヒルデガルトとヨーゼフの顔を交互に見比べた。
「ユリウス殿。」ヨーゼフも愛娘の力に驚嘆しながら、大神官に声をかける。
「私も娘の力がこれほどまでとは想像もしませんでした。」
絞り出すような父の声で、ヒルデガルトははっと我に帰った。
「も、も、申し訳ございません、だ、大神官様。ち、力の加減が分からず、大変な粗相をしてしまいました。お、お怪我はなさいませんでしたか?」
ヒルデガルトがおろおろしていたのは、聖堂の宝物であろう大きな水晶球を壊してしまったこと、想像もしなかった己の力を自覚したこと、その両方であったかもしれない。
「いや、儂は大事無い。そなたの方こそ気分がすぐれなかったり、頭がぼうっとしたりはしておられぬか?これだけの魔力を放出したのじゃから・・・」
「わ、私は大丈夫でございます。大神官様が止めるようにおっしゃられたにも関わらず、魔力を止められず、大切な水晶球を壊してしまい本当に申し訳ございません。」
「構わぬ。儂が自分の興味でそなたに魔力を注ぎ込ませたのだから、気に病むことはない。」
ユリウスは平静を取り戻し、落ち着いた声で応えながら、ヒルデガルトからヨーゼフに視線を移した。
「これほどの力を持っているのに、今まで何ら修練をさせなかったとは、いやはや。聖堂の修道院なり魔導省の研究所なりでしっかりと修練を積ませ、きちんと抑え込めるようにせねば。これほどの魔力が暴走したら大変なことになりかねませんぞ。」
ユリウスの厳しい口調にヨーゼフは口ごもる。愛娘をわざと魔術から遠ざけたのは過ちだったのだろうか。しかし、愛する娘が修道院や研究所に閉じ込められでもしたら・・・そんな想像を振り払うかのようにヨーゼフは首を左右に振った。
「まあ、今はその話はよかろう。」
まだ動揺しているヨーゼフとヒルデガルトを尻目にいち早く落ち着きを取り戻したユリウスは、割れた水晶球の欠片を机の上に戻しながら話し始めた。
「まずは、鑑定結果から申し上げよう。」
そのユリウスの言葉に、ヨーゼフとヒルデガルトは姿勢を正して大神官の方に向き直った。
「アルテンシュタット嬢の魔力は我が国でも指折りの強さを誇るじゃろう。」二つに割れた水晶球をちらりと見ながらユリウスは言葉を続ける。
「次にその質じゃが、光あるいは聖の属性と水の属性を同じくらいの強さで持っておる。」
ヒルデガルトは父母双方の力を受け継いだようだ。一つの属性しか持たない人間が大半を占める中で、両親の属性をそれぞれ受け継ぐのは珍しい。強大な魔力を誇る大神官のユリウスでさえ聖の属性しか持っていない。
「お父様とお母様それぞれの属性を受け継いでいるのですね。」敬愛する両親のどちらの力も受け継いでいることを聞き、ヒルデガルトは喜びを噛み締めるように呟いた。
「しかし、」ユリウスはそこで言葉を切り、ヒルデガルトを見つめた。
「水晶球に魔力を注ぎ込んでいる途中で魔力の質が変わったように感じたのじゃ。」
何かを見極めようとするユリウスの視線に、ヒルデガルトは少し身を固くした。白銀の古龍との契約のことがばれてしまうのではないか、異形の者との契約は異端として糾弾されるのではないか、そんな心配がヒルデガルトの頭をよぎる。
この大陸では魔導師が使い魔を使役することもごく普通のことであり、異端などと言われることはないのだが、物語の中で異形の者が石を投げられる場面を思い出し、ヒルデガルトの鼓動が少し速くなった。
「直接触れた訳ではないし、勘違いかも知れないが、これまで感じたことがない魔力だった気がするのじゃが。」右手で顎髭をしごきながら、ユリウスはその魔力を過去に感じたことがあるか記憶の糸を手繰り寄せるが、引っ掛かってこない。
「やはり、勘違いだったかのぉ。」そう呟きながら、しばらく天井を仰いで考え込むユリウスを見て、ヒルデガルトは気付かれないようにそっと息をついた。
しばらく考え込んだ後、ユリウスはヨーゼフとヒルデガルトに視線を戻した。
「先ほども申したとおり、御息女は類い稀な魔力の持ち主じゃ。しかし、その魔力を扱うにはあまりにも未熟。ヨーゼフ殿が魔導省を避けられたいのであれば、我が聖堂で修練を積まれるが良い。幸い御息女は聖の属性をお持ちじゃ。修練を積めば、我ら神官団と同じく奇蹟を起こすことができるじゃろう。」
「ありがたい仰せではありますが、私は娘を神官にするつもりは・・・」大神官の言葉にヨーゼフはやんわりと反論した。
「ううむ。しかし、御息女は奇蹟によって多くの人々を救うことができるかもしれないのですぞ。」
優秀な奇蹟の使い手が聖堂にいれば、自ずと寄進も増えるという現実的な問題もあるが、何より病気や怪我から民を救うという点において、ユリウスはヒルデガルトの聖堂入りを打診した。家柄からいってもゆくゆくは聖堂の中心的な存在になる可能性も大きいだろう。
「それはユリウス殿のおっしゃるとおりかもしれませんが、私は娘には普通の幸せを願っているのです。神官だの聖女だの・・・いや失礼、いずれにしてもそうして民から尊敬されることよりも平凡に幸せになってもらえれば・・・」
今までそうしたことを言ったことの無い父が娘の幸せを力説するのにヒルデガルトは少し戸惑いながらも、父にそこまで大切に思われていたことに心が温かくなった。
「お父様。」尊敬と愛情が入り交じった瞳でヒルデガルトがヨーゼフを見上げていると、その視線に気付いたヨーゼフの頬が少し赤く染まる。
「いや、何だ。その、父さんはお前がかわいくて仕方がなくてだな、」普段はきっちりとしているヨーゼフが珍しく取り乱しているのもヒルデガルトにとっては新鮮だ。
「いずれにせよ、娘の将来に関わる大切なことをここですぐに決めるわけにはまいりませんので、この話は聞かなかったことに。」ヨーゼフは強引に話を打ち切りにかかった。
大神官からの誘いを断る無礼は重々承知しているが、このまま大神官の思惑通りに話を進められても困るし、ヒルデガルトが変に興味を示しても困る。まずは冷却期間を置こう、そうヨーゼフが考えるのも無理はない。
「ふむ。ヨーゼフ殿がそうおっしゃるのであればやむを得ぬ。しかし、せめて屋敷に戻られても修練は怠らぬように。何なら儂が信頼する者を派遣しても良い。これまでのように御息女を魔術から遠ざけるだけで済む話ではない。」ユリウスは頑ななヨーゼフに呆れながらも、そこだけは強調した。
「ご忠告、ありがたく頂戴します。また、ご無礼をお許しいただければ。娘を思う親の愚かさとお笑いください。」ヨーゼフはユリウスに頭を下げ、無礼を詫びたが、聖堂の神官の派遣に対しては言質を取らせなかった。
「それでは、今日はこれにて失礼させていただきます。ヒルデガルトもご挨拶を。」
「大神官様、本日は貴重なお時間を賜り、心より御礼申し上げます。また、大変な粗相を致しましたこと、平にご容赦くださいませ。」ヨーゼフに促され、ヒルデガルトは改めて膝を折り、淑女の礼をした。
「構いはせぬ。アルテンシュタット嬢におかれては、気軽に訪ねてきなされ。聖堂の扉はいつでも開けておくのでな。ヨーゼフ殿もまた王宮なりどこなりでお話をば。」そう言うとユリウスは二人の客人を部屋の出口まで見送った。
(ぜひ、あの娘御を聖堂に迎えたいものじゃ。)聖堂の外廊を歩く二人の後ろ姿を尖塔の窓から見送りながら、ユリウスはどうしたものかと思案を巡らせていた。
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